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咲の初出勤

営業が始まってすぐ、咲さんが出勤してきた。

まだ店内には同伴の客が2組だけ。

俺は店長に呼ばれ、咲さん用の店ドレスを見繕った後、更衣室へと案内した。


「じゃぁ、これに着替えたら隣の部屋でヘアメイクしてね。メイクさんには俺が伝えとくから」

「は、はい!」

「あ、緊張してる?」

「かなり、してます」

「最初は何もわからないと思うからなるべくフォローするね」

「よろしくお願いします」


俺は隣のヘアメイク室へ移動する。

すでに何人かのキャストが椅子に座り美容師にヘアメイクをしてもらっている。

雑誌を読むキャスト、おしゃべりするキャスト、化粧をするキャストなど様々。

俺は一番手前でドライヤーを生き物のように操るマッチョな男性美容師に声をかける。


「ハギーさん、お疲れ様です。今日から新人入りますんでお願いします」

「はーい♪ヘアメイク表に名前書いといてねー」


マッチョな身体に似合わないハスキーなオネエ言葉でそう言われた。


ハギーさんはこの店の専属美容師。一応、小さいながらも自分の美容室を持っているが、完全予約制で客の9割はキャバ嬢。予約すれば朝4時だろうが対応してくれるので、仕事終わりのキャバ嬢がそのままカットしに行くこともある。しかもうちの店の人達には80%オフという超割引価格で引き受けてくれるので、キャストに限らず男子スタッフ全員が利用している。その際は風紀にならないよう、男子スタッフとキャストがお店で出くわさない予約の取り方に細心の注意を払ってくれる。

そんな俺もこの間、カットしてもらったが、やたらと俺の首すじ近くに顔を寄せてから正面の鏡で髪型を確認する為、正直ビビった。ただし、美容師としての腕は確実で、安くて早いから若干の危機を感じながらも利用している。


俺がヘアメイク室入口のヘアメイク表に咲さんの名前を書き込んでいると、楓さんが出勤してきた。


「楓さんおはようございます」

「あ、おはよー」

「あの、今日から咲さんって新人の子が入りますのでよろしくお願いします。今、更衣室にいますので」


楓さんは少しびっくりしたような顔をする。


「あ、うん。もしかしてこの前連れて来た子?スカウトしてきたんだ」

「スカウト、になるんですかね?ちなみに咲さんはキャバ自体初めてなので、色々教えてもらえると助かります」

「はーい。わかったぁ。ところで、ボーイさんから初めて話しかけられてちょっとびっくりした。えーと筑波さんだったよね?」

「あ、そうです。筑波海斗です。すいません、いきなり話しかけて」

「ううん、いつもありがとね。筑波さんっていつもフロア見ててくれるから助かるんだぁ。今までのボーイさんって忙しくなると呼んでも全然来てくれないのに、筑波さんは手を挙げる前に来てくれたりさ。この間も待機でキャスト同士で話してたんだけど、ボーイさん呼ぶ前に自然と筑波さんを目で探してるんだよね。そうすると、灰皿とかレディースグラスとか欲しいものを頼む前に動きを読んで持ってきてくれるからその分、接客に集中出来るし、アイスペール交換するタイミングも私達の動きの邪魔にならないように配慮してくれるのとかすごいわかる」

「増田店長にその辺はすっごく厳しく言われてますから。特に音には注意を払えって。灰皿を交換する音、アイスをグラスに入れる音、何かを落とした音。ジロジロと客席を見るのはお客さんに迷惑だから、その音で次に何が必要か判断して準備しろって。キャストさんの好きなドリンクや、接客のクセをよく覚えてスムーズに対応していかないと忙しくなった時にテンパるぞって毎日言われてます」

「あー、そう言えば最近、指名被っても流れがスムーズで、時間押したりとかあんまり感じないかも。筑波さんが入る前まで酷かったからねぇ。西野なんて目の前で呼んでるのに全然気づかなかったり、呼ぼうと思ったらどっか行っちゃったり」

「ははっ。でも西野さんも色々と仕事ありますからね」

「そうなんだけどさー。付け回ししてない日はちゃんとフロア見てて欲しいんだよねー」

「まぁ、その辺は忙しくなっても僕がしっかりとフロア管理できてれば先輩達が自由に動けるので、僕にも責任があるんですけどね」

「筑波さんっていい人だねぇ。西野を見ててイライラしないの?」

「いや、僕は自分の仕事をするだけなんで」

「あー、バンちゃんが褒めてた理由がわかるわ。今日もよろしくね。頼りにしてます」

「はい。そう言ってもらえると、嬉しいです」


楓さんはにこやかに更衣室へ消えていった。

因みにバンちゃんとは坂東さんの事で、楓さんの担当。楓さんがこの店の入る前からの知り合いで前の店から引き抜いてきたのも坂東さんらしい。その際かなり揉めたらしいが、楓さんが今こうして真っ当にキャバ嬢が出来るのも全て坂東さんのお陰だと増田店長から聞いた。

そんな楓さんと入れ替わるように咲さんがドレス姿で現れた。水色のマーメイドドレスに白い刺繍が入ったドレス。私服の時は気づかなかったが、深めのバストラインからはみ出んばかりのふくよかなバストが刺激的だった。


「おぉ、正直見違えた。いいじゃん」

「こんなの初めて着ました。おかしくないですか?」


そう言って、咲さんはもじもじと下を向いてしまう。俺は店長がよくやる手を真似してみることにした。


「もうちょっと背筋伸ばしてごらん。それから、ゆっくり回ってみて」

「回るってこうですか?」


咲さんは姿勢を正すと、ゆっくり後ろを向き、また俺の前に向き直る。

細い背中は腰あたりまで大胆に空いていて、白い肌から薄く肩甲骨が見える。


「うん、完ぺき。凄く綺麗だよ。自信持って。じゃないと背中が綺麗に見えないから」

「背中、ですか?」

「そう。後ろ姿ってすっごい大事だから。特にドレス姿の決め手は歩く時の姿勢らしいよ」

「わかりました。意識してみます」

「あとはもうちょと、メイクを全体的に濃い目にできる?この後、ヘアメイクあるからその時に直してみて。もし、わからなかったらハギーさんって美容師がいるから手伝ってもらうといいよ」

「はい。頑張ってみます」

「じゃあ、ヘアメイク終わったらフロアに来てね。接客の事、教えるから」


俺は咲さんをメイク室にいる人達に紹介した後、フロアへ戻った。

客席には新たに2組、指名客が来店していた。基本的に20時から22時までは指名客や同伴客が大半を占める。この時間帯に客が入っているかいないかで、その店のレベルがわかる。

咲さんが出てくるまで、ホール業務に戻ろうとしたら、増田店長に呼び止められた。


「海斗、咲が出てきたら、接客の流れと店のルール教えてあげてな。それから酒の作り方や、ライターの付け方、トイレへのエスコートとか基本的な事もな」

「わかりました。咲さん、ドレス着たら全然違いました。それから増田さんが良く使ってるやつ、勝手に使わせてもらいました」

「ん?何を使ったの?」

「キャストが新しいドレス買ったり、髪型変えたり、髪の色を変えたりしたのを増田さんに見せに来た時、店長はすぐに褒めずに、『回ってごらん』って言って、少し感心した様に褒めるじゃないですか」

「あー、あれね。で、どうだった?」

「いや、自信なさそうだったのが治りました。何でですかね?」

「そりゃー、女はみんな女優だから。適当に褒めるんじゃなくて、じっくり見てあげる。ちゃんと見られてるって意識ひとつで歩き方や姿勢が変わるんだよ。仮にもしこれからファッションショーに出るってなったらダラダラ歩かないでしょう。それと一緒なんじゃないかな」

「あー、なるほど。褒め方って大事なんですね」


店長はニヤっと悪そうな笑顔になり、小声で話を続ける。

「それからな、どんなに指名が少ないキャストでも、心の中では自分が一番可愛いと思ってるもんだから、そこんとこ肝に命じとけよ」

「そうなんですか?でも、咲さんもそうですけど自信なさそうなキャストを良く見ますけど」

「それは、指名が少ない事への言い訳。第一、本当に自分に自信がなかったらこんなトコで働かないだろ。どんな子も自分が店の中で一番可愛くて、愛されたいって思ってる。だから、絶対に他のキャストと比べるような発言はするなよ。何か言う時はその子自身の過去と比べて良くなったか悪くなったか、また、具体的に何が良くなったか、何が原因で悪くなったかそういう方向で話を進めていく事」

「はい。なんか子育てみたいですね」

「ははは、似てるかもなぁ。子供育てたことは無いけど。まぁ咲に関してはじっくりでいいから、最初からあれもこれも要求するなよ」

「あ、要求しようにも、俺も色々とわかってないんで。ぶっちゃけ、担当として何をしたらいいのかすらよくわかってないです」

「そっか、じゃぁ丁度いいかもな。海斗も焦らなくていいぞ。お前は自分の仕事を完璧にこなそうとするが、人はその通りに動いてはくれないもんだからな」


俺はこの言葉をちゃんと理解できなかった事を後々後悔するが、この時は自分の役割が一つ増え、それをこなしていく事に必死になってしまった。

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