初スカウト、そして……
咲さんの正面に店長が座り、俺はなぜか咲さんの隣に座るよう指示された。
店長は濡れた服を拭くためのタオルを咲さんに渡したが、遠慮気味にそれを使う咲さんを見て微笑んでいた。
「クラブニューアクトレス店長の増田といいます。宜しく」
そう切り出した店長は軽い雑談のあと店の説明に入っていった。
俺はそれをただ見つめる。
増田店長は身振り手振りを交えながら言葉巧みに話をする。
そして軽快なトークなのにチャラさや軽さを感じさせない安心感がある。
また日本人離れしたハリウッドスターのような容姿からキャストの人気も高い。
若いころのリチャードギアにているせいで、キャストには陰でリチャードと呼ばれているのを何度か耳にしたことがある。
まじまじと店長を見る機会もあまりなかった為、人を引き付けるテクニックに少しだけ感心しつつ、何となく話を聞いていた。
そうこうしているうちに一通りの説明が終わり、最後に衝撃の爆弾発言が飛び出した。
「お店のシステムと給与形態はだいたいこんな感じです。あとは徐々に慣れていけばいいから。それから、わからない事は担当の海斗にきいてね」
は?今なんて言いました?俺が担当?
全然話を聞いていなかった俺は急に挙動不審になる。
それを見た増田店長が不敵な笑みを浮かべている。
それまで淀みなく続いていた話が急に止まり、違う空気を感じ取った咲さん。
俺と店長を交互にみたあと、遠慮気味に
「あの、ケイトさんてどの方ですか?」
その言葉に増田店長が一瞬きょとんとした後、笑った。
「えーと隣にいるよー。自分の名前も伝えてなかったのかな?カ・イ・トくん」
「いや、外で名前は言いましたけど」
「あ、カイトさんですね。すいません。てっきり外国の方のお名前だと思ってしまって……」
そういって咲さんは少し恥ずかしそうに頭を下げた。
その仕草を見て店長の言っている意味が少しわかった。
可愛げと恥じらいと、少し抜けている所。それを計算でするようなあざとさが見られない。
それを僅かな時間で見抜いた店長はさすがだとこの時思った。
ただ、それよりも担当って発言の方が気になった。
なぜなら、素材がイイといっているキャストをわざわざ管理経験のない俺に任せてどうするのか。
経験のあるキャストでさえ日々色々とボーイに愚痴や相談や悩みを抱えているのは見ているだけの立場の俺でさえもわかるし、それをまめに対応する先輩達の気苦労ももっとよくわかる。
しかし、一人であれこれ考えているうちに店長は早々に咲さんの初出勤日を決めてしまっていた。
そして下まで送っていくように指示され、店を出る羽目になってしまった。
こうして咲さんの入店とおれの初担当が勝手に決まってしまった。
下まで降りてから気になった事を聞いてみた。
「なんで突然、ここで働こうと思ったの?」
咲さんは少し悩んだ後、ポツリと言った。
「見返したかったんです」
「見返したいって、誰を?」
「彼氏です。実はさっき彼氏の家へ遊びに行ったんです。そしたら裸の女の人がいて……。頭の中が真っ白になってしまって慌てて帰ったんです」
「あー……、浮気してたんだ」
「はい……」
聞かなきゃよかった。でもそれで納得がいった。雨の中を歩いていたのも、突然キャバクラで働こうとしたのかも。
「まぁ、気が変わったら遠慮せずに言っていいからね。はい、これ俺の名刺」
そういって、名刺を渡した。入店して1か月目に給料から天引きされる形で無理やり作らされた50枚の名刺。
それから3ヶ月、誰にも渡す機会も気もなかった物の1枚が、俺の手を離れ咲さんの小さな掌に収まっている。
咲さんはそれを両手で持ち、しばらく眺めた後、バックにしまった。
「働く気は変わりません。海斗さん、よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
俺はまだ少し濡れたままの咲さんの髪の毛を見つめながら考える。
きっと、続かないんじゃないだろうかと。
キャバ嬢はお金のために働いている。
それ以外の動機だとだんだん辛くなって辞める。
当てつけのような意識で勤めだしても無理なんじゃないかって。
俺が入ってたったの4ヶ月だけど、1ヵ月もせずに辞めていく子を既に何人も見ている。
そんな事を考えつつも、営業スマイルで応える。
「わかった、こちらこそよろしくお願いします。じゃぁ今週の木曜日、待ってますね」
俺は店の前で咲さんを見送った。
闇夜に吸い込まれるように小さくなっていく後ろ姿は、とても不安定で儚いもののように見えた。