表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/55

勘違い客

季節は11月となり、ボーナス期を控えたこの時期はどの店も静かな事が多い。


しかし、ニューアクトレスはその波とは無縁であった。

なぜなら毎月Aランクキャストが10人を超えてきていた。

Aランクキャスト達は軒並み指名売上100万を超えている。その他のキャストの指名売上を合わせると1500万以上。

4月の担当替えの時に話し合った目標は半年以上の時間をかけて徐々に達成しつつあった。後はこの状態を維持し続けることができるかが課題となる。

しかし、売上が高くても、利益率は下がった。

夏頃までは場内指名の顧客も多かったので利益率は高かった。しかし、最近はその場内指名だった客が本指名に変わってきた。本指名売上が上がるということは、キャストや黒服の給料も上がる。よって夏と同じ店舗売上を叩き出しても、利益率は下がってしまう。でもこれはある意味、高級店の宿命であり、永遠の課題でもある。


さらにもう一つの問題も起きていた。それはキャストの二極化。

店のキャパシティ以上には客は入れない。よって本指名客が優先的に入店することとなる。フリーの客も上位ランクのキャストが指名を掻っ攫っていく。


そうすると新しく入ったキャストが不利になる。他店でナンバークラスのキャストが満を持してニューアクトレスに入店しても思ったより稼げない。

なぜなら競争が激しい。フリーで入った客が店を出るまで誰も指名しないという方が稀。

他の店で客に勝手に気に入られて指名を伸ばしていたタイプのキャストがニューアクトレスに移籍しても全く指名が取れない。

連絡先を交換するのは当たり前。本指名になるまでは複数のキャストが当然のようにアプローチしまくる。場内指名のうちは誰も遠慮しない。


だから指名トラブルも頻発する。

客は複数のキャストの連絡先を交換している状態な場合が多い。

本指名のキャスト以外はその後に連絡を取り合うのは禁止しているが、裏ではどうなのか分からない。

よって太客の指名替えが発生した時には大抵トラブルになる。

指名客を取られたと喚くキャストに、あくまで選ばれる立場なのを説明しても、感情が追いつかない。


指名客という制度は指名キャストの特権ではない。客の来店頻度を上げる為に責任を持って担当してもらう事が本来の目的。

それを全うしてもらう事への報酬として指名売上に応じて給料が上がっていく。

そしてその責任の所在を有耶無耶にしない為に、担当させるキャストを一人に絞る。だからそれ以外のキャストが連絡を取り合うことを禁止している。

客の心がそのキャストから離れるという事は、指名キャストの責任を果たせていないだけなので、他のキャストに文句を言うのは責任転嫁でしかない。



ただし、例外もある。それは客が担当キャストの気をひくためにあえて指名替えをする場合。

要は中々ヤらせてもらえないので、指名替えという手段を用いて、元の指名キャストから譲歩を引き出そうとする。

そういったゲスい客の駆け引きに対しては安易に許してはならない。

店側も指名キャストも踊らされないようにしないといけない。

ヤらせてもらえないからって指名替えをする様な客は最初から風俗に行けばいい。

駆け引きとして指名替えする客はその後も指名替えしたり、元の指名キャストへまたすぐに指名を戻したりする場合が多い。その度にキャスト間の中がギスギスする。

どんな太客であろうと、身勝手な客であればいざとなったら出禁にするくらいの心構えは必要。

気持ちよくキャストが働ける環境がなければ、顧客満足度もクソもないのだから。


店側としては、客が本当に指名キャストに愛想を尽かして指名替えしたのか、ただの駆け引きとして指名替えをしたのかを正確に判断し的確に対応しないと、トラブルが長引く。



そういった、わがままなキャスト、身勝手な客をのさばらせない判断をしっかりと行う為にも、店の売上に余裕がある事が重要となる。


その点、ニューアクトレスは強い。店の売上を大きく左右する絶対的女王キャストも王様気分の客も存在しない。

けれども店側が帝国主義のような強権を持っている訳ではないことも忘れてはならない。


そんな中、ごく稀に超絶勘違いをした客も飲みに来る。



11月のある日、その事件は起こった。


二度目の来店となる40代後半の客が若い部下を連れて飲みに来た。


ニューアクトレスは今年から自動延長制になった。これはあまりの忙しさに1時間単位の付け回しや延長確認が難しくなっていたのと、高級店という認識が広まり客層が変わった為に時間を気にせず飲みたい客が増え、いちいち延長確認に来られるのは興醒めになるというクレームが増えてきたという理由から。


しかし、新規客や久々に来店された客、フリーの客には毎時間延長確認を行うようにしていた。


その2人組の客にもその様に対応していたが、2時間を超えるタイミングで自動延長に切り替えてよろしいですかと提案すると、そうしてくれと言われた。結局その2人組はラストまで飲み続けた。

会計を持っていくと年配の方の客の顔色が変わる。その額16万8千円。

ニューアクトレスではその位の額の会計はよくある事。指名を入れて、ボトルも追加し、シャンパンを頼んで4時間も滞在したらその位の額にはなる。


しかし、年配の客がこれは高すぎると文句を言いだした。

仕方がないので明細を持って行き、説明をするが、酔いも手伝って中々納得してくれない。終いには


「ココはボッタクリか!警察に行くぞ」


などと言い始めた。まだ他の客も店内に残っていた為、その年配の客だけVIP席に移動してもらい、交渉となった。


1人残された若い方の客もかなり酔っ払っていて、そんなトラブルを横目に見ながらも、キャストに抱きついて甘えている。


30分が過ぎ、何度も同じ説明を繰り返し続ける坂東さん。イライラしているのが遠くからでもわかる。それに対して一向に納得せず、意味の分からない文句を言い、支払いに応じようとしない年配の客。離れた席で相変わらずキャストに甘えっぱなしの若い客。


すでに他の客はみな帰っていた。海斗は店内照明を明るくし、若い客に付いていた結衣菜さんを強引に席から外す。そしてボーイ達に閉店作業をする様に指示をした。


やっと若い客もボーイ達のその不穏な空気に気づき始める。


海斗は、結衣菜さんと一緒に更衣室に行きながら、若い客の情報を聞く。


「あの2人組ってどこの会社?」

「えーと、よくわかんない」

「え?聞いてないの?名前は?」

「おじさんの方とはあんまり話してないから。若い人は伊藤君って言ってた。インターン?みたいな事言ってたよ。学生?なのかな。でもスーツ着てるしよくわからなかった」

「あぁそれは学生だわ。ゴメンね、結構抱きつかれてたでしょ」

「まぁ、あの位なら若くてかわいい感じだったし別にどーでもいい。ラストまで時給稼げたしね」

「多分、出禁になるから連絡しなくてもいいからね」

「あ、うん。指名にはならなそうだなって思ってたからいいや」


結衣菜さんはあまり気にしていないようでホッとした。


そのまま更衣室へ行き、今度は年配の客に指名されていた楓さんから情報を聞き出す。


「楓さん、もう着替えた?」

「うん。大丈夫だよ」


海斗は更衣室のドアを開ける。既に帰り支度を整え帰ろうとしていた楓さんを引き止める。


「あの人ってどこの会社の人?」

「え?何、まだ揉めてんの?うわ最悪。確か◯◯ってとこだったはず。待って、名刺探す」


そうして渡された名刺には大手電機メーカーの課長と書いてあった。


「楓さんには悪いけど、あの客、出禁になると思う」

「まじ?もう最悪!あいつソファの後ろからずっとお尻触ってきてたのに、金払わないとかマジで殺したい」


接客中は我慢していたようで、かなり不満気。

それを察した結衣菜さんが


「海斗さん、シャンパンのバックは楓さんに付けてあげて」


と提案するが、楓さんが断ろうとする。


「それはダメだよ。結菜ちゃんだって抱きつかれてたじゃん」


「ん〜、あの人はそんなにキャバクラ慣れてないみたいで、肝心な所には触ってこなかったから。楓さんの方の人は目立たないけどキモい触り方だったし。けど、楓さんが頑張ってくれてたからラストまで延長してもらえたようなもんですもん。だからバックは楓さんでいいんです」


「も〜、結衣菜ちゃんは可愛いんだから」


そう言って楓さんは結衣菜さんを抱きしめる。


えへへと嬉しそうにしてる結衣菜さん。


海斗は気を取り直し、楓さんに話しかけると、結衣菜さんから離れる。


「じゃあ、バックはそうしとくけど、まだ、支払いしてくれるかわからないからなぁ。未払いだとバックすら付かなくなる。話した感じ、この名刺は嘘じゃ無さそう?」


「多分本物だと思うよ。何か今日が若い人のインターンの最終日だったらしい。あの二人は高校、大学の先輩後輩って言ってた。だからインターン生の中でも特に可愛がってるんだって」


「そっか。なら、何とかなるかもな」


「ちゃんと支払ってもらってね。接客中はずっと偉そうにしてたんだから。しかもこの店は常連みたいに振舞ってたし。あ〜、頑張って話し合わせてあげたのにバカみたい!って、ちょ、結衣菜ちゃん!?何で着替えようとしてるの?」


「え?」


海斗が振り向くと、下着姿の結衣菜さんがいた。流石に海斗もびっくりする。結衣菜さんはキョトンとした後、笑顔になる。


「あはは、海斗さんはお兄ちゃんみたいなもんだし、早く帰りたいし。ねー?海斗さん」


「ははっ、結衣菜はサービス精神旺盛だなぁ。でも、さっさと着替えてくれるのは助かるよ。送りの車もかなり待たせてるから」

「はーい。急いで着替える」


そのやりとりを見て楓さんは、怒りが削がれてしまったのか呆れたようため息をつく。


結衣菜さんのお陰でこっちのトラブルはそこまで深刻にはならないで済みそうだった。


海斗は楓さんから名刺を預かり、フロアに戻る。


相変わらず、VIP席では話し合いが続いていたが、酔っ払いの意味不明な論理に坂東さんも口調が荒くなっていた。


「だから、こっちはちゃんと明細も見せて説明してるでしょう!いい加減払ってくれませんかね」


「あー、だけど高すぎるって。4時間もいてないでしょ〜。延長の確認だって4回も来てないんじゃない?」


「あんたはバカかよ!延長の確認って言ってんだから4時間いたら3回だろ!それに2時間過ぎた時に、自動延長の確認に行ってるだろ?それを了承したのはあんたなんだぞ!」


「あれれ、そんな事言ってないぞ?勝手に延長させてるんならボッタクリじゃないか」


「元々、うちは自動延長の店なんですよ!それを親切で最初の2時間は確認に行ってるんだろーが!おっさん!本当にいい加減にしてくれませんかね。何回目ですかこの話は」


「怖いなぁ。警察呼んでもらえます?」


堂々巡りなやりとりが続く中、海斗がVIP席に近づき、坂東さんに名刺を渡す。

その名刺を見てピンとくる坂東さん。

先程までとは違い、いきなり穏やかな口調になった。


「あらあら、井上さんは◯◯電機の課長さんじゃないですか」


急に穏やかになった坂東さんを不審に思い、若干焦る井上という男。


「だ、だからなんだよ。会社に押しかけてきたら、それこそ訴えてやるからな」


「はぁ。ヤクザじゃないんだからそんな事しませんよ。確か、あそこの社長さんは渡辺さんでしたよね。それから専務は酒井さん」


「…え?」


その男の態度が急変する。しかし、気にせず坂東さんが続ける。


「お二方とも、大変懇意にさせて頂いております。この間もゴルフコンペでご一緒させて頂きました。なんだ、早く仰って下さいよ。で、この金額の請求書を渡辺様宛でお送りしてよろしいんですね?」


「いや、ちょ、…」


狼狽する男に、坂東さんが凄みの効いた声で畳み掛ける。


「あなたねぇ。そんな安っぽい手口が通用するとでも思ってんのか?ここ、どこだかわかってます?この店構えでボッタクリなんかやる店だと思ってるの?今払うの?請求書を送っていいの?どっち?」


「は、払います、払います!」


「ったく。あんた、もうこの近辺で飲まない方がいいですよ」


坂東さんが呆れたようにそう言い放ち、その男からクレジットカードを受け取る。海斗は坂東さんからそのカードを渡され、VIP席を出ると、何やらフロアの方が騒がしい。


どうやら若い客の方がスタッフに向かって因縁をつけ始めたようだ。

近くにいた山田君に話を聞く。


「どうしたの?」


「なんか、テーブルのグラスとか勝手に下げたのが気に食わないみたいです。それに掃除機もかけ始めちゃいましたし。そしたら、客を舐めてんのかとか言いだして。それで西野さんが客ならさっさと16万払えって言い返したら、ボッタクリだって騒ぎ始めて。さらに課長を監禁してる!とか言って暴れ出したんで…」


はぁ。せっかくこっちで丸く収まりかけてるのに何をやってんだか。


海斗がキャッシャーに行くと、増田さんが笑っていた。


「何で笑ってるんすか」


「いや、未だにこういう客が来るんだなって。最近トラブルが少なくなってつまんなかったからよ。まぁ、たまにはこういう事もないとな。面白いじゃん」


増田さんはウキウキしながらクレジットカードを処理していく。


その間に、坂東さんと井上という年配の客がVIP席から出てくる。

それを見つけた伊藤という若い方の客が走り寄ってきた。

しかし、坂東さんの厳つい風貌に一瞬たじろぐ。


「井上さん。大丈夫てしたか。こいつら16万なんて法外な値段言ってきてますよ。ボッタクリですよ。でも大丈夫です。俺に任せておいてください!」


何やら壮大な勘違いをしているが、井上とかいう男に頼りになる所をアピールしたいのだろう。


「俺、知ってるんすよ。こいつらって口ばっかで手が出せないんですよ。だから挑発して手を出させればいいんです。ほら、そこのお前!殴ってみろよ。どうした?びびってんのか?あ?」


そうして側にいた坂東さんに向かってバカにしたような顔で挑発する。

絶対に街中で坂東さんと出会っていたら、目も合わせずに避けて通るであろうと予想できる。

しかし、この若い男は、酔っ払って完全に調子に乗っていた。


「あ、あの、伊藤君?大丈夫だからもう帰ろう」


若者とは逆に完全に酔いが冷めている年配の井上という男は、遠慮気味に窘めようとする。


一人で空回っている若者が可笑しくて、ボーイも笑いを堪えるのに必死だ。

けれど、今年から入った葉山くんというボーイは本当にムカついてしまったらしい。


「さっきからうるせぇなぁ。田舎もんのガキが!もうしゃべんな、口臭ぇから!」


その言葉に伊藤は標的を葉山くんに変えた。まぁ、喧嘩するのに、坂東さんと葉山くんだったら誰でもそうする。


「ほーら。本性現したな。ほれ、殴ってみろよ。バーカ」


そう言って、葉山くんに向かって唾を吐きかけた。

これはヤバイとボーイ達が一斉に葉山くんを抑える。

案の定ブチ切れてしまった。


「てめぇこのやろう!表出ろや!そんなに言うなら殴ってやるよ!離せ!ゴラァ!クビにでも何でもしろや!」


山田君達が必死で葉山くんを抑える。

それを良いことにその若者も吠える。


「おー、やってやるよぉ。表に出てやるから勝負しろよ!」


勝負って…。

その男は完全に生まれて初めて発した言葉っぽい口振りで、自分に酔いながら出口に向かってきた。


海斗は、向かってくる若者を見つつ、クレジットカードを井上に返し、


「もうそろそろ、大人しく帰ってくれませんかねぇ」


と間に入るが、若者が海斗の肩を小突いた。


それを見た葉山くんが更にブチ切れ、西野さんを振り切って向かってきた。


海斗は面倒に思いながらも、ふと楽しい事を思いついた。そうして、


「わかった、わかった。表に出てやるから」


と言い、海斗は率先してエレベーターに乗り込む。


狭いエレベーター内で、井上という年配の客、伊藤という若者の客、海斗、坂東さん、葉山くん、そしてなぜか優矢君も乗り込む。

それまで面倒そうに対応してたのに海斗が何か思いついた事を察したようで、少しウキウキしていた。

葉山くんは優矢君には逆らえず、優矢君が抑えつけながら何かをささやくと、何とか我慢して大人しくなる。


不穏な空気の中、伊藤が喚く。


「井上さん。安心してください。俺、地元じゃ有名なんすよ。俺が声かければ何十人も集まるんすよ。ヤクザの先輩もいますからね。手口はわかるんす。表に出たらこっちのもんですから。こんなチンピラ、傷害事件になったら絶対に不利ですからね。大丈夫です」


漫画の読みすぎだろ。こんな早朝の繁華街に仲間を呼べるんなら呼んでみろよと。

それにこの仕事をしてるのがみんなヤクザの関係者だとでも思っているんだろうか。まぁ、ボッタクリだと勘違いするくらいだしな。


笑いを堪えてエレベーターが開くのを待つ。


エレベーターが1階に到着し、みな表に出て行く。

しかし、海斗は右に行き、集団とは離れる。


表に出た葉山くんは完全に臨戦態勢で、Yシャツを脱ぎ捨て、上半身裸でファイティグポーズを取る。

伊藤という若者も腰の入ってない形ばかりのファイティグポーズを取るがしきりに


「殴ってこいよ」


と挑発するだけで一向に喧嘩が始まらない。


海斗がコソコソと作業をしていると、

次のエレベーターに乗ってきた山田君達と鉢合わせた。


「海斗さん、何やってんすか?」

「ん?これ見て」

「…マジっすか」

「マジだよ〜」


海斗が笑顔で1階のエレベーターエントランスから走って表に出る。

と、そのまま伊藤という若者に向かっていく。




バッシャーン!!



海斗がバケツに並々と汲んだ水をぶっかけた。


「…え?」


若者は何が起こったか理解が追いつかずに固まる。


「なんか、一人で勝手に燃えてる奴がいたから消火しといた」


海斗の言葉にスタッフ達は大ウケ。腹を抱えて笑っていた。


伊藤はどうしていいかわからず、文句だけが街に響く。


「てめぇ、何すんだよ!」


と言いつつも、何もしてこない。

海斗はひとしきり笑った後、冷静になる。


「まだ、酔いが醒めないの?もう一回水被る?」


感情のない声でそう言うと、その若者はやっと静かになった。

そのタイミングで坂東さんが井上という上司に話しかける。


「元気な若者ですねぇ。ただ、素行に問題ありそうです。だってさっきヤクザの先輩との繋がりを匂わせて私達を脅してましたからねぇ。コンプライアンスが叫ばれるこの時代に、裏社会との付き合いを大きな声で言うのは会社的にはどうなんでしょう?あ、エレベーターの中は監視カメラが付いてまして、音声もバッチリ録音されてますから」


坂東さんが悪そうな笑みでそう訴えかけると、井上は慌てて答える。


「あ、いや、伊藤君はまだうちの社員じゃないんです。インターンシップの学生なんですよ」


「あ、そうなんですか。何だ、じゃぁ渡辺社長には言わないでおきますね。井上さんも大変ですねぇ、こんな世間知らずな学生に巻き込まれてしまって」



坂東さんが井上の肩をポンポンと叩き、同情する。そのまま、今度は伊藤に近づいていく。


「坊や、お前には夜遊びはまだ早い。自分の金で飲めるようになったらこの街に遊びに来ような。あれ?せっかくのスーツがびしょびしょじゃないか。何だ集中豪雨でもあったのか?うちの余ってる傘持ってくか?」


すっかり、酔いが覚めてしまった若者は寒さでガタガタと震えてその場に座り込んでしまった。

まぁ、11月の早朝に冷水を頭から被れば誰でもそうなる。


「店前だと迷惑なんで、このガキ連れてどっか行ってもらえますか?」


坂東さんは冷ややかにそう言い放った。






大笑いしながら店内に戻った海斗達。


しかし、増田さんが腕を組んで仏頂面で仁王立ちしていた。


「お前ら、全員正座!」

「「は、はい!」」


坂東さんまでも慌てて正座する。

緊張の面持ちで次の言葉を待つ。


「お前らが全員外に行っちゃうから、俺が留守番になっちまったじゃねーか!そんな楽しそうな顔で帰ってくんなよ。悔しいじゃねーか!」


全員、正座したままズッコケた。


「でもまぁ、無事解決してよかった。今日はみんな酒飲んでいいぞ。外での話を詳しく聞かせてくれよ。あ、葉山はもうしばらく正座な」


その後、みんなが楽しくビールを飲む横で、葉山くんはしばらく上半身裸のまま正座させられていた。

この業界はトラブルが付き物。そんな事も含めて楽しめないとやってられない。




後日、井上は菓子折りを持ってお詫びに来た。しきりに、伊藤という青年と会社はもう関係ないですとか、渡辺社長のお気に入りの店とは知らずに失礼いたしましたとか、ひたすら謝っていた。


どうやら、自称地元で有名な伊藤君は内定を取り消されてしまったようです。

浅い知識では漫画の様にはいかないよと言ってあげたい海斗であった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ