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9月最初の日曜日の夕方。

海斗は優矢君から借りたBMWに乗り、渋谷へ向かう。

待ち合わせ場所に到着すると出会った当時とは全く違うサラさんがそこにはいた。

一言で表すなら「ゴージャス」。まさに「ゴージャス」

キラキラメイクに、巻き髪。高そうなアクセサリーに高いヒール。

布をそんなに使っていないのに絶対高いであろうセクシーな服。

店の中では際立って目立つ存在ではないサラさんが、街中では違っていた。

正直、そのまま帰ろうかと思う海斗。


気を取り直し、大きく一息ついて、軽くクラクションを鳴らしサラさんを呼ぶ。

サラさんはツカツカと近づき、ガラス越しに俺を確認し、車に乗り込んできた。

甘い香水の香りが一気に車に拡がる。

助手席のドアを閉めたサラさんが、開口一番文句を言う。


「ちょっとー、遅いじゃん。めっちゃナンパされたんですけど」

「あ、ごめん、ほら、あれだ。見とれてたんだよ、うん」

「あのねー、お世辞でも、もうちょっと本当っぽく言ってくれません?」

「いや本当だって。サラさんの近くにいた、アフロの奴。スゲーなぁって思って…」

「ちょ、そっち?確かに私もちょっと思ったけど」

「だろ。絶対、あの頭ん中でハムスター飼ってるよ」

「あはは、ありえるー。ってナイから!」

「ないか…。あっ!」

「??」

「おはよー」

「遅っ!」


馬鹿な話をしながらレストランに向かった。


ナビを入力しその通りに進むと渋谷から少し離れた所にあるオシャレな街へ到着した。細い路地を少し入ったところにその店はあった。すでに店前にも人が溢れている。

海斗はゆっくりと店前に車を停めると、店員らしき人がすぐに近づいて来た。サラさんが助手席の窓を開けて、招待状を渡す。

斜向かいの駐車場を案内されて、そこへ入るとすでに外車で埋め尽くされていた。

ぶつけないように用心しながら慎重に駐車する。

店に到着すると、スーツ姿の男性に出迎えらる。


「ようこそお越しくださいました。オーナーの東山と申します」


そう言って挨拶をしてきた30代後半の男性からは料理人の雰囲気は感じられない。


海斗は当たり障りのない挨拶を返した後、持ってきてたプレゼントを渡す。


「これはこれはお気を遣わしてしまって申し訳ない。おや?オーパスワンじゃないですか。わざわざありがとうございます」


海斗は店で発注している酒屋に、4万円程のワインを個人的に頼み、それを持ってきていた。


そのまま、店内に案内される。入口は全面ガラス張りで白を基調とした店内と、ダークオークのシックなインテリア。所々に明るいオレンジが差し色に使われ、暖かみのある間接照明と相まって重厚感を和らげつつ、高級感とオシャレな感じを上手く融合させている。

また、入口がガラス張りの為に店内奥まで全て見える作りになっている。入口から真ん中が通路で左サイドにテーブルと椅子の席が配置してあり、今はパーティ用に全て端に寄せられているが、普段はペア席、もしくはシングル席となっていると予想できる。右サイドは多人数で利用できそうなソファ席が4つ並んでいる。一番奥にはカウンターがある。

女性同士でランチをする、もしくはデートでディナーをする。その姿を店外の道行く人に見せつけるような店構え。


店のコンセプトは明確だ。20代後半〜40代の女性客のニーズにここまで特化していると、ある意味感心する。

しかし、男性客は女性と一緒でない限り入ろうとは思わないだろう。


パーティに来ている人々も女性が6割、男性が4割といったところ。

男性が少ない中で、海斗は特に若い。悪目立ちしないようにグラスシャンパンを受け取ると、そのまま一番奥のカウンター席に座った。


どうやらこの日は、オーナーが知人友人を招待しているらしい。これといった催しもなく、周りの人と雑談をしながらお酒と軽食を楽しむ。海斗は主に女性から話しかけられ、サラさんは男性から話しかけられる。

そんな事を1時間ほど繰り返していると、先ほどオーナーと名乗った東山という男性が話しかけてきた。


「どうですか?楽しんで頂けてますでしょうか。先程はゆっくりお話が出来ずに申し訳ありません。私、こう言うものです」


海斗はカウンター席に座ったまま、差し出された名刺を受け取り暫し見つめたあと、裏返す。すると、系列店と思われる店舗名と住所が複数書かれていた。どれも都内の一等地のものばかり。

海斗は一瞬迷ったあと、増田さんから渡されていた名刺ではなく自分の名刺を差し出した。



「私のような者をお招きいただき、ありがとうございます。と言っても、サラさんに連れられて付いてきてしまっただけなのですが。それにしても、手広く事業をされているんですね。きっと各店舗とも、この店の様にコンセプトが明確なんでしょうね」


海斗の言葉におやっとした表情をした後、とても嬉しそうにする。


「いい店だと褒めてくださる方は結構いらっしゃいますが、その様な言葉をかけてくださる方はなかなかおられません。それに筑波さんはお若いのに、よく周りが見えていらっしゃる」


そう言って東山はするりと海斗の隣の席に座った。改めて海斗の名刺をじっくりと確認すると、


「ニューアクトレスの主任さんですか。そう言えば、あの街には経営者仲間がかなりいますが、その方達からもお店の評判は良く聞きます。なるほど、オーパスワンの2005年物をチョイスするあたり、お若いのに素晴らしいセンスですね。飲食店に携わる筑波さんから見て、この店はどの様に映りましたか?」


にこやかに問いかける姿は役者のように演技かかっているが、嫌味な印象は受けない。このような振る舞いを長年続けてきた人特有の、自然さを醸し出している。けれど、海斗はこの男からどこか胡散臭い空気を感じていた。


海斗は振り返り、店の入口から店内までを見渡したあと、カウンターの後ろに並んだ色とりどりのリキュール類に目をやる。そして、カウンターに立ててあったメニューを手元に持ってきてめくりながら、


「さあ、どうなんでしょう。私は水商売の人間ですから。ランチはかなり流行るんじゃないでしょうか。でも、ディナータイムはもしかしたら苦戦するのかもしれませんね」


「ほう。なぜでしょう」


「料理からシェフのこだわりやテーマがあまり見えません。まだ、すべてのメニュー構成を任せられるような方が見つかっていないんじゃないですか?あっ、すいません。祝いの席で水を差すような発言をしてしまいました」


海斗はメニューから目を離し、ちらりと東山という男の顔を確認しながら詫びる。

すると、東山は椅子ごとさらに海斗に近づき、小さな声で話しかける。


「中々鋭いご指摘ですね。バレてしまいましたか。どうかナイショでお願いします。実はオープン直前に料理長が辞めましてね。こだわりが強すぎて、コストや原価、価格の事で揉めたんです。彼の言いたいことは分かりますが、この店の維持費が月にどのくらいかかるのか全く理解していませんでした。なのでこちらから辞めてもらいました。けれど、新しいシェフの目星はすでについてますから不安はありませんよ」


東山は自信たっぷりの笑顔で胸を張るが、海斗がじっと見つめると若干目を泳がす。

海斗はそれを確認した後、また正面を向き、独り言のように話す。


「どうやら、出資者の方は女性のようですね。それにあなたからもその出資者の方からもあまり飲食業界の雰囲気が感じられないのですが」


海斗はそう言うとゆっくりと後ろを振り向き、パーティの中心にいる、40代女性を見る。向き直る途中で東山とまた目が合った。

すると、おどけたような演技をする東山。


「ははは、筑波さんは何でもお見通しだ。あの方は大手ジュエリーメーカーの社長夫人で、共同経営者なんですよ。えーと、筑波さんとはまたじっくりとお話ししたいものです。そうですね、こっちの名刺もお渡ししておきます。それでは、ごゆっくりしていって下さい」


そう言って一枚の名刺をテーブルに置き、逃げるようにその場を離れていった。そこには経営コンサルタントという肩書きの付いた名刺が置かれていた。

海斗は2枚の名刺を懐にしまい、サラさんに声をかける。


「そろそろ帰るけど、サラさんはどうする?」

「えー?もう帰るの?」

「ごめんな。先帰るわ」

「あ、じゃあ私も行く」


周りの人に挨拶をしながら出口を目指す途中で東山と目が合うと、慌てて追いかけてきた。


「もうお帰りなんですか?」

「はい、この後、用事がありますので」

「そうですか。お忙しい中、いらしていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、大変勉強になりました。それでは失礼します」


海斗の言葉に一瞬あっけにとられつつも、どこかホッとした表情を浮かべた東山は深々とお辞儀をし、海斗達を見送った。


車に乗り込むとサラさんが聞いてくる。


「運転大丈夫?飲んでないの?」

「最初の一杯に口付けた程度だし、その後はコーヒー飲んでたから問題ないよ。それより、この後時間ある?」

「うん!どっか行きたい」


海斗は車を走らせ、渋谷に戻り、とある店にサラさんを連れて行く。店前でサラさんも気づいたようだ。


「ここって、海斗さんと初めて会った時に来たバーだ。うわぁ、懐かしい」

「覚えててくれたんだね。嬉しいよ」


店内に入り、2人掛けのテーブル席に斜め向かいに座る。


「飲み物は何にする?」

「んーと、海斗さんに任せる」

「そっか。前に来た時って何を頼んだか覚えてる?」

「ふふ、覚えてるよ。ヴーピン。あれが私の初ヴーピンだったんだもん」

「そうだったね。けど俺もあの時が初めてまともに飲んだヴーピンだったんだよ。じゃあ、それにしようか」

「うん。あ、でも海斗さん運転は?」

「んー、代行を頼むから大丈夫」


海斗がヴーピンをオーダすると、見慣れた店員がシャンパンを持ってきた。

その店員が「お久しぶりですね」とにこやかに挨拶をすると、繊細かつ優雅な動作でコルクを抜き、静かにグラスに注ぐ。

グラスを滑らせながら二人の前に置くと、ボトルをクーラーへ静かに置き、一礼して離れて行く。

この全く迷いや無駄のない洗練された一連の動きに海斗は毎回驚かされる。


サラさんを見るとにこやかに海斗がグラスを持つのを待っている。

10ヶ月前はキョロキョロと周りを見たり、海斗の動きを真似たりしていたサラさんが、今は全く動じてはいない。

まぁ、少なくとも週一でヴーピンを飲むような生活を送っているのだから、同伴やアフターでここと似たような場所に行く機会も多いのだろう。

そして金銭感覚も変わる。目の前で客が払う10万、20万という額を毎日見続ける。3万のシャンパンなんてうちの店では最安値。そして毎月サラさんが受け取る給料もあの頃とは違う。変わらない方がおかしい。

海斗はサラさんとグラスを合わせた後、聞いてみた。


「最近、自分の中で何か変わった?」


「ん~、変わってないと思いたいけど…」


「そっか。大学の友達とかと遊んでる?」


「うん、たまにね。だけどご飯とか、飲みに行くと奢っちゃう。自分の方が稼いでるし、いいかなって思って」


「やっぱりか…。あと、友達が『これ欲しい!』って言う物に対して、『何でこんなものが?』って思わない?」


「う、うん。そんなに高くないし、買えばいいのにって思っちゃう。でも買ってあげるのも何か変だし」


「そうだよねぇ。じゃぁさ、前に来た時、店の前でサラさんが『ここ高そうだよ?』って言ったの覚えてる?」


「えー?そんな事言ってた?あ、でも奢ってもらって当たり前とは思ってないよ。そこまで感覚はズレてない。割り勘って言われたら出せばいいかなって思った。

だって、海斗さんはお客さんじゃないし、元々今日は私のために時間作ってもらったんだし。だけど私が全部出すのは海斗さんに悪いかなとかも色々考えたよ」


「う~ん、うん。ちょっと聞いてね。あのね、20歳くらいの女の子はこんな店に連れてこられたらまず戸惑うと思うんだよね。 自分がお金を出すことを考えたり、付き合ってもいない人にこんなにお金を出させていいのかとか考える。

それから、男の人と2人で食事をしたりするのは例えそれがカフェだろうが、ファミレスだろうが、この人は私のことをどう思っているんだろうとドキドキすると思うんだよ」


「あっ!私だって…それはわかってるもん!けど今日は相手が海斗さんだし…」


「サラさんを責めてるわけじゃないんだよ。これはきっと夜の仕事を経験した人じゃないとわからないから。サラさんの友達の大学生と感覚が合わなくなってきている理由、何となく分かった?」


「うん…」


サラさんはしょんぼりしてしまった。一緒に働いている時でさえこんな顔は見たことはなかった。それでも海斗は続けた。


「だけどね、夜の仕事にこれ以上のめり込まなければ今ならまだ引き返せる。友達とマックに行って、お得なセットに魅力を感じて、そんなに食べたくなかったポテトが付いてきても喜べる。ガタついたテーブルで友達と話しながら、ハワイ旅行に行きたいねとか、青山の美容院で髪が切りたいとか、大学の◯◯君ってカッコいいよねとか、そんな話にも共感できる。 年相応の感覚のままでいられる。けれど、もうすでにそういう話題には物足りなさを感じているでしょ?サラさんは見下しているつもりはないのに、そう思われてしまう。友達からサラさんの生活を羨ましがられたりする反面、本当は裏で馬鹿にされてるんじゃないかとか、軽蔑されてるんじゃないかとかの悩みもきっと少なくなるはずだよ」


俺はサラさんの横顔を見た。どんなに着飾って背伸びをしてもまだ21歳の女の子。今日待ち合わせ場所で会ったときはとは違い、幼く見えた。

サラさんはしょんぼりしながらもこれからについて真剣に考えていようだった。


「自分でもこの仕事に向いてないかもって思うときはあるよ。だけど、この仕事始める前までの普通にバイトして大学に通う生活に物足りなさを感じていたのも事実。失う物もあるかもだけど、きっと得る物もあると思うの…」


「そうだね。ちゃんと失う物を認識出来るんならいいんだ。もしその事で寂しさを感じるなら思い出して。俺は常にそばにいるし、見てるから」


海斗はそっとサラさんの肩を抱き寄せる。

サラさんは海斗の肩に頭を乗せて見上げると、


「なんか、今日の海斗さんはいつもと違うね。なんで?」


「さっきさ、失う物と得るものって話が出たじゃん。この仕事で得るものって何?」


「んー、お金って思ってたけど、海斗さんの話を聞いてると違う気もする」


「俺はね、良いものを見分ける『目』だと思う。さっきのパーティの店をサラさんはどう感じた?」


「オシャレなお店だと思ったよ。デートで使えそうだよね」


「パッと見はそうなのかもね。でも、俺にはハリボテの店としか映らなかったんだ。外装や内装にはお金がかかってるけど、中身がない。メニューを見ると耳障りの良いものばかり。俺はコーヒーを飲んでいたけど、それもがっかりだった。デロンギのコーヒーメーカーが置いてあるのにそれを使わず、粉コーヒーをドリップしたものが出てきた。一度お湯でカップを温めるといった最低限の配慮もない。それに店員もただ突っ立ってるだけ。例えばね…」


海斗はそう言って顔を上げ、カウンターの方を見る。

カウンター内にいたバーテンダーがそれに気づき、軽く手を挙げる。素早くフロアの店員に目配せすると、フロアの店員が海斗のテーブルに来た。

シャンパンを注ぎ足しながらにこやかに海斗を見る。


「スカイダイビングを1杯もらえますか?」

「はい。かしこまりました」


下がっていく店員を見ながら海斗はサラさんに話の続きをする。


「ここはね、ああやって、何も話さなくても意思の疎通が出来るのが特徴なの。必要最低限の言葉でオーダーが出来るから客の会話の邪魔をしない。それにね…」


そうして海斗は話すのを止める。カウンターからはメジャーを操る音、小気味良いシェーカーの音が響いている。

暫くしてオーダーしたカクテルが出てきた。


フロア担当の店員が、海斗達の前でシェーカーを振り、カクテルグラスに注ぐ。カシャンと最後の一滴まで注ぎ、二人の真ん中へとグラスを滑らせる。


「このグラスを見てごらん。このカクテルはスカイダイビングって名前のカクテルなんだけど、それにしか使わないグラスなんだって」


そのグラスの脚の部分にはガラスで出来た羽ばたく小鳥があしらわれていた。

海斗は指先でその小鳥を撫でる。


「この小さいくちばしの部分が少しでも欠けてしまったらもうこのグラスは使えないんだ。それから、カウンターの端にいる店員が行っているのはスピリッツ氷を作る作業。板氷を切り分け、角を削った六角形のクリスタル形状にする。そうすることで、氷が溶けにくくしている。俺は一人で来るといつもあそこの前に座るんだ。職人技が見れるからね。シェーカーを振るのは派手で見栄えがいい。けど、こういった地味な作業をしっかりと行う店は少ない。ここは一杯の値段が1000円以上するけど、決して高くはないと思う。手間をかけてるし、本当の意味で顧客を満足させたいという配慮が見えるから、良心的な値段だと思えるくらいなんだ」


そう言って海斗はスカイダイビングを飲む。


「忘れないで欲しいことがある。高いものが良いんじゃなくて、良いものは高い。けどその違いを感じる為にはお金を稼いで使わないとわからない。それはサラさんが夜の仕事を今以上に頑張りたいと思っているならサラさん自身にも当てはまる事なんだ。着飾る事も大事だけど、中身も磨いていかないとね。それに浪費家ではなく、価値のわかる女性でいて欲しいと思ってる。でないと失うものばかりになってしまうから」


抱き寄せたまま話していた海斗だったが、にこやかにサラさんの方を見る。

するとぽーっとした顔をして見上げていたサラさんがそのまま目を閉じる。

海斗はおでこにキスをすると、そっと離れる。


「も〜、海斗さんってヒドい人。何を考えてるのかちっとも読めないし。ねぇ、私の事ってどう思ってるの?好き?嫌い?」


「この仕事してるとさ、好きとか嫌いとかわからなくなるんだ。けどね、俺は一人でいるのが好きなんだけど、サラさんと一緒にいると落ち着くんだ。きっと他の女性ではそんな風にはならない。だからサラさんは特別な人だと思ってる。ここは俺にとって大切な場所なんだけど、誰かを連れてきたことはないよ」


夜の世界に長くいると、好きだとか、愛しているという言葉で口説く事がどれだけ滑稽かよくわかる。

嘘と虚栄に満ちた世界では、ありきたりな言葉ほど信用出来ない。


「これからは、今日みたいに俺と会ってくれないかな?」

「いいよ。海斗さんはいつも私が気づかないことを教えてくれるから。けど、こうやって店の外で会うのは私だけ?」

「どうかな。先のことは分からないよ。ただ、こうやって会うことでお互いに影響しあえる関係はサラさんだけかもね」


そう言って残りのスカイダイビングを飲み干す。自分の本心を押し流すように。


海斗は代行を呼んでもらい、会計を済ませる。

代行業者に運転してもらいながら、二人はBMWの後部座席に並んで座る。サラさんの自宅までの道中、海斗はウトウトしているサラさんを抱き寄せたまま、無言で夜の街並を見続けていた。


自宅に到着したのでサラさんを起こすと、サラさんから提案される。


「…ウチ、寄ってく?」

「ゴメン、この車を優矢君に返さなきゃならないから、今日は帰るよ。また近いうちにね」

「う、うん」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


サラさんを降ろし、車が走り出すと海斗は大きくため息をついた。この先も定期的にサラさんとは店の外で会い続ける。

キャストが客に行う色恋営業と一緒で、一つ一つのステップを時間をかけて行う。そうして少しずつ距離を縮めていかないと、色恋管理は長く続かない。

海斗は自分には向いてないなと改めて感じていた。


優矢君に車を返しにいくと、優矢君から一緒に飲まないかと誘われた。

優矢君なら無闇に人に話す心配はない為、飲みながらサラさんに関して相談しているうちに朝になってしまった。


1つわかったことは、相談する人を間違えたということ。

話の流れで、リンさんも結衣菜さんも優矢君のセフレだということを知ってしまった。

そしてその二人もその事実を知っているらしい。

そもそも優矢君にとって『管理』という概念が存在していなかった。


もうそれ以上の情報は知りたくなかったので色管理に関する相談はやめた。


気づいたことは色管理に正解はない。きっとどれも不正解なのかもしれない。

なぜなら、色恋営業と同じ様に色恋管理はいずれ破綻するのだから。


キャストには色恋営業のイロハを教えたり、勧めたりする癖に、自分は色恋管理に消極的で非情になりきれない。

けれども、それは甘え。黒服として自分の感情に折り合いをつけなければならない。キャストは色恋営業を複数の指名客と同時に行い、破綻すればまた違う指名客に営業をかけていく。

それと同じ感覚で優矢君はキャスト達と接している。


海斗は、黒服の資質として足りない部分が浮き彫りとなった。

自分の感情を挟んでしまえばサラさんとの関係は風紀になりかねない。

けれどもすでに歯車は動き出している。今更躊躇しても意味がない。


どうすれば、サラさんがホストやヤクザと付き合うのと同じ結果にならないでいられるか。


ただ、それだけを考えていた。






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