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衝突

この街にクラブニューアクトレスという店が開店して8年。

変革の時期を迎えていた。

それまでの評価は街で一番活気があり、流行っている店。

最近はそれに加えて街一番の高級店としての位置付けに成りつつあった。

今までこの街の高級店と言えばレッドローズ。しかし、店の雰囲気、キャストの質や意識がニューアクトレスの方が良いという空気が流れ始める。


客層も徐々に変わり始めていた。

下品な客、怪しい仕事をしていると思われる風貌の客が極端に減っていった。


そしてその煽りをモロに喰ったのが結衣菜さんだった。

基本的にバカ騒ぎしか出来ない接客スキルでは段々と浮いた存在に成りつつあった。


華やかさとバカ騒ぎは違う。

それは仕草、言葉遣い、笑い方、声の大きさ、姿勢。

同じような盛り上がり方や弾け方をしても、上品さや女らしさ、色気を含んだ接客を醸し出す事が出来るか。

居酒屋で飲み会をしている大学生サークルのような接客しかできなければ、ニューアクトレスのような客層の店では自ずと指名客は減る。


しかし、同じ様なキャラの杏奈さんがトップ争いを繰り広げているのに結衣菜さんはランク外。それはなぜか。

実は杏奈さんには特技がある。それは客に対して、男同士の先輩、後輩に似たような関係性を構築するのが上手い。なので多少色気が足りなくても、その席の一番の年長者に対して可愛げのある後輩ポジションをガッチリと掴み取る。それに加えてピンでの接客の際は色気のある接客も身につけた。なので、友達営業と色恋営業のバランスが良く、生活感のない30代〜40代の独身男性を中心に指名客を伸ばしていた。


杏奈さんと結衣菜さんはほんの1年前までは差はほとんど無かった。

しかし結衣菜さんが仕事から離れている僅か数ヶ月の間に杏奈さんがキャバ嬢として急成長してしまった。


海斗も結衣菜さんのもどかしい心情には気づいていたものの、ナンバー入りするキャストを優先しなければならないため、結衣菜さんが再入店してからしっかりとミーティングをする時間が取れないでいた。

2ヶ月が経ち、結衣菜さんはジレンマからか出勤態度が徐々に悪くなっていた。


そんなある日、遅刻ギリギリで出勤してきた結衣菜さん。

ドレスに着替える前にタイムカードを押して欲しいとお願いしに来た。

海斗がそんなの無理だと断ると不貞腐れるように更衣室へ行く。


準備を終えて出てきた結衣菜さんに15分の遅刻罰金の旨を伝えると、「チッ!」と言う舌打ちと共に待機席へ。

その後、何やら待機席にいたキャストと話した後、携帯を持ってバックヤードへ消えた。


すでに営業が始まっていた為、海斗は付け回しを行い、あえて結衣菜さんを気にしないようにした。


段々店が忙しくなり始め、ヘルプのキャストが足りなくなった頃、結衣菜さんの様子を見に海斗はバックヤードへと向かう。


そこで結衣菜さんはタバコを片手に携帯で笑いながら話していた。


海斗には、結衣菜さんがバックヤードで何をしているか、ある程度予想が出来ていた。


海斗は結衣菜さんを一瞬睨み付けると、無言で結衣菜さんに近づく。

身構える結衣菜さんをよそに、海斗は火の点いたタバコを握り潰し、取り上げる。

海斗はそのまま何も言わずにバックヤードを出て、

キャッシャーにいる坂東マネージャーに伝える。


「今日の結衣菜の日当は俺が払いますから、何があっても帰さないでください」


「お、おう。わかった」


坂東さんは海斗の迫力に一瞬驚いた後、了解した。


しばらくして結衣菜さんが待機席へ戻ってきた。

しきりに、


「あいつムカつく〜」


と周りのキャストに愚痴をこぼしていた。

結衣菜さんに同調している風のキャストもいれば、我関せずを通しているキャスト、面倒くさいトラブルに巻き込まれまいと少し座る位置を変えるキャストなど、反応は様々だった。


しかし、海斗が付け回しをする為にキャストと話すときは必ず

「結衣菜ちゃんと何かあったの?」

と聞いてきた。


その度になんでもないと誤魔化しつつ、営業を続けていた。


そしてこの日、海斗はキャストが足りなくなるまで結衣菜さんを使わず、必要最低限の接客しかさせなかった。

結衣菜さんも途中で気付いたらしく、しきりに坂東さんに早上がりを希望したが、坂東さんは一切首を縦には振らなかった。


時間が進むにつれて段々と元気がなくなる結衣菜さんに必要最低限の言葉しかかけない海斗。

そのまま営業が終了し、海斗は結衣菜さんを呼ぶ。イヤな空気を察した結衣菜さんはさっさと帰ろうと更衣室へ向かおうとするが、坂東さんに止められる。

そうして坂東さんに連れられて海斗の待つVIP席に来た。

坂東さんが結衣菜さんをL字型の小さめのVIP席の奥側に座らせると、そのまま出て行ってしまう。

海斗と結衣菜さんは気不味い雰囲気のまま斜め向かいに座り話し始める。


「結衣菜さん、お疲れ様」

「……うるさいなぁ。タバコ返してよ」


そのまま何も話さない結衣菜さん。

不穏な空気が流れるのを感じながら海斗はゆっくりと話す。


「結衣菜さん?今日の態度がどういう事かわかってるよね」

「何なの?別にいいじゃん!裏で電話してたのだってお客さんとの営業電話だし!」


「ふざけるな!!」

「ひぃッ!?」


海斗の怒声にビックリする結衣菜さん。

それに構わず海斗が話す。


「営業だと?どこの世界に顧客に対してくわえタバコで電話する社会人がいるんだよ!くだらねぇ言い訳すんな!ココは学校じゃないんだぞ!学校だったら金払ってるんだから授業を受ける受けないも自由だよ。でもな、ここは職場だ。てめーは金を貰う立場だろうが!甘えてんじゃねーよ!」


海斗は睨みつけたまま、結衣菜さんの反論を待つ。しかし、さっきまでの不貞腐れた態度は影を潜め、シュンとしてしまった。そして一言、


「……、もう無理…もう…、…辞めます」


結衣菜さんはそれっきり無言になってしまった。海斗はため息をつき、声のトーンを落とす。


「何だよ。結衣菜の気持ちはそんなもんだったのか。辞めるって言えば優しくなるとでも思ったんか?結衣菜が増田さんに恩返しをしたいって言葉は嘘かよ」


「だって……」


ポロポロと涙を零す結衣菜さん。

海斗は気にせず言葉を続ける。


「結衣菜はまだ復帰したばかりだから成績なんて焦らなくていいんだよ。だけどな、出勤態度や営業中の態度はちゃんとできるだろう。俺は結衣菜の成績の事だって考えてる。でもその前にその気構えの見えない奴を優先して気にかけてあげる事は出来ない、わかるよな」


「だって……」


無言で海斗の肩を猫パンチする。

海斗は何もせず、何も聞かずに結衣菜さんを見つめる。

結衣菜さんは下を向いたまま、何度も海斗の肩を叩き続けながら、


「だって、前に結衣菜がいた時と店の雰囲気も、みんなも全然違うんだもん。海斗さんだって結衣菜が店を離れてるときは結衣菜の事を気にかけてくれる優しいお兄ちゃんだったのに、今は気安く近付けないし、話せないし、厳しいし」


そうして力無く叩き続けていた猫パンチを止め、下唇を突き出し泣き続ける。

海斗は諭すように話しかける。


「いいか結衣菜。もう子供じゃないんだよ。反発したり不貞腐れたりしても根気よく接してくれる学校の先生や親はココにはいないんだ。他のキャストも表面的には同意しつつも、同じような行動を共にしてくれるようなガキはいない。確かにこの数ヶ月で店の雰囲気や街での評価は全く違うものになってる。俺だって、前に結衣菜と会っていた時とは違って、仕事中なんだよ。結衣菜が戸惑う部分もわかる。だけど上手くいかない気持ちをわかってもらうためや、それを隠すためにヤル気のない態度したり、困らせようとするのはもうやめなさい。結果が出てなくてもいいんだよ。確かにこの業界は結果が全てだけど、結果を出すためにちゃんと前に進んでるのかを自分で考えないと。結衣菜はもう、自分の人生の責任は自分で決める歳になったんだよ」


海斗が優しく結衣菜さんの頭を撫でる。

ショボンとした顔の結衣菜さんからさらに大量の涙がこぼれ出した。

「うぇ〜ん」

と、そのまま堰を切ったように子供みたいに泣きじゃくる。


「うぇ〜ん。話が難しくてよくわかんないよぉ〜」


そう言ってそのままテーブルに突っ伏してしまった。


そこかよ!と思いつつも、結衣菜さんのその姿を見た海斗には閃くものがあった。

結衣菜さんと話しているとキャストとミーティングをしている感が薄い。海斗でさえいつの間にか結衣菜さんの事を呼び捨てにしている。

それに、不貞腐れたり、不機嫌だったりしても相手にしないと海斗自身が言っていながら結局根気よく話してしまっている。

増田さんでさえ結衣菜が高校生だった事が発覚した際も切り捨てなかった。結衣菜には過保護とも思える対応をした。

もちろん打算もあるが、それ以上にほっておけない何かが結衣菜さんにはある。

それをなんとか接客の武器に出来ないか。そしてその部分を具体的にわかりやすく教えてあげないと結衣菜さんは理解できない。

結衣菜さんが泣き止むのを待つ間、分かりやすく伝わりやすい言葉を探し続ける。そして暫く真剣に考えていると、あるキーワードが浮かんだ。

けれどもあまりにも熟考しすぎた為、海斗がハッと我に帰った時にはすっかり泣き止んだ結衣菜さんが仏頂面で待っていた。


「か〜い〜と〜さ〜ん。いま結衣菜の事、忘れてたでしょ!」

「ん?うん。色々と考えてた」

「ヒドイよ〜!結衣菜めっちゃ悩んでんだから!営業中もずっと怖かったんだからね!」


ソファをバンバンと叩いてかわいく睨む。

しかしそこには先程までの険悪な空気は無く、月一で会っていた頃のような空気感に戻りつつあった。


「ごめんごめん、でも考えてたのは可愛いい結衣菜の事だよ」

「うぇ?これでも可愛い?」


そう言って結衣菜さんは両手でほっぺを下に下げて変顔をする。


「そうやってすぐに笑わそうとする。結衣菜には色恋営業はムリなのかなぁ」

「結衣菜にはムリ〜。だって口説かれるとかゆくなっちゃうもん」

「じゃあ結衣菜の得意な営業ってなんだ?」

「ん〜、ワイワイ騒ぐ系?友営かなぁ」

「じゃあ、ピンの客やおじさんの接客はどうすんだ?」

「ん〜、早目に海斗さんが呼んでくれるのをこうやって願う」


結衣菜さんが目を瞑り、手を合わせて拝むような仕草をしたので海斗は軽くチョップをする。目を瞑ったまま、頭をさする結衣菜さん。


海斗は気を取り直して先程思いついたキーワードを話すことにした。


「えーと、結衣菜は妹キャラって知ってるか?」

「妹キャラ?あれでしょ。おに〜ちゃぁんって甘える奴でしょ?」

「…ちょっと間違った情報がインプットされてるみたいだな。要は、今のこの会話の感じだよ」

「今?」

「そう。俺との会話でおに〜ちゃぁんなんて言ってないだろ。でも今は完全に妹っぽいんだよ」


「???」


結衣菜さんは上を向いて首をかしげる。


「そういう仕草を接客中でも出来ないか?それから年配の客には一生懸命頑張る子供みたいな雰囲気で。さらに年配の客には久しぶりに遊びに来た無邪気な孫みたいな。要は変に大人ぶらなくていいんだよ。店の雰囲気に飲まれて無理矢理イイ女っぽくすると結衣菜の場合おかしな感じになる。もっと今みたいに素直でいいよ。年配の人に応援してもらえるような優しくて素直で、ちょっとほっとけない子をトコトン突き詰めてみるのはどう?」


「えー、だっておじさん苦手。普段から怒られた経験しかないもん」


「それは結衣菜がおじさんを毛嫌いしてるからじゃないかな。でもここはどこだ?キャバクラだろ。キャストはみんな口うるさいおじさんが嫌いだよ。だって優等生だった人なんて少ないんだから」


「まぁそうかぁ。みんな待機席では愚痴ばっかりだもんね」


「でも、結衣菜さんはなんというか、怒られ上手なんだよ。客の中には誰かに説教したがる人もいるだろう?特に年配の人。だから年配の人の接客ほどドンドン攻めていいよ。そこであえて説教されるような話題を引き出してもいい。結衣菜さんは多少の失礼があってもすぐに挽回できるような表情や仕草を感覚的に身につけてる。要は怒られ慣れてるから許してもらう術も知ってる。そこを逆手に取って散々説教された後、応援してあげるから頑張りなさいとまで言わせるんだ。結衣菜さんにはそれが出来る。普通はクレームになって終わるんだけどね。また、人生経験が豊富な人ほど結衣菜さんの素直な性格や少しづつ成長していく結衣菜さんの変化も分かってくれる。逆に20代、30代の接客の時はちょっと言動を抑える感じで。この辺の客層はまだ結衣菜さんのおバカな言動に対して面倒だとか生意気だとかのクレームになりかねない」


「えー?結衣菜って若い人の方が合ってるのかと思ってた」


「もちろん多人数でワイワイ騒ぐ時は結衣菜さんの本領を発揮できてる。でもそれも盛り上げなきゃと思わなくていい。結衣菜さんは普通で十分なんだよ。元々が明るい子なんだから。でも必要以上に盛り上げようとすると逆に下品で騒がしい感じになっちゃうから」


「う〜、ダメ出しばっかりだぁ。結衣菜はもっと出来る子だと思ってたのに!」


「もっと出来る子だよ。だけど方向性を勘違いしてただけ。勘違いは結衣菜さんの得意分野じゃん」


「それ褒めてる?」


「褒めてるよ。俺にはこれからの結衣菜さんがちゃんと見えてる。だけどそれには今まで結衣菜さんが面倒だと思って敬遠してた客がメインターゲットになる。でもしっかりと取り組んでくれればもっと褒めれるね。それにこれは俺が提案したことだから結衣菜さん任せにはしないよ。上手くいかないときは相談にのるから」


「うぃ〜。わかったぁ。褒められたいから頑張る。でもさっきの海斗さん、めっちゃ怖かった。あのね、おしっこがね、ちょっと出た」


「おいおい、大丈夫か?ってそんな事を正直に報告しなくていいから」


「にゃははは。結衣菜のパンツがヤバい事になってるー」


「もー、いつも言ってんじゃん。俺をあんまり困らせないでくれって」


「ごめんなさーい。あ、あとね、本当はタバコ取り上げられた時もちょっと漏らしたの。だって無言で火の点いたタバコを素手で揉み消すなんて、普通に怒られるより何倍も怖かったもん」


「あー、まぁ違うやり方もあったかもな。無駄に怖がらせてゴメンね。でも無理矢理に言うことを聞かせたい訳じゃないんだ。ただ、このままじゃ結衣菜さんの居場所がどんどんなくなっちゃうと思って。せっかく戻ってきてくれたんだし、この業界で輝けると確信してる。だからこそ厳しい事も言う。嫌われるのも覚悟してるよ」


「ふーん。じゃあ絶対に嫌いにならないし、ツラくても頑張るからから一つだけお願い聞いてよ」


「ん?なんか俺的にやな予感しかしないんだけど」


「にししし、これからは結衣菜の事を呼び捨てで呼んでね。だっていつの間にかまたさん付けに戻ってるもん」


「まぁそのぐらいならな。だけど営業中はダメだぞ」


「ヤッター!あ、あと、呼び捨ては結衣菜だけだかんね」


「分かったよ。つーか、俺が他のキャストを呼び捨てにすると思う?」


「んー、今は想像つかないけど、海斗さんがもっと偉くなってもだよ。約束ね」


「じゃぁ結衣菜も俺が偉くなるまでちゃんと頑張ってくれるの?」


「はーい。あ、そうだ、結衣菜のおしっこパンツ、いる?」


「うん。いらない!」

「ひどーい!」


最後はいつもの感じになった。

ただ、以前よりも関係性が変わってきた事に海斗が気付くのはその数日後だった。


結衣菜さんは海斗と衝突した次の日から誰よりも早く元気に出勤してきた。

営業中も明るい。海斗が付け回しをする前のちょっとした話の時も常に笑っている。

普通キャストは付け回しに待機席から呼ばれるとダルそうに出てくる。

これは他の待機席にいるキャストの反感を買わない手段。今いる待機のキャストの中で付け回しに自分が選ばれた事を喜んでいるように見せないために。

中には本当にダルそうなキャストもいるが、ナンバークラスのキャストは海斗が客の情報を話し始めると必ず仕事のスイッチが入る。

けれども結衣菜さんは周りを気にせず嬉しそうに待機席を離れてくる。

最初はここ2ヶ月までの態度との変化に驚くキャスト達。

しかし数日も経つと、みんな気にしなくなった。

元々あっけらかんとした性格の結衣菜さんはあまり妬まれないし、反感も買わなかった。裏表が少なく素直な性格なのはキャスト達が一番知っているし、ボーイに気に入られようと媚びている訳では無く、本当に楽しそうにしているので周りから見ると微笑ましく見えるらしい。

海斗は美香さんとのミーティングで美香さんからそう言われるまで気づかなかったが。


さらに数日が立つと、結衣菜さんが同伴の日は、まだボーイ達が開店準備をしている夕方に店に来てメイクなどの支度をする。そしてボーイ達に「行ってきまーす」と言いながら同伴客との食事に向かうようになった。


何回かそんな事があったある日、その日も結衣菜さんを同伴に送り出した後、増田さんから話しかけられる。


「いやぁ、海斗の色管理は強烈だな」

「は??」


思わぬ言葉に変な声が出る海斗。

増田さんがニヤニヤしながら話す。


「わかんねーか?結衣菜がこんなに早く出勤してくるのは、海斗と少しでも一緒に居たいからなんだよ。だって海斗が買い出しとかで店を離れてる時に結衣菜が出勤してくると「海斗さんは?」て聞いてくるもんなぁ」


「うーん、この前のミーティング以来、元気になったし、やたらと話しかけられるなぁとは思ってました。けど付き合ってる訳じゃないですよ」


「まぁそうだろうなぁ。付き合ってたり、枕管理をしてたらああはならない。逆に周りに怪しまれないように店では仲良くない振りをするもんだからな。それに他のキャストに海斗が気に入られないように悪口を言いまくる場合もある。まぁ、でも結衣菜に関しては海斗に任せてるから色管理でも枕管理でもどっちでもいいんだけどな。それより結衣菜に怒鳴ったんだって?」


「あ、はい。何か文句言ってました?」


「ククク、お前もやっと一人前になってきたな。結衣菜が言ってたぞ。この店で絶対に怒らせちゃいけないのは海斗だって」


「あー。増田さんにまで伝わってるんですか。あいつ、すぐ人に喋るからキャストもその事を聞いてくるんですよ」


「こんな事も言ってたよ。営業電話ってウソを見抜いてたのにそれには触れずにタバコを吸いながら電話する事を怒られたって。ウソをつくなって怒鳴られたらどうしてそう決めつけるんだって反論しようとしたらしいが、その事を突かれた瞬間に、この人には屁理屈が通じないって悟ったんだとよ」


そう言って大爆笑する増田さん。

海斗はなんとも言えない脱力感を覚える。

その姿を見た増田さんがさらに笑う。


「あー可笑しい。でも海斗も凄いぞ。結衣菜は小さい頃から怒られ慣れてるからな。大人の矛盾やスキをつくのが上手い。それを威圧感と論理の両方で丸め込んだんだからなぁ。今の結衣菜は海斗への畏怖と尊敬が行き過ぎて恋に変わってるんだよ」


「えーと、結衣菜さんからは恋愛感情とかは感じないんですけどね。俺が鈍感すぎるんですか?」


「だから海斗の色管理は強烈だって言ってるんだ。あれは恋愛感情じゃない。まぁ芸能人の熱狂的なファンっているだろ?あれに近いかもな。だから海斗に彼女がいようが関係ない。他のキャストが海斗を褒めると嬉しくなる。逆に他のキャストが海斗への文句を言っても、あいつは全力で擁護するだろうなぁ」


「あー、元々個性的だった結衣菜さんが最近さらに凄いのはそのせいなんですね。まぁ勤務態度も改善できたし、接客の幅も広がりつつあるんでとりあえずこのままの感じでいきます。あーでも、他のキャストに勘違いされると面倒くさそうですね」


「フッ。お前もだんだん優矢に似てきたな。普通は女にそこまで想われたら、困った振りをしながらも少しはニヤニヤするもんなんだぞ。優矢とは女へのアプローチの仕方は全然違うが、根っこは一緒だな。俺も最初は気づかなかったけど、優矢は海斗の本質に最初から気づいてたんだなぁ。あいつが海斗を大好きな理由が俺にも最近分かってきたよ。もし、俺が二十歳くらいの時に同世代に優矢と海斗がいたらと思うと俺の自信が揺らぎそうだ。ホントにお前らより先に産まれてて良かったわ」


増田さんはそう言って、チラリと山田君を見る。

いつの間にか近くでじっと話を聞いていた山田君は大きなため息と共に店内掃除を再開した。



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