流れのままに
改めて見るその子は素朴そうな普通の子だった。
普段見慣れている着飾ったキャストに比べると、目立たない印象。
それでも、目鼻立ちは整っていて、化粧っけのない顔にはどこか儚げな表情がり、普段接しているキャストとは別の透き通った透明感を感じた。
「俺、ここの店のボーイやってる筑波海斗って言います。突然声かけてごめんね。この傘上げるから落ち着いたら帰りな。それまでここで休んでていいからね」
それだけ言って俺はまたビルの入口から外を見つめ、フロント業務に戻る。っていっても立っているだけだけと。
しばらく雨音だけの静寂が続いたが後ろから声をかけられた。
「あの、ここってキャバクラなんですか?」
俺は半身だけ向きを変え、壁に寄りかかりながらその声に応える。
「そうだよ。今日はめっちゃ暇ですけどね」
「あの……、私でも働けますか?」
「え?あー、うん。18歳超えてれば多分大丈夫だよ。俺も入ったばっかりだからよくわかんないけどね」
「あ、そうなんですか。筑波さんは入ってどのくらいなんですか?」
「俺はまだ4ヶ月くらいかな。もし働きたいなら店長に伝えるけど」
「あの、私、こういった所の経験ないんですけど大丈夫ですか?」
「あ、うん。未経験で入った子も結構いるし問題ないと思います。どうする?」
「あ、あの……、お願いします」
「わかった」
俺はインカムで店長を呼んだ。
「どうした?何かトラブルか?」
「いえ、今から女の子の面接ってできますか?」
「は?お前フロントにいたんじゃないの?スカウトしに行ってたの?」
「いえ、フロントにいたんですけど、店前で声かけた女の子が面接したいって……」
「おーおー、やるなぁ。海斗くん。よし連れてこい。お前も一緒に上がってきていいぞ」
「あ、はいわかりました。行きます」
普段は俺のことを苗字で呼ぶ店長が名前で呼ぶときは機嫌がいい時。
でも、こんなずぶ濡れの子を連れてって大丈夫かな。
少し不安になりつつもその子に声をかけ一緒にエレベーターを上がっていった。
エレベータを降りるとすぐに店の入り口になっている。
そこには鏡張りの棚に高いお酒がいくつも飾ってあり、ワット数の大きい電球で照らされている。鏡の効果でとても明るくなり、隣にある熱帯魚が泳いでいる水槽と相まってとても高級な印象を与える作りになっている。
明るい入り口を抜けると、少し照明が落とされた通路が続き、フロアとの境目あたりにキャッシャーがある。
キャッシャーから増田店長が出てきて爽やかな笑顔と共に挨拶をする。
「こんばんは。今日はありがとね。あれー、そんなに濡れてどうしたの?外って意外と雨強いんだねぇ。どーぞ中入って。えーと、何さん?」
そういって俺の方を向いて名前を聞かれたが、そういえば俺もしらない。
表情だけで知らない旨を伝えると、店長に半ばあきれたような顔をされた。
「前田咲です」
その子の方からそう名乗ってくれて、店長はまた咲さんの方を向いた。
「お、咲ちゃんね。よろしく。あとで行くから座ってて」
そう促され、俺と咲さんはフロアへ出る。
その時は見慣れたいつもの店内がなぜか普段と違く見えた。
音楽に混じり、使われている客席から会話が聞こえてくる。
俺は使用優先度の低い客席にその子を案内する。
途中の席では待機のキャスト達がいて、またその先の席では坂東さんという先輩のボーイとその担当キャストの楓さんがミーティングをしていた。
少しケンカ腰のような会話だったが、俺が女の子を連れてきた事で会話が止まり珍しいものでも見る様な目でこちらを見てきた。
その後、俺の方を見ながらそれまでの会話が嘘のようにひそひそと話しているのがちらりと見えた。
そんな視線を気にしつつも、咲さんを席へ付かせ待つように言うと、俺はキッチンへ冷たいお茶を作りにいった。
俺がお茶をグラスに注いでいると、増田店長が書類を持ってキッチンへきた。
「おい、めちゃめちゃイイ子じゃないか。当たりだな。時々、海斗ちゃんには驚かされるけど、今日もやってくれたな」
そう言って俺の肩を叩く。
「ちょ、こぼれますって。それにそこまでイイですかね?地味な印象しかないんですけど」
「バカ!あんな素材のイイ子なかなかいないぞ。お前、うちのキャストのすっぴん見たことないのか?やり方次第であの子は化けるぞ」
「そうなんですか。でもこの仕事未経験って言ってましたけど」
「それもプラスだよ。変に慣れてると、ラクしたがるのとか、時給ばっかり気にするやつとかが多いからな。そうだ、どうしても本入させたいからお前も一緒に面接の席にいろよ」
「え、俺もですか?フロントは……」
「んなもん、手が空き次第ほかの奴にやらせるし、今日はたいして客入らないから気にするな。それより海斗ちゃんのスカウト第一号だな。おめでとう」
正直、面倒くさいことになったと思った。スカウトなんてした覚えもないし。勝手に働きたいと言い出しただけなのに。
俺のことをちゃん付けするくらい変にテンションの上がっている店長との温度差にため息が出そうになる。出せないけど。
フロントでボーっとしてる方がどんなによかったか。心からそう思う自分がいる。
しかし、逆らえるほど偉くもないので結局俺も面接に加わることになった。