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昇進


VIP席に全員のボーイが集まった。

テーブルの上にはいつの間にか封筒が並べられている。

増田さんが厳しい顔つきで話し始める。


「みんな先月は良くやってくれた。おかげで過去最高の月間売上を記録した。大入りボーナスはそれぞれ規定の金額が給与に加算される。それとは別に社長から俺に対して報奨金が100万円出た。でもこれを役職に応じて分けようと思う。まず、山田、秋山、はそれぞれ5万ずつ。西野は10万。海斗は20万。坂東は30万。残りの30万を俺と優矢と洋子で分ける。元々社長が俺に個人的に渡してきた金だ。それぞれ思うところがあるだろうが勝手に決めさせてもらった」


そう言って、一人一人に封筒を手渡す。

大はしゃぎはしないが、微妙に皆のテンションが上がっているのがわかる。


「それからここ最近の売上が評価されて、それぞれ昇進人事が決まった。まず、坂東はマネージャーへ昇格」


「ちょっと待ってください。それは受けられません」


坂東さんが断った。それまでの浮かれた空気が一瞬で消えた。増田さんは驚くこともなく坂東さんに聞く。


「どうした?理由は?」


「先月、私の担当キャストは不甲斐ない成績でした。そしてそれは先月に限ったことではありません。俺は海斗の実力を認めています。海斗はいい奴です。俺が上にいても文句は言わない、そんな奴です。でも俺自身が納得できないんです」


「確かにここ最近、海斗のキャスト管理に対する働きぶりは誰もが認めるところだ。だけどな、俺たちの仕事はそれだけじゃないだろう。客やキャスト、ボーイ達の信頼感は海斗よりお前の方が上だ。そしてお前は付け回しに私情を挟まなかった。役割を全うした。キャスト管理だって坂東の成績が落ちた訳じゃない。海斗の担当キャストが上がったんだ。お前は毎日の出退勤を含めて全てのキャストを見ていた。その中で自分の担当キャストの成績も落とさなかった。俺は心からお前を評価している。この店の屋台骨はいつだってお前だよ。だからみんなが力を発揮できるんだ。そんな事はみんな分かってる。さっき海斗と話したが、海斗もお前を上司として認めている。俺はお前にマネージャーを任せたいんだ。引き受けてくれるか?」


「わ、わかりました」


増田さんの熱のこもった言葉に圧されるような形で坂東さんは困惑しながらもマネージャー昇格を引き受けた。

海斗が拍手を送ると他のボーイ達も次々に拍手を送る。ひと段落するとまた増田さんが話し出す。


「次に海斗は主任に昇格。西野は副主任に再昇格。ホール長は……」


次々に昇格が告げられる。海斗は一つ大きく深呼吸をし、西野さんは小さくガッツポーズ。

そして新しいホール長の発表の前に秋山さんと山田君が姿勢を伸ばし、緊張した表情を浮かべる。


「ホール長は山田だ」


増田さんは山田君をホール長に抜擢した。

驚く山田君の横で、呆然とする秋山さん。


海斗にとっても意外だった。

秋山さんは入った当初はチャラさや粗さが目立ったが、ここ最近は言葉遣いや態度がスマートになった。

元々、秋山さんは会話のスキルが高い。お客さんとのやり取りもノリ良く返すのが上手いし、ちょっとした一言でキャストのテンションを上げる事にも長けている。

そして、キャリアが長いのでトラブルへの対応力も意外に高い。

山田君はそれとは対照的に、仕事面では実直で確実。営業中の動きにミスも少ない。反面、キャリアが浅く、元々人付き合いが苦手な性格の為か客やキャストの要求に臨機応変に対応する事に若干欠ける。

それぞれ良い面と悪い面があるが、海斗は総合的に秋山さんの方が上に感じていた。


すると増田さんが続ける。


「秋山には、副主任としてレッドローズへ行ってもらいたいんだが、どうだ?」


その言葉に下を向いていた秋山さんが顔を上げ驚く。


「ふ、副主任っすか!い、行きます!行かせてください!」


いきなりの大抜擢だった。秋山さんはホール長を飛び越えて副主任への昇格。さっきまでとは一転、喜びに満ちていた。

異動と昇進には理由があった。増田さんが話し続ける。


「良かった。実は最近、レッドローズの売上が伸び悩んでいる。そこで社長がテコ入れを図った。レッドローズ内で降格人事が行われた。そして、ウチから副主任としてレッドローズに人を出せないかと言われたんだ。西野はウチで副主任に戻そうと思っていたし、山田はまだ副主任には荷が重いと思ってな。秋山ならキャリアもあるし、この店での成長も確かだ。5日後に移籍してもらう。頼んだぞ」


「はい!頑張ります!」


そうして人事異動の発表が終わった。


5日後に秋山さんはレッドローズへ行った。

そして入れ替わりでレッドローズからボーイが来た。

また、先月手伝ってくれた優矢君の友達も正式にボーイとして入店した。



増田店長は基本的に担当キャストを持たず、店舗管理に専念。


坂東さんは店舗管理に加えて、売上管理。

それから楓さんとC、Dランクキャストの管理。加えて、ボーイの統括と教育。

楓さんは坂東さんによってこの店に入店した為、Aランクキャストだが、例外的に坂東さんが担当する。

ちなみに、マネージャー以上の役職は月の店舗売上が目標金額に達すると歩合が支給されるので、キャストの管理手当は付かない。

言い換えると、全キャストの働きで歩合が変わってくるので、全てのキャスト、ボーイの働きを促進させなければならない立場でもある。



海斗は主任に昇格。

担当キャストは

杏奈、美香、リン、咲、サラ、ナナ、結衣菜、の7人。

ミキが海斗の担当から外れた。


副主任に返り咲いた西野さん

担当キャストは4人

モエ、ミキ、に加えてBランクキャストが2人。


ホール長に昇格した山田君

担当キャストは3人

みりお、の他にBランクキャストが2人


そしてレッドローズから異動してきた19歳の平沢君。キャリアはまだ半年。


それから優矢君の友達の葉山虎太朗。20歳で、スカウトマンの経験が少しだけある。



店長 増田 : 店舗管理


マネージャー 坂東 : キャッシャー、フロント


主任 海斗 : 付け回し、キャスト出退勤管理


副主任 西野 : エスコート、延長確認、フロント


ホール長 山田 : ホール指示、フロント


ボーイ 平沢 葉山 : ホール業務


週末助っ人 洋子 : キャッシャー


気まぐれ助っ人 優矢 : フロント、その他


各自、この役割をメインに店を回していくこととなった。

人事異動があったその日、洋子さんを含めた全員で営業前ミーティングが行われた。

増田さんが口火を切る。


「これからは俺が前面に出ることはほとんど無いと思ってくれ。店の方針に関しては俺が最終的な決定をするが、営業中はマネージャーとなった坂東が店を管理する。そして海斗は主任として付け回しを行ってくれ。西野は今まで海斗が行っていた業務を引き継ぐ。山田はホールを管理し、平沢と葉山に指示する事。これからは海斗が営業中、自由に動ける事を第一に考えるように」


「「はい!」」


「それから、ウチの店は名実共にこの街でナンバー1の店となった。だが、これを維持しようと思うな。更に上を目指さなければ、維持すらできない。よって振り分けたBランク以上のキャスト全員をこの夏が終わるまでにAランクにする事。また、海斗に関しては、今月から担当キャストがAランクにならなかった場合、その分の管理手当をカット。海斗は主任として、またトップキャストを多く抱える者としてそれ相応の責任を持ってもらう。それから、坂東は楓のAランクに維持はもちろんの事、C、Dランクキャストを全体の2割未満に抑えろ。いいか、秋までにAランクキャストを15人にする。そして今年中に指名売上だけで1300万以上、月間売上3000万以上をコンスタントに叩き出す店にする。皆、覚悟しろ!」


「「は、はい!」」


かなり厳しいノルマが役職のあるボーイに突き付けられた。

海斗は特に厳しい。

まず、Aランクキャストの条件は時給4500円以上。担当キャストの中でコンスタントにクリア出来ているキャストは杏奈とリン、咲だけ。

先月に限っては美香、サラもAランクに入ったが、まだ続けて上位をキープしたことはない。結衣菜、ナナは入ったばかりでどの位の成績が望めるかわからない。


一番低いAランクキャストで時給4500円で1日だいたい5時間勤務。

各種バックを含めると1日で25000円〜30000円の日給になり、月20日勤務だと50万〜60万の月給となる。

よって指名売上は60万以上が最低条件。なぜなら貢献度という項目が関係してくる。

これはキャストの指名売上金を支給額で割った数値。100%を割り込むキャストは本当の意味でAランクとは言えない。


貢献度という制度を取り入れたのは海斗であり、系列店で採用しているのはニューアクトレスのみである。


先月のキャスト成績は売上、貢献度、本指名数、同伴数、場内指名数、全ての項目で理子さんがトップだったが、来月からは誰がトップになるか予想がつかない。



こうして新しいニューアクトレスが始動した。

そして海斗は、売上を大きく左右する重要なポジションを全うするべく、さらなるプレッシャーと戦う日々が始まった。

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