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冬のとある日


ツカサさんの事件から1ヶ月が経った。


冬の寒さもピークを迎える2月初旬。都内でも降雪が観測される日もあり、どうしても2月は売り上げが落ちる。営業日自体が他の月に比べて少ないのもあるが、新年会シーズンが終わり、ボーナスも使い果たし、12月頃から続く冬の寒さも日常化して人恋しさをあまり感じなくなるかららしい。


そうなると、長い付き合いのある自営業の指名客を持つキャストが強い。何故なら世の中の社長達は年末の会社経営を乗り切り、1月の社員のボーナスを払い終わった2月になるとより太客になる。

なので、キャストの成績の差も顕著となって現れる。


今月の店内は太客の指名が被って大変なキャストと、待機席で携帯をポチポチしているだけのキャストに別れる日が多くなった。

ボーイ達も指名客が多いため、やる事が少なく普段より忙しくはない。

海斗も営業中にもかかわらずフロアを見ているだけの時間が他の月よりも多くなっていた。



結局、ツカサさんからの連絡はあの日以来無かった。そしてまた1人、海斗の担当キャストが居なくなってしまった。

海斗はツカサさんの事を担当として親身になって接していた自負もあったが、ツカサさんにとっては頼りにならないボーイで、助けてもらおうと思える存在ではなかったことに気付かされた。


だけど、もし連絡があったとしても海斗に一体何がしてあげられるのかもわからなかった。どこかで元気にしている事を願うしかない自分がいた。


全て増田店長の言う通りだった。


フロアを見つめながら、キャスト一人一人をみる。

ここは都内でも有数の繁華街で、普通のアルバイト感覚のキャストは少数しかいない。

中にはこの世界しか知らないキャストの方が多い。同じ時間働いて時給800円と3000円以上ではキャバクラで働く事を覚えてしまった子は戻れない。


この業界は1ヶ月持たずに辞めた子はそれっきり夜の仕事には関わらないと思う。

だけど、ある程度長く続けた経験のある子は一度辞めてもまた戻ってくる。ただ、それが都内とは限らない。首都圏であれば2000〜3000円の時給でいくらでもある。

そして世の中との金銭感覚がズレたまま生活して行くうちに、ズレた人としか付き合えなくなる。


だからキャスト達の華やかな笑顔の裏に、皆何かしらの闇を抱えている。

それは愛情に飢えていたり、依存体質だったり、見栄や虚栄に幻想を抱いてしまったり。


そこまで考えた時、海斗にも当てはまると気付いた。

家庭は決して貧乏ではなかった。しかし家族関係が破綻していた。いがみ合い、不満と喧嘩の毎日であった両親。突然現れた妹。ギクシャクしたまま過ごした10代。何もかも放棄して自分の事だけ考えていた。

家族という括りが破綻してからは妹と少しずつ家族というものを模索していた。そしてその範囲が担当キャストへも広がっている気がする。

自分の居場所を模索しているのは、妹の若菜と同じだった。


だからキャストが離れていくのは余計に辛い。



そんな事を漠然と考えていた営業中のある日、結衣菜さんから連絡があった。


高校生だった事が発覚して退店した結衣菜さん。月に一度近況を知る為に増田さんから会うことを厳命されている。もちろん、怪しいバイトをしていないか監視する目的もある。


明日がその日の予定だった為、待ち合わせの時間や場所をどうするか結衣菜さんからメールが来ていた。


海斗は増田さんに休憩の許可を取り、バックヤードで結衣菜さんに電話をする。

少しの着信音の後、結衣菜さんが電話に出た。


「もしもーし。海斗さん久しぶりぃ」

「元気だった?明日何時頃会う?」

「明日は日曜日なんで午前中から夕方までお好み屋さんでバイトなんですよー。その後でも大丈夫ですか?」

「おー、ちゃんとバイト続けてたんだ。えらいねぇ。そうだ、明日は日曜日で俺の仕事休みだから夕食、結衣菜さんのお好み焼き屋さんで食べてもいいかな?」

「全然いいですよー。何なら私が美味しいお好み焼作りますよ!」

「それは楽しみだなぁ。バイト夕方までなら終わった後一緒に食べる?おごるよー?」

「ヤッター。何時頃来ますか?ウチの店、日曜日はちょー忙しいんで予約入れときますよ」

「そうだなぁ、じゃあ18時半くらいに予約しといてくれる?」

「わかりましたぁ。私もバイト19時までの予定なので上がった後合流しまぁす」

「よろしくね。それとも焼肉とかお寿司とかが良ければ場所変えてもいいけど」

「あははは、今の海斗さんキャバクラのお客さんみたい。全然気にしなくていいですよ。私、お好み焼が好きすぎてココでバイトしてるんで」

「そっか。なんか結衣菜さん元気そうで安心したよ。じゃあまた明日ね」

「はーい、待ってまーす」

「あはは、結衣菜さんこそ、キャバ嬢の営業電話の最後のセリフみたいだよ」

「あにゃ?本当だぁ。あはは、じゃーねー」


そう言って電話が切れた。相変わらずテンションが高い。

結衣菜さんが店を辞めてから5ヶ月が経つ。今考えると店にいた時は結衣菜さんなりに大人っぽく振舞っていたのかもしれない。それが最近は高校生らしさが戻りつつある。


海斗はバックヤードを見渡す。

シャンパンや白ワインの瓶が冷蔵庫に大量に仕舞われ、その隣にはおしぼりのケースと店ドレスが所狭しと並んでいる。

そして化粧品と香水が混ざり合ったような独特な香りが充満している。

きっと、高校の教室やお好み屋さんには到底ありえない空気感がここにはある。


増田さんは結衣菜さんが高校を卒業したらまたニューアクトレスで働いてもらうつもりでいる。その為の繋ぎに海斗が使われている事も承知している。けれども、結衣菜さんをまたこの世界の色に染めてしまう事に少し抵抗を感じはじめていた。

キャストが店を離れていく寂しさの一方で、キャストをこの世界に引き込む罪悪感とがごちゃ混ぜになり、ふとため息が出てしまう。


そんな事を思っていると、フロントからインカムが入った。また、新しい客が来店したようだ。

海斗はモヤモヤを払拭しようと自分の頬を両手でパチリと叩き、店内に戻った。


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