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付け回し

海斗が店内へ戻り、増田店長に報告する。


「ツカサさんの同伴はなくなったみたいです。それから店前で相良って男に絡まれたんですけど、坂東さんがボコボコにしてそのまま連れてっちゃいました」

「坂東が?それ本当か?」

「はい、あんな表情の坂東さん見たことなくて、正直びびりました」

「あー、海斗は知らないんだっけか。あいつ相同連合の元総長だったんだよ。っても、もう5年以上前の話だけどな。店で働くようになってだいぶ穏やかになったんだけどなぁ。相良ってどんなやつだった?」

「えーと、20代前半の悪そうな奴でした。フルスモークのセルシオに乗ってました。坂東さんは知っているみたいでしたよ。でもめちゃめちゃ怒ってましたし、相良って人のビビリようも凄かったです」

「ふーん、じゃぁ昔なんかあったんだろうな。まぁ坂東だったら店に迷惑かけるような事はしないだろう」

「でも、坂東さんは相良って人を引きずってどっか行っちゃいました」

「あらら、じゃぁ戻ってくるまで海斗が付け回しがんばってくれ」

「あ、はい。キャストリスト確認しておきます」

「同伴・来客リストも忘れずにな」

「了解です」


そうして急遽、海斗が付け回しを担当することとなった。

まずはキャストリストを確認し、キャストの出勤時間を把握する。といっても誰が何時に出勤するかを全て覚えるのは無理だったため、21時、21時半、22時、22時半時点でのキャストの総数を覚える。

そして、ナンバー入りするような売れっ子キャストの出勤時間を覚え、来客予定の客の指名キャストを覚える。

それから、今現在、来店している客の組数、指名、来店時間をざっと確認し準備は完了。

また、優矢君が出勤してくるまで増田店長がエスコートと延長確認を担当し、西野さんがフロア業務をしつつサポートに入る。山田君がカウンター業務と交換物を、秋山さんがサンキューコールをメインにフロア業務を行う。


海斗は頭をフル回転させ付回しを行っていく。早い時間は余裕もあるが店が混雑するに連れて客数、組数、キャストの人数も増えていくため複雑になる。

必死に付回しをしている内に坂東さんが戻ってきた。しかし、それまでどの客にどのキャストを付けたかは海斗にしかわからないため引き続き海斗が付回し担当となった。

すなわち、この日の売り上げの大部分が海斗の手腕に託されることとなった。


夜の11時を過ぎたあたりで忙しさのピークを迎える。

すでに今日出勤予定のキャストはツカサさんを除いて21人全員が出勤している。また優矢君もフロント業務を手伝ってくれている。

その優矢君からインカムが入る。


『フリー3名様、フリー3名様です。店内取れますか?』

『フリー3名様、了解。これから5番テーブルが延長確認なのでチェックだったらマンツースタートできます。2名スタート了承だったら、12番テーブルご案内で』

『了解でーす。確認します』

『5番テーブルに誰か延長確認行ってください』

『はいよー』

『フロントより、乾杯ビールサービスで2名スタート了承です』

『まじかー!了解。優矢君そのままエスコートして』

『了解っす』


すぐさま、山田君が12番テーブルにアイスペールとグラスをセットする。坂東さんが5番テーブルに延長確認へ行き、秋山さんがサービスビールを3杯準備しにカウンター内に入り、西野さんがほかのテーブルのサンキューコールに対応している。太客の席で一緒に接客をしていた増田さんもその状況をみてその席を離れフロアに立つ。


海斗は1番、3番、8番、16番テーブルからキャストを一人ずつ抜く。が、なかなか席を立たない。キャストも場内指名を取るために最後の営業をしているからだ。

今、抜いた4人のキャストのうち2人はマイナス接客でもがんばってくれるキャストで楓さん、もう一人は美香さん。

そうこうしている内に優矢君がエスコートしながら新規客が店内に入ってくる。

海斗は素早くその新規客の3人を確認する。そして瞬時にどの客にどのキャストが合うか考える。そして誰が一番最初に席に座るか、また、優矢君が誰と話をしているのかも確認。角の席のソファー側に座った客にイニシアチヴがあるように見えた。

そのとき、坂東さんからインカムが入る。


『5番テーブル1時間延長、1時間です』

『わーぉ、りょ、了解です』


これで、最低20分間キャストのマイナス5が確定。


「おねがいしまーす」

「はい!只今!」


16番テーブルの楓さんが手のひらを2回下に下げた。場内指名の合図。付回しとしてはうれしい悲鳴。

1番テーブルにいた美香さんが乾杯をして抜けてくる。8番テーブルからもキャストが抜けてくるがそのキャストがトイレに行きたいと言う。「急いでねー」と笑顔で送り出す。内心は「お前トイレ行きすぎだろ!」と思いながら。

そして3番テーブルについていたサラさんも抜けてきた。サラさんは呼ばれてもなかなか席を立たない場合が多い。今後の課題でもある。


「美香さん、サラさんすぐ付くよ。フリー3名様なんだけど、10分くらい2人しか付けないんだ。一応、サービスビールを出してマイナススタートは了承してもらってるから」

「えーまたですかー?」


美香さんが少しぶーたれる。そういえばさっきも美香さんはマイナス席だった。美香さんは色々な人に話しかけて会話をするのが上手い。その分、一人の客に集中しきれずに指名を逃すことも多々あるが。


「ごめん!でも俺、付回し慣れてなくてさ、頼れるのは普段から接してる担当キャストになっちゃうんだよ。だって、一番信頼できるんだもん」


海斗は美香さんとサラさんを交互に見る。たまたまタイミング良くこの二人が海斗の担当だっただけだけど。でもその言葉で満更でもない様子の2人。


「もー、しょうがないなー。で、どっちに付けばいいの?」

「美香さんは奥の席で男性の間に入って。途中からその横にキャスト付けるから、その後は角の席のお客さんね。サラさんは手前側の席ね」

「「はーい」」

「ありがとー。じゃぁ二人の魅力であのお客さんたちを骨抜きにしちゃってください」

「なーにいっちゃってんのー。はいはい、がんばりますよ。ちゃんとあとから女の子つけてよね」

「なるべく早くつけるよ。さ、いこう!」


海斗は二人の肩をポンポンと軽くたたいて12番テーブルへいく。


「失礼します!そちら間よろしいでしょうか、美香さんです。こちらお隣よろしいでしょうか、サラさんです」


そして全体を見渡せる付回しのポジションへ戻りながらインカムを入れる。


『12番テーブル、11:15スタート』

『11:15了解よー。海斗テンパってない?大丈夫~?』

『なんとか、まだクリアです。でも一旦フリーはストップですね』


キャッシャーの洋子さんから心配された。

ぶっちゃけギリギリで回している。この後は終電逃しても飲むタイプの客の席を気持ち優遇していかなければ0時を境にチェックの嵐になりかねない。

そういえば、さっきトイレにいったキャストがなかなか帰ってこない。バックヤードまで呼びに行く。こういう所がCランクキャストには多い。案の定、店内が忙しいのにだらだらと化粧直しをしてサボっていた。

すぐさま呼び戻し、1番テーブルに付けて、その場で1番テーブルに付いていたもう一人のキャストを抜く。

そうやってめまぐるしくキャストを変えていき、抜けてくるまでのタイムラグを利用してキャストのマイナスをごまかす。

さすがにピンのお客さんにキャストを付けない訳にはいかない。その為、忙しくなるとフリー1名の客は意図的に優矢君がフロントでカットしてくれている。


それと同時に指名が被っているキャストや場内指名が被っているキャストの時間を少しずつ調整して、新規の客にも回してあげなければならない。


そうこうしている内に0時近くなる。先ほどの3名のところには美香さんとサラさんとモエさんが付いている。一番大事なポジションの客にはミりオさんが合うんじゃないかと思い、美香さんを抜く。

すると、海斗がその客から呼ばれた。


「ボーイさん、俺は美香ちゃん指名な。それから俺は帰りたくなったら帰るからいちいち延長確認に来なくていいからな」

「ありがとうございます。ではそのようにいたしますので。ごゆっくりどうぞ」


そしてすかさずインカムを飛ばす


『12番テーブル美香さん場内、美香さん場内。それから12番テーブルはノーコールです』

『美香場内、ノーコール了解。少ししたら美香を電話で抜いて』

『了解です』


10分ほどたった後、海斗がまた美香さんの席に行く


「失礼します、美香さんにお電話が入っておりますので」


そういって海斗は手で電話のジェスチャーをする。

美香さんは「すぐ戻るから待っててね」と言い、自分のドリンクの上に名詞を置いて席を立つ。

キャッシャー近くの客席から見えないところで増田店長と海斗が待ち構える。

電話のジェスチャーは店側が接客中のキャストに対して何か話があるときに使う手段。

慣れてないキャストは誰から電話があったのかと怪訝な顔をしながら来るが、経験豊富な美香さんは小走りでまっすぐ海斗と増田さんの所に来た。

増田さんがにこやかに話しかける。


「美香ぁ、やったなぁ。この場内はでかいんじゃないか?ノーコールだってよ」

「ねー、びっくり。なんか有名なおもちゃ会社の専務さんらしいよー」

「そっかぁ。海斗に感謝だなぁ。ところで、あのお客さん新規だからあんまり高くならないようにな。一人1時間1万くらいで抑えてやってな。端数分は店でサービスするから。それからあのお客さんがラストまで残るようなら美香もラストまでいてくれな」

「わかったー。海斗さん、ちゃんとがんばったよー」


めちゃくちゃ得意げな顔をする美香さん。


「いやー、やっぱり美香さんは頼りになるね。おれは場内入ると思ってたから。終わったらアイス買ってあげる」

「やったー。ハーゲンダッツね。約束だよ」

「はいはい。あ、家に連絡しなくてだいじょうぶ?」

「んーと、上がりの予定時間過ぎるようならもう一回電話で抜いて」

「わかった。トイレ行くときに連絡してもいいからね。じゃ、引き続きがんばって」

「はーい」


そういってまた小走りで客席に戻っていった。

その姿を見送りながら、増田さんが海斗に声のトーンを抑えて聞く。


「ほんとに美香が場内入ると思って付けた?」

「いえ、あの時、忙しさのピークでマイナス接客に向いてる子をピックアップしただけなんすよねー。ぶっちゃけミリオさん付けて延長確認しようと思ってました」

「だよなぁ、俺も華やかな感じか、アイドルっぽいのがいいのかと思ったんだけど、意外と家庭的な感じがヒットだったんだなぁ」

「席に着く前は美香さんだってぶーたれてたんですけどね。今は小走りで戻っていきましたね」

「ふっ、まぁ結果オーライならなんでもいいよ。ところでツカサは連絡取れた?」

「何回か連絡したんですけど出ないですね。メールの返事もないです。留守電にはメッセージ残しておきましたが」

「そっか。飛んだかもな」

「可能性は大きいですよね」

「もうしばらく様子見てくれな。それから海斗の付回しなかなか良かったぞ。落ち着いてできていたな」

「ありがとうございます。でも坂東さんの場内率ってやっぱりすごいですよ」

「あいつは感覚派だから付回しは上手いんだよ。俺もびっくりするようなキャストで場内とるからな」

「見てて思います。その客にそのキャストつけるんすかぁって思ってたら場内入ってたりすることが多いです」

「これからは海斗もよくよく客を観察するように心がけろよ。少しずつ付回しの機会も増やしていくからな」

「はい。実は最近、坂東さんにも聞かれます。お前だったら誰つける?って。でも僕がいうキャストを付ける割合は7割ってところですかね」

「まぁ、そのくらい合致してるんならいいんじゃないか?残りの何割かは付回しのセンスや直感でその付回しの色が出るからなぁ。パターン化されすぎた付回しはキャストもまたかぁってなるからな」


そうして今度は坂東さんのほうを二人で見る。ちょうど延長確認をしているところだったが、計算の苦手な坂東さんは汗をかきながら口を半開きにして指をおって何かを数えている。きっとこの後、延長したらいくらになるか計算しているんだろう。

その姿からは、相良という男と対峙していたときのあの雰囲気がまったく感じられなかった。


「坂東さんって不思議ですね。普段はあんなに優しそうで、キャストにはおとぼけキャラで通ってるのに」

「まぁ、あいつも色々あったからなぁ」

「まぁ、あのガタイは只者じゃないですよね」

「その話は追々な。今はまだ営業中だ。このまま場内率をキープしてラストまでがんばってくれ」

「はい、あ、そろそろ、7番テーブル女の子変えてきます」

「よろしく!」



そして海斗が始めて丸一日付回しを担当したその日は可もなく不可もなく、通常通りの平日の売り上げで終わった。




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