初めてのフロント業務
キャバクラでのボーイの仕事は店舗管理、売上管理、キャスト(店の女の子の事をキャストと呼ぶ)管理、顧客管理、ホール、キッチン業務、呼び込み、等々。
入って日が浅い俺にはホール、キッチン業務と呼び込み程度。それに店前でのフロントと呼ばれる業務。
フロントとはウチの店の利用客に対して店前で指名確認をするというもの。
ここで聞いた指名をインカム無線で店内に飛ばす。そうすると店内のスタッフが、同じキャストの指名客同士がとなりの席にならないように準備をする。
まぁ、他にも色々意味はあるんだけど。
ちなみに街に出ての呼び込みは違法行為だけど、店のビルの敷地内で立っている分にはギリセーフ。
自分から声かけたらアウトで客の方から声かけてくる分にはセーフ。
まぁ、常連客の顔や指名キャスト覚えなきゃいけなかったり、違法と合法の微妙なラインに慣れてないとフロントには立てない。
俺は平日のある日、初めてフロント業務をした。
ただ、この日はどしゃ降りの雨が降ってて客足も見込めないから傘持って突っ立ってただけ。
店内も忙しくなく、この機会に先輩のボーイは客席に付いていない担当キャストとのミーティングに追われていた。
増田店長も早々に今日の売り上げを諦め、担当のいない俺にフロント業務の白羽の矢がたった。
闇夜に降りしきる雨は、街全体が悲しんでいるような静けさがあった。
俺はタバコに火を付け、その静けさをこっそり楽しんでいた。
そんな中、傘もささずにトボトボと歩いてくる女の子がいたんだ。下を向いていたから顔はわからない。
ただ、足早に通り過ぎる人々の中ではものすごく違和感があった。
泣いているみたいだった。
気づいたら俺はその子に傘を差し出していた。
「そんなに濡れると風邪ひくよ……」
俺の差し出した傘で不意に濡れなくなった事に気づいたその子が顔を上げた。
ボーっとした表情で俺を見つめてくる。
「どうしたの?」
その時、俺はどんな顔をしていたんだろう。きっといつもの様につまらなそうな顔だったのかもしれないし、客と接するときの乾いた笑顔だったのかもしれない。
でもその子に警戒心を与えない顔をしていたんだと思う。
俺の胸にこつんと顔をうずめる様な形でその子が寄りかかってきた。
予想外のことに何秒か固まってしまった。
降りしきる雨の中、一つの傘に収まる自分たちが何か違う世界にいるように感じる。
俺はゆっくりとした動作で、その子の濡れた髪を撫でた。
ふと、いつも境内にいる猫を思い出した。
そういえばあの猫と初めて会ったときも雨が降っていて、あいつは傷だらけだった。
きっとこの子の姿があの猫と重なって見えたんだろう。
そんな風に思っているとその子が顔をあげた。
そして小さくつぶやく。
「……すみません」
「いや、気にしないで……」
お互い、言葉少なめに会話をしている。不思議な状況にそれ以上どうしていいかわからなかった。
「とりあえず、ここじゃ濡れるから、移動する?」
「……はい」
そうして俺達は店のビルのエントランスに移動した。