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同伴トラブル

新年会シーズンも落ち着きだした1月下旬。

開店準備を一通り終わらせた海斗は食事をとりながら担当キャストの出確メールをしていた。

先日ミーティングを行ったつかささんは相変わらず本指名が少ない。

しかし、同伴週間などノルマの決まっている時は最低限のノルマをこなし、罰金を免れている。

この日は珍しくつかささんから同伴週間でも無いのに同伴するというメールが来た。

ただ、まだ確定ではないらしい。


うちの店の場合、同伴料は4000円。

それに対して20時半までに同伴したキャストへのバックは3000円。21時までで2000円、22時までで1000円。

22時以降はバックが付かないあげく、予定出勤時間よりも遅くなっている時は遅刻罰金が付いてしまう。

店側がキャストに対するキャシュバックを多くしてでも同伴を推奨する理由はいくつかある。

まずなるべく早い時間にお客さんを入れたい。営業が始まってから最初の客が入る事を口開けと言うが、この口開けが遅いと店内がダレる。それはボーイ、キャスト両方に言えることでこの状態からいきなり忙しくなるとリズムが狂う。

それからコンスタントに同伴をするキャストの多さは意識の高いキャストがどれだけ在籍しているかの指針になる。

水商売の女の子は良くも悪くも流されやすい性格の子が多い。

頑張る子が多い店ほど意識の低い子は幅を効かせなくなる。

店がその管理を怠ると途端に楽な方にキャストは流れていき、普段の接客や店に呼ぶための営業努力にも現れる。


また、同伴料が高くて同伴してくれないとボヤくキャストもいるが、同伴週間にはきちんとノルマを達成するあたり、あえて抑えている可能性があるキャストも存在する。

増田さんはそれも狙いだと言っていた。指名客が少ないキャストはなぜ自分に指名客が少ないのか考えない。ミーティングをしてみると接客が上手くないからとか、どうやって店に呼べばいいのかわからないと言った言葉が多い。

だけど同伴週間があると、それに向けて必死に顧客管理をし始める。自分の都合で客を呼び、接客中も次の月の同伴週間にまた同伴してもらえるような先を見越した接客をする。

そしてそのうち指名客のストックが多い方が楽なことに気付く。そうやって徐々に各キャストのスキルや意識を上げていけばいい。

意識の低いキャストは同伴週間に同伴するにはどうするかという具体的な目的があって初めてミーティングを真面目に聞くようになるのだと。

なのである程度のノルマを課すことは必要だと増田さんは言う。



つかささんのこれまでの働きぶりから考えるとこのタイミングでの同伴は珍しい。

海斗は増田さんと坂東さんに報告をする。


「つかささんが今日、同伴するみたいです」

「へー、珍しいなあ。あいつが同伴週間以外で同伴したことあったっけ?」


増田さんが坂東さんの方を見る。


「記憶にないですねぇ。ちなみに誰と同伴?」

「まだそこまでは確認できてないです」

「キープボトルがあるんなら先に準備しておくから、お客さんの名前を聞いといて」

「はい。わかりました」


海斗がそんなやりとりを坂東さんとしている横で増田さんが難しい顔をする。


「つかさって同伴のルールは知ってるよなぁ。でも一応、入店時刻が遅すぎると遅刻罰金になる事も伝えとけよ」


「了解です。あっ、今つかささんからライン来ました。えーと、21時までには来るそうです。それから、お客さんは初来店らしいのでキープボトルはないみたいです」

「お、そっか。なんだかんだでつかさもヤル気になってきてるのかもなぁ。海斗、引き続き頼むな」

「はい!」



海斗はつかささんの意識が変わってきたことが嬉しかった。

同伴は夕方からお客さんと会い食事をし、その後入店してそのまま接客をするため、最低でも4時間近くはそのお客さんと一緒にいる事となる。同伴バックは入るが、店に入るまでは時給は発生しない。

その間はサービスとなる。

また、お客さんとの食事はどんなに高いものでもやはり美味しくないらしい。安くても気心の知れた人との食事が一番美味しいとみんな言う。


なので、ボーイは同伴に対する労いの言葉を忘れないようにしている。また他のキャストに分かるようにして褒める。

海斗は担当として特にその事を念頭に入れておかなければならない。



開店時間が近づき、早い時間は海斗がフロントに立つこととなった。

優矢くんは用事があるらしく22時頃になるらしい。それまではボーイが交代でフロントに立つ事となったからだ。


久しぶりに店前に立つ海斗。

ここ最近は店内業務ばかりでフロントに立つ事がなかった。

冬の夜はメチャクチャ寒い。コートを着ていても自然と肩が上がってしまう。みんながベンチコートを着ている理由がよく分かった。


アクトレスの入っているビルは駅前大通りと細い道の角にあり、向かい側はコインパーキングとなっている。この細い道はアクトレスのビルを先頭に約200メートルほどキャバクラ、カラオケ、飲食店など繁華街が続いていて、車は通れない。さらにこの繁華街の道からさらに細い横道へ入っていくと風俗店や裏カジノ、麻雀店など許可の怪しい店が点在している。また、繁華街の道の中心地点には系列店のレッドローズがある。

クラブニューアクトレスは繁華街の入口付近の為、立地条件としてはレッドローズの方が断然いい。

なぜなら、繁華街の中心の方が居酒屋をはじめとした飲食店や娯楽施設が多いため、そこを利用し終わった客をすぐさま捕まえやすい。

逆にアクトレスの場合は、繁華街から駅に向かってくるまでの時間で頭が冷静になってしまい、帰宅モードになってしまっている事が多い。なのでキャバクラを探している雰囲気が感じられない。

ニューアクトレスは口コミや風俗案内所や、夜のお店専門のフリーペーパーなどで店の存在を知っているか、顧客の枝のお客様が多い。

今日のつかささんの様にキャストが新規客を連れて来てくれる事は店としてもメリットが大きい。


20時を過ぎると続々と同伴のキャストが同伴客と一緒にアクトレスのビルに入っていく。

海斗は会釈をしつつ、先導しエレベーターの上ボタンを押し、ドアが開くと客とキャストを案内する。そして素早くアクトレスの階のボタンと閉まるボタンを押してエレベーターの外に出る。

「ごゆっくりどうぞ」と深々とお辞儀をし、ドアが閉まったことを確認した後、インカムで店内に連絡する。


そんな事を繰り返していると、店前に1台のセルシオがゆっくりと停車した。

フルスモークの車内の様子は分からないが、人が出てこない。

この場所は店前のパーキングへ入る車以外の通行は出来ないし、店前に停められると、パーキングを利用する車の邪魔になってしまう。かといってフルスモークでナンバーがゾロ目のセルシオに向かってクラクションを鳴らす度胸は後続車には無いらしく、仕方なくUターンしていった。

海斗も無用なトラブルに巻き込まれないように身体の向きを斜めにし、横目で様子を伺っていた。

数分して助手席のドアが勢いよく開いたかと思ったらつかささんが出てきた。そのまま勢いよくドアをバン!と閉める。

すると、運転席のドアも開き、20代後半と思われる男が出てきた。

そしてセルシオをお互いが挟む形で口喧嘩が始まった。


「何で車から出るんだ、このやろう!」

「だって店来てくれるって言ってたじゃない!何でアンタなんかとまたホテル行かなきゃいけないのよ!一回やったからって彼氏ヅラしないでくんない?」

「あ?てめーから誘ってきたんだろうが!この前だって結局店休んだじゃねーかよ」

「それはアンタが変なクスリ使ったからでしょ!今日は食事の時に一滴もドリンク飲んでないんだから!いいから約束通り店来てよ。来ないんだったらもういい。死ね!ブタ!」


普段のぽーっとしたつかささんとは思えない程、激怒していた。しかし最後の一言がその男の怒りにも触れたようだ。

怒声をあげながらセルシオの前方を回り、つかささんを捕まえようとする。

しかしつかささんはセルシオの後部へ逃げる。それを見た男は逆回りで捕まえようとする。するとつかささんが前方へ逃げる。

つかささんも車から離れて走ったら男に追いつかれるのがわかるので、車の周りから離れない。

そしてセルシオの周りを一組の男女が罵声を浴びせあいながらぐるぐると回っていた。


海斗は面倒に思いながらも店内にインカムを飛ばす。もちろんその様子を男に気付かれないように細心の注意を払いながら。


「えーと、店内取れますか?」

「どうした?」


すぐさま増田さんから返事があった。


「店前でつかささんが不良っぽいのとトラブってます」

「えー、何それ。でもまだつかさは出勤時間ではないからこっちから介入する事は出来ないな。どんな感じなの?」

「セルシオの回りをぐるぐる回りながら喧嘩してます」

「なんだそりゃ。つかさは手は出されてないのか?」

「まだですけど、時間の問題だと思います。捕まったら確実にヤバイですね」

「通行人は通報してくれたのかなぁ。警察が来そうな感じする?」

「かなりデカイ声で言い合ってるんで通報はされると思…」


その時、運悪く海斗と男の目が合ってしまった。海斗に向って何かを叫び始めた。すかさずインカムを飛ばす。


「やば、俺に何か言ってきました」


それだけ伝えてインカムのボタンから手を離し、姿勢を正す。


「おい!そこのボーイ!聞いてんのか!」


海斗は自分を呼んでいる事に気付かないフリをしたが無理があった。


「そこに突っ立てるお前だよ。あの女を捕まえるの手伝え!」


そう言って男が海斗の方を向く。

このチャンスを逃す手はない。

海斗は意を決して言う。


「そんな事、出来るわけないじゃないですか!店前で迷惑なんですけど!」


その言葉に反応したその男がツカツカと海斗のところへにじり寄る。

手をポケットに突っ込んだまま海斗を下から睨み上げるようにしてにじり寄る。


「おい、もう一回言ってみろ!」

「あの子はウチのキャストなんすよ。いくら店の外だからってキャストが困る事に加担はできないんすよ」


海斗はなるべく冷静に言葉を返す。しかしさっきの会話の内容を聞いていたためにこんな外道にヘコヘコした態度は取りたくはなかった。

車の方を見ると、つかささんが車から離れるタイミングを見計らっている。

海斗は視線だけで、逃げるように指示をすると、つかささんが一目散に逃げていった。

サンダルをカツカツと鳴らしながら走っていくつかささんに気付いたその男は


「おい!待て!」


と言うがそんな言葉につかささんが反応するはずはなく、既に繁華街の中程へ走って行ってしまった。

さらに激怒したその男は海斗の胸倉を掴む。


「お前ら全員俺を舐めてんのか?ゴラッ!」

「いえ、俺は何もしてないじゃないですか。離してもらえませんかね」

「何余裕ぶっこいてんだよ!てめーんトコのケツ持ちどこだ、あ?」

「そんなこと言える訳ないじゃないですか。それにその辺の事情はあなたの方がよくご存知なんじゃないですか?」


男は海斗の胸倉を掴んだまま暫し無言で睨みつける。一触即発の空気が流れるが、その時ビルの廊下を歩いて来る足音が響いてきた。

そして坂東さんが店前に出てきた。


「あれ?相良じゃねーか。お前この街で何してんの?」


普段ののほほんとした雰囲気の坂東さんとは違い、聞いたこともないようなドスの利いた声を出しながら近づき、その男の髪を掴み上げる。


「お前、何でこの街にいんだよ。しかも俺のかわいい部下に何してくれてんの?」

「あ、いや…」


さっきまで威勢が嘘のように狼狽する相良と呼ばれた男。海斗の胸倉を掴む手から力が抜け、その手がガタガタと震えている。


坂東さんはその男の髪を掴んだまま引きずり、道の真ん中に停まっているセルシオへ投げ飛ばすと、そのまま顔面を踏みつけた。


「お前、この街から消えろって何年も前に言ったよなぁ。俺はテメーのツラ見たくねえんだよ」


そう言ってまた顔面を蹴る。相良の顔から血が噴き出すがかまわず蹴り続けている。すると坂東さんが海斗の方を見て言う。


「海斗、この車邪魔だからちょっとどかしてくんねえか?免許あるよな」

「は、はい」


坂東さんの豹変振りにびっくりする海斗だったが、言われたとおり運転席に乗り込み、ゆっくりと車を動かした。すると後輪が何かを踏み越えたような感じがした瞬間、外から叫び声が聞こえた。あわてて車を止め、ドアを開けて振り向くと、坂東さんにうつぶせに押さえ込まれている相良の右腕が変な方向へ曲がっていた。

どうやら相良の腕を轢いていたみたいだ。

坂東さんが満面の笑みでサムズアップしていた。


「海斗、ナイスだ。俺はこいつ連れて行くから、戻るまで店内頼むな。それからこの車はパーキングに入れといてくれ」

「了解です」


そうして坂東さんは相良をヘッドロックしたまま繁華街のほうへ消えていってしまった。

海斗は店の前のコインパーキングに車を止め、店内に戻ろうとした時、2人の警官に呼び止められた。


「通報があって来たんだが、なにかあったの?」

「いや、なんか男女の痴話ゲンカみたいなのがありましたけど、女のほうが駅のほうに逃げていきましたよ」


海斗はそう言って、坂東さんが行ったほうとは逆側を指差す。


「ん~、そう。君は関係者じゃないの?」

「いや、たまたま店の看板のライトが点いてるか確認しに降りてきただけですけど」

「そうか。まぁいいや。君、客引きとかしないでね」

「あ、はい。いつもご苦労様です」


そうして海斗は足早に店内へ戻った。


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