スノボ旅行
「うわー。雪だぁ。超きれい」
「若菜、滑るから足元気をつけろよ」
正月休みを利用して海斗達はスノボ旅行へ来ていた。
メンバーは海斗 若菜 優矢君 山田君。
海斗は学生時代に何度かスノボをした事があり、優矢君とスノボ話で盛り上がった際に正月休みを利用して遊びに行くことが決まった。
しかし、若菜を家に置いて行くことは難しかったので一緒に行くことになった。
滑ったことのない若菜は最初行くことを渋っていた。
そこでスノボをした事のない山田君も誘い、初心者を増やして安心させた。
なので若菜と山田君はスノボ初体験。
優矢君はかなり上手いらしい。
海斗はスノボの道具を一式持っていたが、若菜は何も持っていなかった為、またも前日に買いにいった。
ウエアや小物類を揃えたら既に4万を超えていたので、板やブーツはレンタルする事に。
ホテルのチェックインやレンタル品を借り、いざゲレンデへ。
若菜と山田君はブーツを履くのも一苦労。優矢君がコーチとなり、丁寧に教えている。
海斗はスマホで写真を撮りながらアドバイス。
大転倒を繰り返しながら何となく滑れるようになってきたところで1日目が終了。
2日目からは山田君と若菜は同じところで一緒に練習し、海斗と優矢君は色々なコースへ。
優矢君はワンメイクジャンプで他のボーダーの喝采を浴びている。
海斗は優矢君からカービングターンや180°ジャンプを教えてもらい、レベルが一気に上がったのを感じていた。
昼頃、また4人で合流し、一緒に昼食をとる。
「若菜、上手くなったか?」
「全然ダメだぁ。ターンしようとするとスピード出すぎて転んじゃう」
「そっか。最初は木の葉落としでいいんじゃない?無理してケガしたら大変だから」
「でも、山田さんはターン出来てきてるから悔しい!」
どうやら同じ初心者の山田君には負けたくない様子。
「山田君は顔に似合わず、カンがいいからなぁ」
「ちょ、顔に似合わずって、ヒドくないっすか?それに若菜ちゃんもかなり上手くなりましたよ。横滑りだったら俺より早いっすもん」
「そうなの。私、横滑りめっちゃ早いよ。まぁ半分は止まれないだけって噂もあるけど」
「ははは、あぶねーな、暴走娘じゃん」
「大丈夫。いざという時は山田さんが止めてくれるはず!」
「えー!俺もまだあんまり動けないよ?まぁ頑張るけど」
「頼りにしてます」
若菜はそう言ってにっこり笑う。
山田君は持っていたカレースプーンをカレー皿に刺したまま固まってしまった。
それを見た優矢君が突っ込む。
「いやー、若菜ちゃんも大人になったねぇ。男を手玉にとるなんてね。そりゃ山田さんもこんなに頼られちゃったら上手くなりますよ」
「なるほど、男にはカッコつけたいって気持ちは上達に有効だな。俺も頑張らないと山田君に抜かれちゃうなぁ」
海斗も茶化すように言う。
みんなケガなくそれぞれのペースでスノボを楽しんでいるのを見て、山田君も誘って良かったと思う。
昼食も終わり、海斗はタバコを吸いに外に出ようとした時、入り口付近にいた女の子から声をかけられた。
「あの、筑波さん…、ですよね?」
名前を呼ばれ振り向くとどこかで見た事があるような気がする。
だけど誰か分からず返事に困っていると、その女の子が小さい声で
「ナナです」
海斗はその名前でやっと気付いた。クリスマスに派遣会社からヘルプで来てもらっていたキャストだった。
「あー!ナナさん。めっちゃビックリした!こんな偶然あるんだなあ。へー、いつから来てるの?」
「昨日からです。この前はお世話になりました」
「こっちこそありがとね。この間はホント助かったよ。ナナさんもスノボするんだね。いやーホントびっくり」
「本当ですね。さっき私も気付いて声をかけようか迷ってました」
「あ、そうだね。ゴメン、めっちゃ大きい声で名前呼んじゃった。大丈夫だった?」
「あ、本名は七海ですし、一緒に来てる子達も大学の友達で私がたまにキャバで働いてるの知ってるんで大丈夫です」
「あー、よかった。ちょっと焦った」
「ふふふ。筑波さんってお店にいる時と雰囲気が違いますね。もっと怖い人なのかと思ってました」
「あー、マジ?でもよく言われるんだよね。そんなに店では怖そう?」
「んー、怖いっていうより真剣というか、ピリっとした雰囲気ですね。仕草にスキがない感じで。実は今もギャップに戸惑ってます」
ナナさんはそう言って控えめに笑う。
改めてナナさんをじっくりと見る海斗。
派遣で来ていた時も感じていたが、物怖じしない会話スキルは好感が持てる。顔もスタイルも平均以上でヘルプのみだともったいないと感じていた。
先日、手伝いに来てもらった時もレギュラーの子を差し置いて場内指名をもらっていたくらい。
ただ、ナナさんは派遣会社からのヘルプなので客との番号交換や連絡を取り合うことは禁止されていてその場限りの接客しか出来ない。
海斗はナナさんがちゃんとニューアクトレスで働いてくれたらそれなりの戦力となる様に見えた。
このまま別れてしまうのはもったいないと感じて少し探りを入れてみる。
「一緒に来てる友達ってみんな女の子?」
「はい。いつもよく遊んでるんです」
「ちょっとお願いがあるんだけどさぁ。よかったら合流しない?」
「えーと、私はいいんですけどみんなに聞いてみないとわからないですねー」
「あー、だよねー。いやさぁ、うちらも4人なんだけど、男3人と俺の妹でさ。妹はまだ中学生で大人の男に囲まれてるより女の子の方がまだいいかなって思って。ごめん、無理だったら全然いいんだ」
「あ、そういう事ですか。てっきり程のいいナンパかと思っちゃいました。そう言う事なら他の子にも聞いてみます。ちなみに男の人達は誰なんですか?」
「店のボーイの山田ってのと、店長の従兄弟の優矢君と俺の3人だよ」
「え?優矢君いるんですか?先に言ってくださいよ〜。絶対合流します!ってゆーかみんな喜ぶと思います。ちょっと待ってて下さい。話してきます」
「あ、ちょ、ちょっと待って!一応こっちでも聞いてみるから。俺が勝手に決めちゃうのもアレかなと思うし」
「あ、そうですよね。じゃあ携帯の番号教えるので連絡してもらえますか?」
「うん、分かった。後で連絡する。ありがとね」
海斗はナナさんと連絡先を交換し外でタバコを吸いながら、早まったかなぁと思い始めてしまった。
ニューアクトレスのある繁華街でよく遊んでいる女の子達にとって優矢君の人気が絶大な事を忘れていた。
優矢君もミーハーな女の子の相手は面倒だろうし、女の子とスノボに行こうと思えばいくらでも相手はいるはずで、今回はそういうの抜きでスノボを楽しもうと思ってたかもしれない。
山田君にとっても若菜と距離を縮めるチャンスだし、俺がそれを邪魔してると思われてもなぁ。
それに若菜にも気を使わせてしまうかもしれないし。
そんな事を考えながらタバコを吸っていると優矢君も喫煙所に来た。
「あー、優矢君。相談なんだけど、さっき派遣で店を手伝ってくれた女の子と偶然会ってさ。その子達と合流してもいいかな?」
「え?偶然に?」
「うん。今さっき。俺も最初気づかなくってさ。クリスマスの営業の時に来てくれてた、場内指名入った子」
「マジで?それってすごくないすか。ここスキー場ですよ?それにあの時に場内入った子ってナナさんですよね。あの子は派遣の中でもかなり人気ありますよ。だけど大学が忙しくてレギュラーで働けないから自分の都合がいい日だけ働くスタイルなんですよね。だからどっかの店に引っ張るのが中々難しいんですよ。それにしても海斗さんって不思議な人だなぁ」
「え?なんで?」
「だって、偶然街で会うなら分かりますよ。でもここスキー場ですよ。しかもこんな広いゲレンデで。ほんと、海斗さんっていつも何かを起こしてくれるから一緒にいて楽しいですねー。絶対に合流すべきですって」
「あれ?優矢君意外と乗り気だね。いや、優矢君に迷惑かと思って一応保留にしてあるんだけど。それに若菜達もどう思うかなって」
「俺はそんなイベントは嫌いじゃないですよ。ナンパするよりよっぽど劇的じゃないですか。そーゆーのは大歓迎ですよ。なんなら山田さんと若菜ちゃんは二人で滑っててもらってもいいんじゃないですかね?」
「んー、優矢君がいいならそうしよっか」
あっさりと優矢君の了解を得てしまい、拍子抜けだった。
レストランに戻り、山田君と若菜にも話をする。
「私は一緒でもいいけどまだあんまり滑れないから迷惑かけちゃうかも。もし、ついて行けなそうなら一人で練習しててもいい?」
若菜がそう提案すると山田君が応える。
「その時は俺も若菜ちゃんと一緒に練習してますよ」
「山田さんだってもう滑れるし無理に私に付き合ってもらわなくて大丈夫ですよ」
「いや、俺も自信ないし、もしその子達が上手かったらカッコ悪いじゃん」
「あはは。山田さんは優しいね〜」
そんな感じで合流する事には反対はされなかった。
海斗はナナさんに連絡しようと携帯を取り出すと、山田君に肩を叩かれる。
「海斗さん、ちょっといいですか?」
そう言われてテーブルから少し離れた場所に呼ばれた。
「若菜ちゃんはああ言ってますけど、本当は海斗さんともっと滑りたいんだと思います。だけど中々言えなくて我慢してるというか…。早く上達したがってるのも海斗さんと一緒に滑りたいからだと思います。なので、ちょっとその辺も考慮してもらえないかなと思いまして…」
「えー、そうかなぁ?だって山田君達イイ雰囲気じゃん。あっ、もしかして俺らが山田君に若菜の面倒を押し付けちゃってる?」
「全然そうじゃないです。若菜ちゃんはまだ中学生だしこんな事を海斗さんに言ったらダメだってわかってますがこの際、正直に言います。俺は本気で若菜ちゃんが好きです。二人でいられるのはすごく嬉しいです。だけど若菜ちゃんは海斗さんの事が本当に大好きなんですよ。だから若菜ちゃんの気持ちも大事にしてあげたいんです」
「あ、う、うん。」
普段と違い、物凄い真剣な眼差しの山田君。
本気度が伝わってきて海斗がたじろぐ程に。
今にも「妹さんを下さい!」とでも言われそうな雰囲気を出している山田君がちょっと面白かった。
その後、ナナさん達と合流した。
結局みんなレベルがバラバラで初級コースの広いゲレンデを選び滑ることにした。
端の方にはワンメイク台とレールが併設してあり優矢君もそれなりに楽しんでいたし、女の子達はそんな優矢君の姿を見てキャーキャー言っていた。
リフト待ちの時は優矢君と一緒に乗る為のせめぎ合いが女の子達の間で繰り広げられている。
そんな中、ナナさんだけは海斗や山田君、若菜とも一緒に滑ったり、リフトに乗ったりしていて、周りがよく見えるイイ子だなぁと海斗は思っていた。
何本か滑っているとナナさんと2人でリフトに乗る機会があり、海斗はじっくり話をしてみた。
「ナナさん上手いね。スノボ歴はどのくらい?」
「実は地元がこの近くなんです。だから小さい頃はスキーを強制的にさせられてました。だけどスノボを始めたのは一昨年からですよ」
「え?そうなんだ。じゃあスキーの方が上手いの?」
「そうですねー。多分スキーだったらどこでも滑れます」
「スキー出来るとスノボも簡単?」
「滑る感覚は同じですけど、やっぱり違いますね。スノボは両足が固定されるから最初は怖かったです」
「へー、そうなんだ。俺は逆にスキーは両足がバラバラにどっか行っちゃいそうで怖いんだけど」
「あはは。なるほどー。確かにスノボしかしてないとそう思うのかもしれないですねー。ふふふ、ウケる」
「ナナさんは大学何年生?」
「2年生です。二十歳ですよー。筑波さんは?」
「俺も二十歳だよー」
「えー?全然見えない。ごめんなさい。めっちゃ年上かと思ってました」
「うーん、最近よく言われる気がする。この仕事し始めてからは特に。前はそんなに上に見られなかったんだけどなぁ」
「あー、筑波さんってお店でのイメージが強いからかな。役職あると年上に見えちゃう」
「役職っていってもねー。全然ペーペーだよ。まだ入って1年経ってないし」
「ええ?二度ビックリなんですけど。あ、でも同じ歳ならそうか。えー、お店じゃめっちゃベテランの雰囲気出てますよー?本当に二十歳ですか?」
「マジです。あと俺、みんなから海斗って呼ばれる事が多いから筑波さんって言われるの久しぶりだ」
「あー、そう言えばみんなそう呼んでましたね。そっかー。キャストもみんな海斗さんって呼んでましたね。他のボーイさんを苗字で呼ぶのに筑波さんだけはなんでなんだろうって思ってました」
「そうそう、俺下っ端なのよ。ボーイの中で年下は山田君だけだし、増田店長が海斗って呼ぶからその流れでみんな名前で呼ぶようになっちゃったんだよねー」
「じゃあ私も海斗さんって呼んでいいですか?」
「うん。そっちの方がしっくりくるなぁ。今度またお店を手伝ってくれる機会があったらそう呼んでね」
「分かりました。また行きたいですね」
「本当に?派遣頼む時に毎回ナナさんなら俺も嬉しいなぁ」
「ふふ、ありがとうございます。でも私からは選べないんですよね。会社から今日はこの店に行ってくださいって言われるので。でもニューアクトレスは派遣のキャストからも最近評判良いですよ。ちょっと前はあんまり良くなかったですけど」
「え?そうなんだ。なんでなの?」
「んー、言っていいのかなぁ。前はボーイさんが厳しい事を要求する割にボーイさん自身があんまり仕事出来てないとか言われてましたよ。高級店だから振る舞いに気を付けてって言う割にボーイの口調がそうじゃなかったり」
「ははは、耳が痛いなー」
「あ、でもこの間行った時は前よりは感じませんでした。みんなキビキビ動いてたし、ギスギスした感じも受けなかったです。忙しくなってもボーイさんが色々な席でフォローしてくれてるのとか見えるし、対応も細かく丁寧になってきてる。でもたまに、誰の指名とかの説明がなかったり、店の独自のルールがわからない時があってちょっとだけ困りました。私達って色々な店に派遣される分その店の雰囲気や働きやすさとかに敏感なのかもしれません」
「なるほどねー。めっちゃ勉強になるなぁ。毎日店にいるとどうしても客観的な視点って持てないから。それにナナさんが手伝ってくれた日はクリスマス営業だったから大変だったよね。あーゆー日こそもっとボーイがしっかりと役割を果たさなきゃならないし、普段出来てない部分が現れちゃうんだけど、その瞬間は自分も必死になっちゃってるからそこまで考えが及んでなかったかも」
「あ、私なんかすっごい上から目線になってますよね。すいません。たまにしか行かないのに」
「いやいや、たまにしか行かないから大事なんだって。店の空気に染まってないから適切な評価ができるわけだし。現にあの日は何とか乗り切って満足しちゃってたし。だからナナさんの意見はありがたいよ」
「海斗さんって不思議ですね。こういう話すると、頑張ってるんだけどねーとか言い訳するだけの人が多いのに、耳が痛いなーって返されて真摯に受け止められたのは初めてです」
「だってさ、ナナさんが楽に働きたいからじゃなくて、店にとってプラスなのかマイナスなのかの話だもん。それにナナさんは店がどうなろうと関係ないはずなのにそう言ってくれるってことはナナさんの為ではないじゃん?なのにそう言ってくれるのは嬉しいよ」
「あ、いえ。私にはわからない苦労や、海斗さんだけじゃどうにもできない事もあるはずなのにそれを言わないのが凄いなって思ったんです」
「ナナさんのその気遣いの気持ちが見えるから素直に聞けるんだよ、きっと」
「ふふ、海斗さんっていい人ですね」
「ナナさんもねー」
なぜかその後はナナさんが海斗の側にいることが多くなった。お陰で深い話からバカな話まで会話が途切れることなく盛り上がった。
また、たまに優矢君からもらった滑りのアドバイスを二人で一緒に練習して楽しく上達が出来た。
リフトが止まるギリギリまで滑ってからナナさん達は近くにあるナナさんの実家に帰っていった。
しかし、夜にまた連絡が来て部屋で飲み会をしたあと、深夜にナナさん達は帰っていった。
お陰で次の日の午前中はダラダラと過ごしてチェックアウト後に午後また滑ってスノボ旅行は無事終了。
帰りは優矢君以外は筋肉痛で身体がバッキバキになり、サービスエリアでトイレに行くのも一苦労。
やっとの思いで家まで着くと海斗達はリビングにうつ伏せに寝転がった。
「若菜、ちょっと背中押して」
「乗ればいい?」
「うん頼む。ってやっぱダメ。今乗られたら確実に叫ぶ」
「えい!」
「いだっだだだっ!指!指で押してって!」
「あはは。ナナさんにデレデレしてたバツだー」
「俺?してた?」
「してたよー。鼻の下が30メートルくらい伸びてたよー」
「マジか!それで鼻血出てたら完全にハリウッドの赤絨毯じゃん」
「あっははは!何それ、マジウケる。でもお兄ちゃんはそうでもなかったよ」
「お兄ちゃんはって事は、まさか優矢君?」
「んーと、女の人達の方が優矢さんに対して目がハートだったよね。それにナナさんは途中からお兄ちゃんに目がハートだったよ」
「え?マジで?ナナさんが?」
「やっぱりねー。お兄ちゃんは鈍ちんだねー。まぁだから安心して見てられたけどね」
「なんだよ。若菜はナナさんだめ?」
「ダメじゃないけど、お兄ちゃんの彼女はもっと綺麗な人がいい」
「いやいやナナさん美人だろ。頭も良いし才色兼備って感じだけどなぁ」
「え?お兄ちゃん、ナナさんの事好きになっちゃったの?」
「そうじゃないけど、あんまり高望みしてると俺多分一生彼女できないぞ?」
「そんな事ないって。妥協するくらいなら彼女なんていなくてもいいんじゃない?」
「妥協ねぇ。理想が高すぎてもダメだろ。完璧な人なんていないしな。それより若菜はどうなんだよ」
「どうって?」
「山田君とチューぐらいはしたんかって?」
「してないし!そんなんじゃないもん!」
「でも山田君が若菜の事好きなのはわかるだろ?」
「知ってるよー。前に言われたもん。だけど今のところ私の理想はお兄ちゃんだからって言ったら、出直してきますだって」
「あはは、なんだよそれ。ちゃんと答えてやれよ」
「ちゃんと答えたよ。私を育ててくれますかって。実はモテるのに気づかないふりして私を大切にしてくれますかって。友達とか職場の人とかの前に私を連れてっても堂々としていられますかって。妹の前で堂々とナンパが出来る図太い人ですかって。そしたら山田さんは言ってた。お兄ちゃんみたいに自信を持って仕事は出来ていないし、収入も少ないし女にももてない。私に優しくは出来ても遠慮のない尊重や教育はまだできないかもしれないって。だからちゃんと男を磨いて出直してきますって言われたんだもん」
「えーと、俺別に大したことしてなくない?」
「いいの!お兄ちゃんが頑張ってるのも、無理してるのも、私の事を色々と考えてくれてるのも知ってる。私の人生をちゃんとしてくれたのはお兄ちゃんなの。私は行動でしか人の言うことなんて信じられないんだから!だからこのままがいいの!」
若菜は一気にそう言って突然静かになった。
すると微かにしゃくりあげるような泣き声がする。
海斗はうつ伏せのままその泣き声を静かに聞いていた。そして
「心配すんな。何も変わんないから」
すると若菜は海斗の背中に抱きついてまた泣いた。
「わがまま…言って…ごめんなさい。嫌いに…ならないで…」
「安心しろって。今さら好きも嫌いもないよ。大丈夫だって。1年過ぎたじゃん。いなくなったりしないよ。それよりスノボ楽しかったか?」
「うん…。楽しかった。ちゃんと滑れる様になった。学校でもどこかに行ったウソをつかなくてすむ。ありがとう」
そう言って一生懸命泣き止もうとする。
だけど、海斗の服で涙を拭いているため、海斗は服が引っ張られて首が絞まって苦しい。
「そっか。よかった。俺も楽しかったよ」
「ほ、ほんと?」
「おう。最初若菜が滑れなくて俺が手を離そうとすると必死でしがみついてくるのとか、深雪にハマって身動き取れなくなってるのとか、見てて楽しかったよ」
「バカー!バカバカ!!」
「ははは。ってつねるなよ。ゴメンって」
「もう!ぶー!」
「お、ブタさんおかえり」
「ただいまぶー!おかえりぶー!」
「ははは。もう身体痛いから夕食はデリバリーのピザにしよう」
「え?本当に?やったー!」
すっかり泣き止み嬉しそうな表情をする若菜に戻っていた。
夕食のピザを食べながら、向かいに座る若菜を見る。
俺の中学時代のジャージを着て、ピザのチーズがどこまで伸びるかバカな挑戦をしている姿は子供っぽい。だけど人知れず大人と子供の狭間で悩み苦しむ若菜がそこには確かにいる。
冷静に考えれば思春期や反抗期の真っ只中のはずなのにそんな甘えが許されないような生活を送らせてしまっている。
そして、何かが少しでも変わってしまうことへの敏感すぎる恐怖が若菜には常に存在している。
だけど、20歳の海斗にとってやれる事はごく限られている。これから先若菜がどうなっていくのか漠然とした不安を持ちつつもひたすら見守るしかない海斗であった。
そうしてまた2年目の仕事がもうすぐ始まる。




