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海斗の変化

クリスマスパーティーは続き、ポツポツとアフターに行っていたキャストが帰ってくる。


そしてこの日限りで客を切ってしまうキャストもいるはずだ。

色恋営業の難しいところは客と長続きしない事。指名してくれる期間は3ヶ月〜半年くらい。

さすがにこれだけの期間、高いお金を払って会い続けてもセックスが出来なきゃ客も気付く。クリスマスともなれば尚更。

従ってキャストも切り時を定め、この日に金を使えるだけ使わせて、「さようなら」となる。


これからは、不意に抱きつかれたり、手を握られたり、おっぱいをタッチされたりといった事を我慢する事も、

心にもないお世辞を散々言って、客から好きだの愛してるだの気持ち悪い言葉を言われ続けることもない。

そんな期間がやっと終わって清々したと思えるキャストは一人前。


だけどキャストもこの割り切った考え方を中々できない。


なぜならそれまで営業、同伴、メール、接客と頑張ってきた。そのお陰で自分の給料も上がる。

それを手放す事に未練を感じてしまうから。もうちょっと頑張れば指名が続くんじゃないかと思ってしまう。

ただそうなってしまうと、キャストが客に徐々に振り回され始め、線引きが困難になってくる。そのうち客のわがままを聞かざるを得なくなる。

そうして付き合っている振りだったはずなのになぜか本当に付き合っている様な感覚に陥り、なぜこんな人に好きだと言われ続け、身体を迫られ続けなければならないのかと思ってしまう。


そしてしょうがなく一度だけ一線を越える。


すると途端に今までの立場が逆転し客に俺の女になったと上から目線や態度に出られる。


キャストもわざわざ身体まで売ったのだから何とか店に来てもらおうと必死になり、それが客から見れば下から目線に映り、余計に調子にのる。


そしてキャストは精神を病む。


じゃあ、うまく客を切れるキャストと切れないキャストの差は何なのか。


それは抱えている指名客の差。


この客と切れてもまだ他に客はいるという自信があるかないか。

なので、指名客が少ないキャストほどこの負のスパイラル状態に陥りやすい。


今日も断りきれずにホテルまで行ってしまったキャストが何人いるのだろうか。



咲さんの指名客は色恋がほとんどで、今日は何とか帰ってこれた。だけどこの先はどうかわからない。

アフターに積極的に行くキャストは少ない。だからアフターに行って、うまくやれればその後の指名に繋がりやすいし、長く指名してくれる率も上がる。

しかし、うまくできなかった時のリスクも大きい。

近いうちにその辺の事も伝えていかなければならないのかもしれない。


海斗はモエネクを飲みながらそんな事を考えていた。



そうこうしているうちに、山田君が若菜を連れて帰ってきた。

緊張した表情の若菜を見た洋子さんはカウンターから出て暖かく迎い入れる。


「いらっしゃい。待ってたわよ〜」

「あ、洋子さん!」


若菜は笑顔で駆け寄ると、洋子さんはしっかりと抱きしめる。

そして若菜をみんなに紹介する。


「海斗の妹の若菜ちゃんでーす。みんなの輪に入れてあげてねー」

「はーい。若菜ちゃん、こっち座っていいよー」


山田君が買ってきた大量のポテトやハンバーガーを増田さん達がいるテーブルに置く。

するとそれまでバラバラに座っていた人達も増田さん達がいるテーブルに集まり、カウンター近くに座っていた海斗達も自分のグラスを持ってそこへ移動する。

テーブルや丸イスを並べてやっとまとまった。



営業中にあれだけ飲んでいたにも関わらず、残っていたシャンパンを次々と飲んでいくキャスト達。


若菜は圧倒されつつも笑っている。

隣で山田君がアップルパイを取ってあげたり、ジュースをカウンターから持ってきてあげたりしている。

最初は遠慮しつつ動かなかった若菜も、徐々にアイスペールに氷を盛ったり、割物のお茶やレモンスライスなどを山田君と協力して運ぶ手伝いを始めた。

そのうちにカウンター内で山田君と洋子さんからお酒の作り方やレモンスライスの盛り付け方などを教えてもらっていた。


海斗はカウンターのイスに座り、妹の若菜に対してオーダーを頼んだ。


「ジンジャーハイボール作ってよ」

「うん!」


元気よく返事をしたものの、作り方が分からずグラスを持ったまま隣にいた山田君のほうを見る若菜。


「まず、ウイスキーを入れるんだよ」


普段の無表情な山田君とは違った優しい表情で丁寧に教えていく山田君。

若菜は覚束ない手つきでグラスにウイスキーを注いでいく。明らかに量が多い。


「ちょ、それ多くない?」

「え?」


海斗が声をかけると、若菜が驚いて慌てて手を止める。

すると洋子さんが横から割り込んできた。


「ちょっとくらい濃くったって大丈夫よ〜。後で愛情濃いめで作りましたって言えばいいんだから」

「えっ、でも…。」

「ちょ、洋子さん、中学生に何を教えてるんすか!まぁ、初めて作る酒だしな。いいよ、そのままで」


そしてジンジャエールをゆっくり注ぎ軽くステアし、海斗の前に出された。


「ほら、ちゃんと言わないと〜」


洋子さんがニヤニヤしながらチャチャを入れる。


「え?あっ、愛情濃いめです」


はにかみながらそう言う若菜。

海斗は一口飲んで笑顔で言う。


「うん、うまいよ」


ホッとした表情を浮かべる若菜を見てみんなから笑いが起きた。


その後も明るくなるまで忘年会兼クリスマスパーティーは続いていった。



そうして24日〜26日まで連日営業終了後のクリスマスパーティーを行い、全てのキャストがどこかの日でこの飲み会に参加して親睦を深めていった。

そして29日でこの年の営業を終えた。


海斗にとっての怒濤の一年があっという間に過ぎていた。

しかし、こんなに内容の濃い一年は初めての経験だった。

目的もなく生きていた海斗が認められて頼られる事、何よりも人との出会いで自分が変わっていった事。

毎日が刺激的で魅力的な人達に出会えた事。大切にしたい仲間が出来た事。

やっと若菜を家族として見れるようになった事。


仕事に対してもまだまだ覚える事が多い事。キャスト管理にしても一人前には程遠く、的確なアドバイスが出来ていない事。

だけど、意欲や向上心が芽生え、取り組んでいく心構えになった事が海斗の一番の変化だった。

そういう意味でも海斗にとって色々な事が変わった一年だった。






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