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結衣菜の秘密

海斗の住む駅にはいくつか高校がある。その中に海斗が住んでいる方とは逆側の出口から徒歩10分くらいの場所に、比較的偏差値は低いが制服は可愛いと評判の学校がある。


そして結衣菜さんはその制服を着ていた。


店にいる時よりは若干ナチュラルなメイクで印象は違ったがさすがに担当キャストに気付かない海斗ではなかった。

お互いが数秒間見つめ合ったあと、結衣菜さんが視線を外し、気まずい表情で通り過ぎようとする。思わず海斗が声をかける。


「結衣菜さん?」


一瞬ビクっとしてから足早に通り過ぎるその女子高生。確実に結衣菜さんだった。


海斗はその後ろ姿を見ながら酔った頭で目まぐるしく考える。

コスプレ?結衣菜さんの妹?もしかして双子?

そんな事を考えている間にもどんどん遠ざかる結衣菜さんらしき人。

海斗は慌てて追いかけそして追いついた。

もう一度顔を覗き込む。


「お、おはようございます…」

「やっぱり結衣菜さんか。高校生だったんだ」

「すいません。あの、店には内緒にして欲しいんです」

「えーっと…」

「お願いです。あの店好きなんです。辞めたく無いんです」

「ちょ、ちょっと待って。俺も混乱してるから。対応策を考えるからさ、学校終わったら一回会える?」

「分かりました。後で連絡します」

「うん、とりあえず、行ってらっしゃい」

「ぷっ、行ってきます。はは、海斗さんにそんな事言われるなんて何かウケる」


少し空気がほぐれる。


「もう、結衣菜さんには困らされてばっかりだな。まぁ、絶対悪いようにはしないからちゃんと学校終わったら連絡してね。それからこの事は誰にも言わないようにね」

「はーい。わかったぁ。海斗さん行ってきまーす」


海斗は結衣菜さんを見送る。階段の下で同級生らしき女子高生と合流した結衣菜さんはそのまま高校へ向かっていった。


海斗は帰りながら考える。


まず、結衣菜には辞めてもらうしかない。これは絶対。なぜなら高校生が働いていると知られれば営業停止。そして増田さんが確実にパクられる。そして徹底したガサ入れが入り、それが系列店全部に及ぶ。これらは絶対に避けなければならない。


一応、普段から警察署には全キャストの身分証のコピーや履歴書などの情報は提出しなければならない事になっている。

顔写真入りの身分証を持ってない場合は卒業アルバムなどを持って来させるなどして他人の身分証で働けないように徹底している。

うちの店は健全ですよと、警察にアピールしなければ、いらぬガサ入れで営業妨害をされかねないから。


ではなぜ結衣菜はうちの店に入店できたのか。そこが分からない。

そして1番重要な事は今すぐ結衣菜さんが辞めたとしても、結衣菜さんが働いていたという事実をなかった事にしなければならない。その為にはやはり海斗一人の力では無理であった。

ただ、このまま結衣菜さんにばっくれられるのが一番マズイと思ったのでさっきはやんわりと大した事ないように振る舞った。


まず、増田さんにメールをする。


『お休みのところ申し訳ありません。重大な報告事がありますので、メールに気付かれましたら連絡下さい』


それだけメールをし家に帰った。

シャワーを浴び、寝ようとするが中々寝付けない。

昼過ぎになり、増田さんから連絡があった。


「おはよう、海斗。メールを見たけどどうした?」

「はい、結衣菜さんのことなんですけど、…、高校生でした」

「…、マジか。なんで分かった?」

「朝、登校してるところに偶然出くわしました。俺が住んでる駅の近くの高校に通ってました」

「そうか。で、話したのか?見かけただけ?」

「話しました。あまり深刻な素振りを見せないように心がけました。とりあえず学校が終わったら連絡来るはずです。どうすればいいですか?」

「わかった。じゃぁ色々と準備をしなければならない。そうだな結衣菜には私服で近くの喫茶店かどっかに来るように伝えてくれ。場所と時間が決まったら俺に連絡くれるか?結衣菜にもまだ重大な事と思わせたくない。海斗もそう悟られないように振る舞ってくれてありがとう。引き続きそんな感じて呼び出してくれ」


「分かりました。決まったらまた連絡します」


その後、結衣菜さんから連絡がきた。少しホッとしつつ、軽い感じて今後について相談しようと伝える。

色々と考えて店の近くでも学校の近くでも結衣菜さんの自宅近くでもない駅のカラオケボックスに夕方4時に来てもらうように指定した。その事を増田さんに伝えると、遅れるから歌でも歌って待っていてくれと言われた。

また、ちゃんと海斗を定時出勤扱いにするから大丈夫だからなとも言われた。


そうして4時にカラオケの前にやって来た結衣菜さんと受付にいく。予約をしていた為すんなり通される。受付で結衣菜さんが学割を利用しようとするので海斗が慌てて止めた。援交になってしまうじゃないか。


「海斗さん、何かデートみたいだね。これって風紀?」

「ホント。誰かに見られたら絶対風紀確定だよ」

「ねえ、何でカラオケなの?」

「結衣菜さんが高校生で余りにもショックだったからなー。人目につかない所って考えてらカラオケだったんだよ」

「私もビックリしたー。めっちゃヤバいって思ったもん。でさこの後ってどうなるの?」

「んー、どうかなー。結衣菜さんの歌が上手かったら教えるよー」

「えー、どうだろう」

「じゃあ一曲歌ったら今後のお話するから自信のあるやつ歌って」


そして今どきの歌をを可愛く歌う結衣菜さん。何気に上手くてビックリした。


「じゃあ次は海斗さんの番ね」

「うん、その前にお話させて。結衣菜さんの歌が上手かったから優しく話すね」

「えへへ、ありがとう」


そして海斗は真剣な表情を作る。


「いい、よく聞いてね。今朝さ、うちの店が好きだから辞めたくないって言ってくれたよね。それは本当に?」

「うん!前の店より全然いいし。杏奈ちゃんと仲良いし、海斗さん優しくて頼りになるし、お客さんの質も全然いいから」

「そっか。俺も結衣菜さんの担当楽しいよ。特に最近は自分の事ばっかりじゃなくてお店の事を考えて働いてくれる意識が見えてきたし。でもさ、そのアクトレスが無くなっちゃったら悲しい?」

「えー、うん。でも何で?」

「結衣菜さんは高校生なんだよね。もしもその事が世間に発覚したら最悪お店が無くなっちゃうんだよ」

「……」

「結衣菜さんだって本当は働いちゃいけないの知ってたから隠してたんだよね。でもね、社会には責任を取らなくてはいけない立場の人がいるんだよ。結衣菜さんは増田さん嫌い?」

「店長はいい人だから大好き。お父さんみたい。私、お父さん知らないから店長がお父さんだったらなーって思う」

「そっか。良かった。これから最も大事な話をするから良く聞いてね。まず、このままだとその増田さんが警察に捕まっちゃう可能性があるんだ」

「えっ?何で」

「キャバクラで高校生を雇うと法律違反なんだよ。だけど、高校生の結衣菜さんは罪にはならないから安心して。その代わり、お店ではもう働けない。誰にもバレなければっていうのも通じない。バレた時のリスクを考えるとさ、無理なんだ。これはお店やみんなや増田さんを守るためには譲れないんだ。わかってくれる?」

「やっぱりダメなんだ」

「これから増田さんがココに来て、具体的な説明をする事になってる。厳しい事も言われるかもしれないけど、それはお店を守る為だからちゃんと聞いて欲しいんだ。いいね?」

「私、店長に怒られる?」


結衣菜さんは怯えたようにしょんぼりしてしまった。


「大丈夫。俺がそばについててあげるからね」


暫くして神妙な顔つきの増田さんが到着した。

持っていた紙袋には結衣菜さんのロッカーの私物が入っていた。部屋に入ると少し柔らかな顔をする。


「海斗、ナイスな場所を選んでくれたな。それから結衣菜。何で俺がココに来たかもうわかるよな?」

「ゴメンなさい…」


小さく下を向く結衣菜さん。

それを見た増田さんは淡々とした口調と表情に切り替わる。


「その様子だと海斗からある程度の説明があったみたいだな。まず、コレな」


増田さんはそう言って紙袋と封筒を出す。そして中身を取り出しながら説明する。


「まず、これが結衣菜のロッカーに入っていた私物な。悪いと思ったが勝手に開けた。それからこっちが入店する時に書いてくれた履歴書。そして身分証のコピー。顔が似てるってことはお姉ちゃんのやつか?」

「そうです」

「じゃあ、この身分証自体は本物なんだな。なら話は早い。まず、ニューアクトレスの結衣菜という人物は君のお姉さんだ。いいね。そして今、目の前にいる君はニューアクトレスとは全く関係のない働いたこともない高校生だ。この意味わかるか?」

「???」

「要はニューアクトレスには高校生の少女なんか在籍していなかったって事実が必要なの。じゃないとどうなるかわかるよな?だから結衣菜もこの事を誰にも言わないって約束出来るか?」

「私、誰にも言いません!みんなに迷惑かけるって海斗さんから聞きました。店長が捕まっちゃうなんて思ってませんでした。ゴメンなさい」


ハハっと、増田さんが少し困った顔をしてから、また、表情を引き締めて言う。


「じゃあ俺も結衣菜に腹を割ってはなすよ。俺は捕まることなんて別にどって事ない。この仕事してれば留置所くらいは覚悟してるよ。だけど、店が営業停止になるとみんな困る。キャストの給料も、ここにいる海斗にだって給料が払えなくなる」


そして増田さんはどんどん冷たい眼差しと口調になる。


「そうなれば、結衣菜にも迷惑をかけられた分、不本意だが制裁をしなくちゃいけなくなる。この意味は何となくわかるよな。だからこそ誰にも言うなよ。それから高校に通っている間はもう絶対にキャバクラとかそれ以外のいかがわしい店で働くな。もし警察に知れて結衣菜が捕まったら物凄い尋問をされる。その時に過去にどんな店で働いていたかもしつこく聞かれる。それで発覚する場合もある。だから今後高校を卒業するまでは絶対に警察に目を付けられるようなことはするんじゃない。わかったか?」


「は、はい」


海斗でさえ普段聞かない、増田さんの低く恐ろしい口調と声色に完全にビビってしまう結衣菜さん。

しかしまた優しい顔に戻り、結衣菜さんの隣に移動する。そこからは真剣に諭すように結衣菜さんに言い聞かす。


「それから、これは今月の結衣菜の給料とちゃんと約束を守ってもらう為のお金の90万な」

そう言って封筒から現金を出す。


「え?何でですか?だって先月25万くらいしか稼いでないのに…」


「うん、こっちも結衣菜の為にリスクを背負うよ。これまでそんなに稼いでたのに急にそのお金が無くなったら困るだろ。ただし一旦全額を海斗が預かる。月に一回15万ずつ海斗が結衣菜に渡すようにするから定期的に海斗と連絡取り合うんだぞ。海斗に嫌われたらお金入ってこないからな。普通にバイトした金額にこの金額を足せば、今までもらっていた給料とそんなに変わらないだろう。高校生活だって残り半年だけだろ。高校生が普通にするバイトもちゃんと経験しなさい。コソコソしないでちゃんと生きること、それを頑張りなさい。いいね、無事卒業したら待ってるからな、忘れるんじゃないぞ」


くしゃくしゃと頭を撫でる。結衣菜さんはそのまま増田さんの胸に顔を埋める。


「ぅわ〜ん、ごめんなしゃい」

「ホント、困らせないでくれよ。まぁ、毎月海斗からいい報告が聞けるのを楽しみにしてるからな」


二度三度ぽんぼんと頭を軽くたたき、一度しっかり抱きしめる増田さん。


「じゃあ、俺はこの後、事務所に寄って済ませなきゃならないことあるから行くわ。海斗、開店時間までに店に来ればいいからそれまで結衣菜に付き合ってやれ」

「はい。わかりました」


そうして増田さんは行ってしまった。


気まずい雰囲気を払拭するように海斗は明るく振る舞う。


「もう難しい話し合いはおしまい。結衣菜さん、歌って?」

「海斗さん歌ってよ。聞いてみたい」

「マジか。笑うなよ」

「あはは、ヘタだったら笑ってあげる〜!」


歌い終わった後、笑われなかったのでヘタではないらしく海斗はホッとした。

その後、結衣菜さんに多めに歌ってもらいながら過ごしていると増田さんからメールが来ていた。


『ホテル行くなら今日は出勤しなくてもいいぞ』


意味がわからなかったし冗談だと思って適当に返信し、その後結衣菜さんと別れてアクトレスの開店時間までに店に着いた。



店に到着し、タイムカードを確認するとしっかりと出勤時間が17時前に刻字してあった。


店に到着するなり増田さんに呼ばれVIPルームに行く。まだ時間が早いためそこは使われてなかった。


VIPルームのテーブルにショットグラスが2個並び、中に液体が入っていた。


「海斗、座ってくれるか?」


海斗は直感的に何か起こると感じ、緊張しながら増田さんの前に座る。


「結衣菜の事、本当によくやってくれた。発覚する経緯によってはおおごとになるトコだ。その前に解決出来て良かったよ。でもな最後の仕上げが残っている」

「仕上げ…ですか」

「ああ、なぜ俺からではなく海斗から結衣菜にお金を渡す流れにしたか、勘のいい海斗ならもう分かってるかもしれないけど」

「はい。秘密と弱味の共有ですよね」

「お前のそう言うところ、俺は好きだぞ。ちゃんと分かっててカラオケで何も言わなかったんだな」

「ある程度は覚悟してました」

「そうか、この件に関しては一蓮托生だ。俺がパクられた時、金の流れを一旦海斗を経由することで最悪、店は守れる。ただ、同時に海斗は会社から相当追い込まれる。だけどなこれで俺とお前は切れなくなった。その意味、わかるな」

「はい。増田さんが落ちる時、上がる時、どちらの場合も俺も一緒って事ですよね」


「そうだ。これからもよろしく頼むな。それからちゃんと結衣菜の事に目を光らせておけよ。なんなら付き合う振りしても構わない。俺としてはその方が幾分安心なんだけどなー」

「さっきのメールはそう言う意味だったんですね。だけど俺はまだ、そこまで器用じゃないです」

「まぁ、結衣菜が卒業して店に戻ってきたらそれはそれで困るしな。優矢のように何食わぬ顔で接することとか海斗にはまだ無理そうだしなぁ」

「多分あの領域まで行くのはずっと無理だと思います」

「んー、確かにな。俺もそこまで期待してない。よく考えれば優矢を真似ようとすると今の海斗の良さが逆に弱まるのかもな。それじゃ、海斗なりのやり方で結衣菜の事を頼む」

「分かりました。しっかりと目を光らせておきます」


増田さんはニヤっと笑う。このなんとも言えない魅惑的な悪い笑みに海斗はこの10ヶ月、何度となく引き込まれてきた。


「じゃ、これ飲め」

「これって、テキーラですよね」

「まぁ、古臭いが盃の真似事だ」

「はい、受けます。ただ、営業前ですけど、酒飲んでいいんですか?」

「マジメか!まぁ、海斗らしいな。問題ない。今日から正式に副主任だ。営業中もベストではなくスーツの上着を着て仕事をしてもらう。場合によっては客席で飲んでもらうこともあるからな。またトレンチも今日から常に持たずに、必要な時だけでいいぞ」


「分かりました。いただきます」


チン!とグラスを合わせた後、一気に煽る。

喉を駆け抜ける痛みと共に胃が熱くなる。


二人同時にグラスをガンとテーブルに置いた。


その瞬間、海斗はまた一歩、濃い夜の闇に足元を絡められていっていることに気が付いていなかった。



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