若菜の夏休み
私は雨宮若菜。ほんの1年前まで地獄だった。私は生きてちゃいけない子だった。
小学生の時はお母さんがずっと病気で学校から帰ると毎日家事をしていた。お母さんの昔の写真はとっても綺麗だった。でも亡くなる前はすっごく痩せてた。月に一度、おじさんが来て寝ているお母さんの横でずっと話してた。
その時だけお母さんは笑ってて幸せそうだった。
そしておじさんはお金を置いて帰っていく。お母さんはありがとうございますと言っておじさんが帰ってしまうといつも泣いてた。
それから市の職員のおばさんが3日に1度来ていた。一緒に買い物に行ってくれて学校の話とか聞かれて答えてた。
何か困った事があったらこの番号に電話しなさいって言われて紙切れも渡された。
ある日、小学校から帰るとお母さんがお風呂場で動かなくなってた。
私は何が起きてるのか分からなくて、でも悪いことが起きてるのは分かって、わんわん泣いた。夜になっても泣いてた。
そうしたら隣に住んでる女の人がしつこくピンポンを鳴らしてくるのでしょうがなく開けた。
その後のことはよく覚えてない。
気付いたら毎月来るおじさんに手を引かれて大きなお家に連れてかれた。
荷物はリュックサック一つだけ。その中にお母さんの写真と位牌が入ってた。
だけどおじさんに今から会う女の人にこれは絶対に見せちゃダメだよって言われた。
そして新しい家での生活が始まった。
毎日毎日その女の人に怒られた。食べ方が汚いとか、汚い血が流れてるとか、近づくんじゃないとか。
その家には若い男の人も住んでた。制服姿がかっこよかった。だけどいつも不機嫌そうで近づけなかった。
でもたまにお洋服を買ってくれた。すごく嬉しくて毎日着てた。そしたら女の人に怒られた。だから3日に1回って決めてた。
そしたらまたそのお兄ちゃんが服を買ってきてくれた。今度はお菓子と一緒に。
そうして唯一の楽しみがそのお兄ちゃんになった。
だってそのお兄ちゃんはこっそり教えてくれたから。
「俺と君は半分だけ血が繋がってるんだよ。だから兄妹なんだって」
わたしの世界に家族がまだ居たことが何となく嬉しかった。お母さんが死んじゃって一人ぼっちだと思ってたから。
そんなに話をするわけじゃないけどお兄ちゃんが家にいるときはずっとお兄ちゃんを見てた。
今から考えると異常な毎日だったけど、その時はそれが普通だった。世界が色あせて見えて何も感じていなかった。
そんな日々が何年も続いた。
元旦からお家が騒がしくて最初は何が起きているのかわからなかった。
そしてまたお家を追い出されるんだと知った。その時お兄ちゃんがボソリと言った。
「俺と2人で住む?」
その言葉は天から射す一筋の光のような衝撃で必死にその言葉にすがりついた。
神様に誓った。絶対に迷惑をかけません。ワガママ言いません。
だからこの言葉を本当のものにしてくださいって何回も。
そうしたら願いが叶った。
お兄ちゃんと一緒に新しい家に来た日。
初めて自分の部屋というものを手に入れてその部屋で泣いた。
お兄ちゃんは私を地獄の毎日から救ってくれた恩人。
とても穏やかで安心できる毎日が幸せでこれを壊したくない。それは今も変わらない。
中学生になった頃からやっと私が人とは違う環境にいることをハッキリと認識した。だけど誰にも言えなかったし知られたくなかった。
市の職員さんもたまに様子を見に来るけど、お兄ちゃんが夜いない事は言っていない。そうしたらまたどこかへ連れて行かれてしまう。この生活は何が何でも守りたかった。その為なら何もいらない。友達でさえ。
毎日ご飯を作って置いておく。お兄ちゃんは残さず食べてくれる。
お兄ちゃんが朝帰ってくる音で目が醒める。
昨夜作っておいたご飯をお兄ちゃんが食べる。
私はその間にお部屋で学校へ行く準備をする。
お兄ちゃんがシャワーを浴びている間にご飯を食べて昼食の置き手紙をして学校へ向かう。
帰って来るとお兄ちゃんはもう仕事に行っていていない。
そんな毎日が続いていたのに夏休みになってしまった。毎日顔を合わすのが不安だった。
嫌な顔をされたらどうしようって。
でもお兄ちゃんは変わった。いつの間にか顔つきが優しくなっていた。夏休みの間、こっそりお兄ちゃんの寝顔を見てた。
いつも何も言わないお兄ちゃん。だけど優しい。
住み始めてすぐ、学校から帰ると自分の部屋にベッドが置いてあった。
その後しばらくして、学校から帰ると洋服ダンスと棚が置いてあって、そこにお母さんの写真と位牌が飾ってあった。
夏休みに入って洋服を一杯買ってくれた。
バーベキューに連れてってくれて、伊勢海老を初めて食べた。
その度に夜嬉しくて部屋で泣いた。
8月も残りわずか。またお兄ちゃんとすれ違いの生活が始まる。夏休みに入って徐々に優しくなったお兄ちゃん。また元に戻ってしまうのかと夏の終わりが悲しかった。
そんなある日
「若菜、ちょっと外出れる?」
昼ごはんのサラダうどんを作っているとお兄ちゃんに呼ばれた。
慌てて鍋の火を止め、走って外に出た。
「そんなに慌てなくていいのに」
「あ、うん」
苦笑いするお兄ちゃん。ちょっと恥ずかしかった。
「若菜いつも駅前のスーパー行くだろ?荷物多いと大変だからコレ買ってきた」
そこには真新しい自転車が置いてあった。
「あ、ありがとう。で、でも私、自転車乗れない…」
「あ、そうか。じゃぁ練習するか」
「が、頑張ります」
私の夏休み最後の宿題は自転車に乗れるようになることに決まりました。
それからお兄ちゃんはちょっと早目に起きて自転車の練習に付き合ってくれた。
そして一週間後やっと一人で乗れるようになりました。いっぱいケガしたけど、その都度お兄ちゃんが慌てて駆け寄ってくれた。
そしてたくさんお兄ちゃんと話せた。夏休みの最後にいい思い出が出来ました。
まだ、カゴに荷物を乗せると不安定だけど、早くカッコよく乗りこなせるようになりたい。




