楓さんからの相談
あたりはすっかり暗くなり、酔った身体に海風が心地良い。
海斗は夜の海を背にしたイスに座りながらグループ全体を見つめていた。
隣のイスには先程まで優矢君が居て話していたが、どこかの店のキャストに見つかり、強引に手を引かれて行った。困ったように顔だけ振り向いた優矢君に海斗は小さく手を振り見送った。
遠くの執行部を見ると、洋子さんがかなり酔っ払っている。社長のお腹の肉を掴んで遊んでいた。その隣では接待要因ではないはずのモエさんが常務や専務にお酒を注いでいた。
一番手前のアクトレスのブースでは山田君が黙々と炭火で食材を焼いている。
その近くで杏奈さんが西野さんを後ろから羽交い締めにして、結衣菜さんが熱々の焼モロコシをトングで西野さんの口に突っ込み遊んでいる。それを見てたレッドローズのスタッフ達も笑っている。ダチョウ倶楽部かよ。
テーブルでは増田さんと理子さんが向かい合って話していて誰も近づけない雰囲気になっている。
秋山さんは酔っ払ったのか砂浜で大の字で寝ている。
その近くで坂東さんとリンさんがゆっくり秋山さんのお腹の上に砂を乗せながら座り込んで話しをしている。リンさんは場内が本指名になかなか繋がらないと悩んでいたので相談しているのかも。頼りない担当でごめんなさい。
若菜が咲さんと一緒にシェルティーと楽しそうに遊んでいる。若菜のあんな表情は今まで見たことがなかった。
山田君が焼き肉が乗ったお皿を若菜に渡し、また炭火の前に戻る。若菜達はシェルティーに待てをしてから肉をあげていた。
海斗はそれらを見てて、なぜか幸せに思った。店に入った当時は1人で神社に咲いている花を見るのが好きだった。それと同じような感覚が今も穏やかに身体を流れていた。
不意に後ろから誰かに抱きしめられた。
「オラオラー。楓さんのおっぱいだぞ〜。どうだ〜」
陽気に酔っ払っている楓さんだった。
「海斗さん、ちょっとは反応しなさいよ!もう!何もなかったかの様にたそがれないでよ。飲んでないの〜?」
「んー?飲んでるよー。ところで何か当たってた?」
「ひどーい!これでもちゃんとDカップあるんだからね!」
「あははは、ホントは黄昏たふりして堪能してたんだよ」
「あー、海斗さん実はむっつりだなー?」
「おう、むっつり界のカリスマですが何か?」
「えー、絶対違う!だってホントのむっつりさんはそんな事言わない」
「んー、確かに山田君はそういう事言わないかもな」
「あはは、それ山田君はむっつりって言ってるのと一緒じゃん」
楓さんは俺の持っていた酎ハイを取り上げるとそれを飲みながら、さっきまで優矢君が座っていたイスに座った。そしてまた酎ハイを返してきた。
「はい。間接チュウだよ。飲んでいいよ」
「それ言われたら逆に飲みにくいから!」
「海斗さんなに照れてんの〜。ハイ、一気ね!」
結局渡された酎ハイを一気した。そうすると楓さんが「おねがいしま〜す」と手を挙げる。山田君が気付いてクーラーボックスから適当に何本か酎ハイを持ってきてくれた。
「山田君、仕事じゃないから気にしなくていいんだからね」
「そうだよー。山田君も飲もうよー」
「ちょっ、思いっきり山田君に向かってお願いしまーすって言ってたのに、楓さんがそれ言う?」
「ん?アレは職業病だから仕方ないじゃん」
「あはは、俺は全然気にしないんで大丈夫ですよ」
「ほらー。いいんじゃん。ところで山田君っていくつ?」
「19ッス」
「じゃあ飲んでも大丈夫だよー」
「いや、ホントはダメなんだけどね。でも山田君も無理じゃなかったらイス持ってきて飲みなー」
「はい。ありがとうございます。あ、さっき妹さんがイヌ散歩させたいなって言ってましたよ」
「あーそう。じゃあ洋子さんに確認してさ、大丈夫だったら悪いんだけど連れてってあげてくんない?女の子だけじゃ危ないからさ」
「はい!わかりました!確認してきます」
「よろしくー。ありがとねー」
山田君は洋子さんのところに行って確認した後、咲さんと若菜と一緒にイヌの散歩に行った。
ニヤニヤしながら楓さんが聞いてくる。
「ねぇねぇ。お兄ちゃんとしては心配じゃないの?」
「何が?」
「だって噂のむっつり山田君、若菜ちゃんの事、絶対気になってるよ」
「マジかー。上手くいくといいな。けど、山田君、ロリコンだったのか」
「だーかーら、お兄ちゃんとしてはどうなの?」
「え?二人がいいんならいいんじゃない?」
「あら、案外アッサリなんだ。へー、意外だなぁ」
「何でよ」
「だってキャストにはあんなに一生懸命なのに妹の事は気にならないの?」
「イヤイヤ、キャストさんにだって仕事のサポートは出来ても恋愛のサポートはできないからねぇ」
「えー、じゃぁ本当はそういう相談ってめんどくさいと思ってんの?」
「面倒とは思わないよ。話聞くのは好きだからね。自分とは違う感覚で恋愛してる話とか聞くと面白いなぁって思う。でもたまにリア充爆発しろとも思うけど」
「あはは。海斗さんは冷めてるからねー。ウチの彼氏と似てる」
そこでこの前の風紀の話を思い出す。
「そうなんだ。楓さんはモテるから彼氏になる人は大変だよね」
「……」
何も知らないフリをしながら話を合わせようとしたらなぜか急に楓さんがトーンダウンした。
「ごめんごめん。プライベートな事は聞いちゃいけなかったね。みんなそれぞれ色々あるもんねぇ。若菜にしてもまだまだ子供だと思ってたのに、こうやって外に出てみると案外ちゃんとしてるんだなぁ。最近はちゃんと大人として接してあげなきゃいけないんだよな」
楓さんの事は深くは聞かず独り言のように呟いた。
すると、楓さんの方からポツリポツリと話し始めた。
「最近ね、彼氏の気持ちが分かんなくってさぁ。愛されてるのか不安なの…」
楓さんはそう言って突然泣き始めてしまった。海斗は楓さんのテンションの乱高下に戸惑いつつもじっくり話を聞くモードに切り替え、楓さんの気持ちが落ち着くのを酒を飲みながら待った。しばらくすすり泣く声が続いた後、またポツリポツリと話し始める。
「彼氏とは一緒に住んでるんだけど、ずっと優しいの。私が何をしてても何も言わないの…」
「いいじゃん。信頼されてる証じゃん」
「ううん、きっと私に興味ないんだと思う」
「えー、でも興味ない人と一緒に住むかなぁ」
「彼氏働いてないしさぁ。行くとこないからいるだけなんじゃないかなぁって」
「でも別れたくないんでしょ?」
「そんなの絶対ヤダ」
「んー、じゃぁもっと構って欲しいってことなの?」
「どうなんだろうなぁ。だってこっちから誘えばエッチしてくれるし、ずっと抱きついててもそのままいてくれるし、仕事の送り迎えもしてくれるの。ご飯も作っててくれるし。私がこうしたいって言うことは受け入れてくれるし、彼氏が自分で私に対してしてくれることは嬉しいんだけど、私が彼に何か頼んだり要求する事は怖くて出来ないの。そうしたら出て行っちゃいそうで…」
「きっと楓さんの彼は感情を相手にぶつけるのが嫌なんだろうなぁ。楓さんが彼の事を考えてくれてる気持ちや愛してくれてる気持ちは嬉しいと思うんだけど、言葉や態度で返すのが苦手なんじゃない?だけど楓さんが彼を気遣って接してくれているのが分かるから一緒に居てくれるんだと思うよ。物足りないって思う気持ちも分かるけど、それが彼氏さんの良さなんじゃないのかな」
ポカーンとした表情で楓さんは海斗を見つめる。そしてはにかんだ笑顔になった。
「はー。海斗さんは変わってるね。今までそんな事言う人いなかったよ。みんなヒモ男とは別れた方がいいとか、利用されてるだけだとか言われて意地になってた反面、そうなのかなって思う事も多くてさ。ここ最近、精神的に辛かった。何の為にこんな思いして働いてるのかなぁって」
「人を好きになるってさ、理屈じゃないし正解もないと思うんだよね。楓さんにとって彼が必要ならそれでいいんだと思う。彼も楓さんが必要でそれが恋愛的になのかはわかりにくい部分もあるけど、ご飯作ったり、送り迎えしたりっていうのが彼なりの愛情表現なんだと思うよ」
「ホント、海斗さんは人の事を悪く言わないんだね〜」
「いや、俺は楓さんには男を見る目があると思ってるから。だって普通、ヒモって相手が惚れてるって驕りがあるからワガママだし。だけど楓さんの彼はそんな感じには聞こえないからさ。きっと楓さんが見失いかけてる彼の好きなところを思い出せば迷いも吹っ切れると思うんだけど」
憂いの表情で斜め下をずっと見つめる楓さん。そこにはキャバ嬢ではなく一人の恋愛に悩む21歳の女の子の姿だった。
それはとても美しく海斗の目には映った。
「きっと今のその表情も彼氏は好きなんじゃない?楓さんは明るい時も、悩んでる時でさえも人の気持ちを温かくする才能があるよ。自信持って!」
楓さんはその言葉に、いつの間にか素の表情を見せてしまった恥ずかしさなのか、変顔をして誤魔化す。
「そー言えば海斗さんは年下じゃん!生意気なんだよー」
そう言って海斗のほっぺを両手で引っ張る。
「ちょ、すひまへん。はなひて」
その言葉に満足したのかにっこりと笑い、手を離す楓さん。そして
「でも、話してよかった。ありがとう」
「俺も楓さんと話せてよかった。営業中はこんな話もできないからね」
「これからもたまには話を聞いてくれる?」
「俺なんかでよければいつでも」
お互い笑顔になった。海斗は楓さんとの距離が縮まった気がした。何故なら今まで以上に頑張って欲しいと思えたから。
「じゃあ、ひと仕事してきますかねー」
楓さんはそう言って執行部の方に元気に歩いて行った。




