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全体会議

二日後の午前中。朝からそわそわしている若菜。

着ている服が20分おきに変わっている。何度も洋服を着替えて少し時間が経つとまた部屋へ戻る。そしてまた違う服で現れる。

組み合わせを変えたりしながら一時間ほどそんな事を繰り返した。

やっと落ち着いたと思ったら今度は昨日買ったばかりの大きめのバッグを持ち出し、中身を何度も確認しゴソゴソと出したり入れたりしている。

バッグを肩にかけ、シルエットを確認。気になる出っ張りがあるのかまたゴソゴソと中身を整理している。

その後、髪の毛のセット、少し背伸びをしたようなメイクに時間をかけていた。

そしてまた着替えていた。

それからさらに2時間が経ち、午後になってもまだ準備をしていた。

若菜よりも遅く起きたにも関わらずとっくに出発する準備の終わっていた海斗は、コーヒーを飲みながらその姿をボーッと見ていた。


(やっぱり女の子なんだなぁ)


普段から服を欲しがらない若菜。家では海斗が中学時代に使っていたジャージやスエットやTシャツばかり着ている。

外では基本的に制服。

持っている私服は小学生の時から変わっていない。それも昔に俺がたまに買ってあげたものだけ。

なので、昨日は半ば妹を無理矢理連れ出し109へ洋服を買いに行った。

だけど、全然自分で選ばない。本当にいらないからやめてと言ってきかない。

でもせっかく来たんだし、しょうがないので上の階から順に店舗を回り、ブランドや傾向など関係なく目に付いた商品をそこの店員と相談しながらガンガン買ってやった。

4〜5万使ったところで本当に泣きそうな若菜。


「もういいよー」

「じゃあ、これからはちゃんと渡している生活費の中から自分で買うんだぞ。足りない時はちゃんと言うこと!」

「わかったから。もう帰ろうよ」


ちょっと強引すぎたかなと思ったが、帰りの電車の中で若菜は嬉しそうにじっと袋の中身を見ていた。



そして今日の朝からこのファッションショーのような状態。



「じゃあ、俺は会議あるから先行くわ」

「あ、はい。行ってらしゃい」

「洋子さんの手伝いよろしくな」

「うん。わかってる。頑張るから」

「あ、いや。そんなに頑張んなくていいからな」

「大丈夫!頑張れるから」

「まあ、いいか。じゃ、またあとで」

「うん。バイバイ」



家を出て洋子さんに連絡し、会議の場所へ向かった。


会議場はクラブグレイスフル。いつもとは違うエレガントな街並みの中、スマホのナビを頼りに歩いていると店前で坂東さんを見つけたので一緒に店内へ入る。

金色の手すりの付いた階段を下り重厚な造りのドアを開けると、見たことのない風景が広がっていた。

きらびやかなシャンデリアにグランドピアノ。高級感あふれるインテリアの数々。一つ一つの席がボックス席で、席と席の間の空間を贅沢に使っている。観葉植物と生け花がバランスよく飾られている。

綺麗に片付けられたカウンターには1つ数万円のバカラグラスが沢山置かれ、スワロフスキーでおしゃれに装飾されたアイルペールがその隣にはあった。

右を見ると一段高くなっており、その奥にVIPルームがあったが、入口近くからは見えないのでどうなっているのかはわからない。

そしてそんな店内に不釣り合いなラフな格好の黒服達。この後がバーベキューの為、みんなビーチサンダルだったり、短パンだったり、腕からタトゥーが見えていたり、でっかいサングラスをかけていたり。もう完全に『やから』の雰囲気。

そんな風貌の人達が各店舗ごとにまとまって座っている。


すでに到着していた増田さんに手招きされ、フカフカのソファに座ると、何時間でも座っていたくなるような絶妙な柔らかさを感じる。キョロキョロと周りを見る海斗に増田さんが話しかける。


「そう言えば海斗は初めてだったな」

「はい。何ですかここは。はー、すごいですね」

「そうだろうなぁ。でも何度も来るとそのうち普通に見慣れるから、不思議だよ」


絶対そんなことなさそうな気がする海斗であったが、よくよく考えてみればニューアクトレスでの面接の時は店の豪華さに驚いた記憶がある。

でも毎日店内を掃除していると微妙に汚れていたり、キズを隠すように物が置かれていたりと、そんな事に気付くにつれてだんだん日常の風景になっていった気がする。


そして他の店舗のスタッフもだいたい3〜4人といった感じて出席していた。


社長が到着すると、雑談が止み皆一斉に立ち上がり挨拶する。社長が座ったタイミングで着席し、社長の飲み物が運ばれた頃に会議が始まった。

社長、専務、常務が座る。その隣に重い大理石の机と丸イスを移動し、そこに進行役の統括部長が資料を並べて座っている。そのまた隣に各地区の部長3人が並んで座る。ウチの会社は3つの繁華街にそれぞれ2店舗を構えているのでその繁華街毎に地区が分かれていて、地区ごとに部長がいる。

そしてその正面に6店舗のスタッフがまとまって座り、会議が進行していく。


社長の言葉が終わり、次の議題に移る前に突然統括部長から海斗が呼ばれた。


「えーと、アクトレスの筑波海斗。会議の場はこれが初めてだったな。皆に挨拶してくれ」


そう言われ、緊張の中、立ち上がり挨拶をする。


「はい。今月からニューアクトレスの副主任兼ホール長となりました筑波海斗です。よろしくお願いします」


皆の注目が海斗に集まる。常務が質問してきた。


「君はいくつなの?」

「二十歳です」

「へー、若いねぇ。キャリアはどのくらい?」

「この仕事はココが初めてで、今年の1月から働いています」

「そう。じゃあ、業界は半年とちょっとか。それで副主任ね。なかなか優秀じゃないか」

「ありがとうこざいます」


各店舗のスタッフ達がざわついていた。

増田さんは得意げに海斗を見た。そして視線で座っていいぞと指示され、海斗は座った。

上層部の好奇な眼差しにさらされる中、部長の席の1人は難しい顔をしていた。

直感的にこの人が増田さんと対立している部長なのだろうと感じた。


その後、各店舗の成績の話。街の変化や、ヤクザとの関わり、警察との関わり方などそれぞれ担当者が発言する。それに対し、社長、専務、常務が質問をする。

結局、店長以下の役職の人に発言する機会は無かった。


そして人事の案件に入った。各店舗の細かな昇進や降格を簡単な理由と共に報告する。

基本的に他店のことに対して口を挟まないが、やはり西野さんの事についてはそうはいかなかった。増田さんが発言している最中に先程の部長から質問が飛んだ。


「西野は先月から副主任としたんじゃなかったのか?」

「はい。先月の途中で降格させて、それまでホール長だったここにいる筑波海斗を副主任とホール長を兼務させています」

「つまり、西野は副主任から平になったって訳だな」

「はいその通りです」

「何か重大な事があったって事だな」

「はい。確かにありました。しかしその事は彼の為にもここで話すことではないと考えます。そしてすでにその報告は上層部の方にしていますが」

「執行部入りの話も出ていた西野がなぜそこまで降格するんだ?」

「彼は執行部に入った事はありませんよ。それに彼自身、今現在もアクトレスで働いています。また、それによって会社に損害が出ているとも思えません」

「じゃあ、先月の後半の失速は何故なのかね。筑波とか言う、新人に副主任という肩書きは荷が重いんじゃないのか?まさか、自分に都合がいいように人事を決めているのではないだろうな?」


「そうですね。都合はいいです。でもそれはあくまで店と会社にとってです。私の為ではありません。現に筑波が入店した1月からアクトレスの業績は伸び続けています。それはこの筑波に次々と仕事を任せた事も大きな要因の一つと考えています。7月後半の失速と言っても、過去最高の売り上げを出しています。そしてこの8月も好調です。彼はしっかりとその役職に応えてくれている証しと考えます。その一方、西野は焦りました。そして失敗しました。けれど、過去これまで西野にそういった焦りを与えた人物はいませんでした。そしてもう一度彼はやり直す、自分を見つめ直すキッカケが出来ました。これはとても会社にとって都合がいいことです。執行部入りの話まで出た人材が自分を磨き直す事を決意してくれたんですから。また、近くに8ヶ月で副主任にまでなった筑波という急成長するにはちょうどいい見本となる人材があります。私はニューアクトレスを預かる店長として筑波にも西野にも等しく期待しています。以上です」


理路整然と、言い淀む事なく堂々と言い切った増田さん。余りの迫力にシーンとなる議場。


今にも「ぐぬぬ…」と漫画のような声が聞こえてきそうな顔の部長。


進行役の統括部長が硬直した場を元に戻す。


「他に意見のある方がいなければこの話は増田店長に一任でよろしいですか?」


そして、何の意見も出なかったのでそのまま次の議題に移っていった。


2時間程で全ての会議が終了した。

ざわざわしだす店内。増田さんは色々な人と話していて、一緒に出れる雰囲気ではなかった。

なので海斗と坂東さんは一緒にグレイスフルを後にし、バーベキュー会場へ向かった。

その道すがら、


「増田さんの迫力凄かったですね」

「ああ、あのモードの増田さんは無敵だよ。全然違うことをさも真実の様に話すし、説得してしまう」

「全然違う事って?」

「だって西野が心を入れ替えて頑張ってるわけないじゃん。1月から急激に売り上げが伸びたのが海斗のおかげ?違うよ、優矢が積極的に店に良いキャストを紹介するようになったからだし、最近よく手伝ってくれるようになったからだろ。ずっと増田さんは早く優矢が高校卒業するのを心待ちにしてたんだから」

「なんだぁ。やっぱりそうですよね」

「最近は海斗の影響もあるけどな。店に追い風となる働きはしてくれてると俺から見ても思うぞ。しかも、優矢は海斗といるのが楽しそうだし。そーいえば糸の切れた凧のような性格の優矢が最近はよくうちの店にいるもんなぁ」

「そうなんですか?優矢君と話してると面白いし、為になるなぁと思ってるんですが、優矢君はあんまり本心が見えなくて何でよく喋ってくれるんだろうと思いますけどね」

「口調や雰囲気は全然違うけど、どっか海斗と似てるのかもな。案外同じ事を優矢も思ってるかもしれん。…、いややっぱりあいつは何も考えてないな。何となくフィーリングが合うんじゃないか?それより…」

「??」


そこで坂東さんは真剣な表情になった。


「完全に海斗は部長に嫌われたと思うぞ」

「で、ですよねー。やっぱり何か影響あります?」

「あの人もやり手なのは間違いないからなぁ。でも増田さんの下にいる間は大丈夫でしょ。今の状況じゃ、増田さんは海斗をそう簡単に手放したくはないだろうし、勝手に店舗異動もしないだろうな」

「まぁ、見捨てられないように頑張ります」

「俺からも頼むよ。よし、今日はもう忘れて肉食べまくるぞーー!」

「おっしゃーー!!」


バーベキュー会場でも部長に会うことをすっかり忘れていた海斗達であった。






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