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週末の夜

「おい!5番テーブルの客もう5分以上キャストついてないぞ!誰か水割り注ぎにいけ!」


ひたすらグラスを洗う作業中、耳元のインカムから増田店長の怒号が飛ぶ。

俺は水を止め、キッチンからフロアへ出る。

その瞬間、R&Bの音楽と共に、女の甲高い笑い声や男の卑下た笑いが聞こえてくる。

香水と化粧品と酒臭さが混ざり合った、独特の空気が俺の鼻につく店内。

ここは都内の繁華街にある何百とあるキャバクラの一つ。ランクとしては普通より少し上ぐらい。

平日でもそこそこ客が入り、世の中が不況でもここは儲かっていると思う。

そして、週末ともなると、戦争のような店内。

時間制のキャバクラは1分、1秒を争う単位で動いている。



入口付近のキャッシャーを見ると、増田店長が軽くうなずく。

俺は5番テーブルへ行き、床に立膝をついた状態で、客に挨拶をする。


「申し訳ありません。もう間もなく、楓さん来ますのでお待ちください」

「もう間もなくって、そろそろ時間なんだろ。また楓が戻ってきてすぐ延長の確認来るんだろ!っとにえげつないなこの店は!」

「いやぁ、申し訳ないです。なにぶん、店内がこのような状況ですから……、本当に申し訳ないです」


おれは困ったような笑顔を張り付けたままそう言い、水割りを作る。

その客は腕組みをしたまま、ぶっちょう面で言い放つ。


「おい、店長呼んでこい!」

「いえ、お客様、もう間もなく楓さん戻りますので、もう少々お待ちください」

「話が違うぞ。俺は楓がちゃんと席に付くって言ったから来たんだぞ!」

「はい、入店された時間はそうでしたが、その後、ほかのお客様の入店次第ではその限りでは御座いませんので……」

「俺はずっとつくと思ったから来たんだぞ!」

「はい、そこはお客様……、今日は金曜日ですので……、ただ、せっかく来て頂いたご指名のお客様ですので、店側としましてはできる限りのご配慮はいたしますので……」

「っち!じゃぁ何か持って来い!」

「はい、すみません。乾きものの盛り合わせをお持ち致しますのでご容赦下さい」

「わかったよ、早く持って来い。あとさっさと楓を戻せよ!」

「ありがとうございます。すぐにお持ち致します」


そうしてやっと5番テーブルを離れ、すかさず店長へインカムで報告する。


「5番さんに乾きもの出します。あと5分ぐらいが限界だと思います」

「OK、よくやった。すぐ出してやれ。坂東聞いたか?楓はあと10分は引っ張れるぞ!」

「了解です!いま楓さんがついている14番テーブルがチェック入りましたので清算お願いします」

「OK!清算終わり次第、さっさと立ち上げで!」

「了解しました!」


そんなやり取りを耳にしつつ、手際よくおつまみを作り、また5番テーブルへ戻る。


「お待たせ致しました。只今、楓さんがついていたテーブルのお客様がお帰りになられますので、お見送りが終わりましたらすぐ戻します」


乾きものをだしつつ、客のグラスを拭いて、氷を足す。そして会話を続ける。


「お客様は、いつもウイスキーをお飲みですが、お好きな銘柄は何になられるんですか?」


客はつまらなそうにしながらも手持ちぶたさを紛らわすように、会話にこたえる。


「俺は、普段はバーボンが多いな」

「そうなんですか。私も最近、やっとウイスキーの良さがわかるようになりまして……、ただまだハイボールとかのほうが好きなんですけどね」

「ふん!それはまだうまいウイスキーを知らないからだ」

「そうですね、なかなか高いお酒を飲むような余裕が持てなくて……。その点、お客様はよく飲みなれていそうで羨ましいです。ちなみに、どんなウイスキーがお勧めですか?」

「そうだなぁ、バーボンだとハーパーが俺にはあっている。モルトウイスキーだとシーバスや余市なんかも癖がなくていいぞ」

「どれも、高くてなかなか飲めないですけど、機会があれば飲んでみますね。その時にまたお客様に教えていただければうれしいですね」

「ふん!ここには楓に会うために来てるんだぞ」

「ハハハ、そうでした。勘違いしてしまいました。あ、そろそろ、その楓さんが戻りそうなんで私は下がりますね。どうぞごゆっくりしていってください」

「おう、若いの。がんばれよ」

「はい、ありがとうございます。失礼します」


入れかわる様に楓さんが席につく。

その際、少しだけ楓さんと目があった。

視線だけで会話を交わしまた通常業務につく。


その日は金曜日で常にキャストのマイナス状態が続いていたため、色々な卓で同じようなやり取りをしていった。


午前3時をまわり、店内が落ち着いた頃、増田店長に声をかけられた。


「お疲れ!今日はお前がキャストかと思えるくらい、いろんな席で対応してたな。ご苦労だった」

「いや、当たり障りのない会話しかしてませんから」

「そんなことないぞ。酔った客相手になかなかできることじゃないからな。事実、何人かのキャストが感謝してたぞ。お前が対応した後の客はそんなに不機嫌になってないから延長が取りやすいって」

「そうなんですか。まぁ、自分にできることなんて限られてますから。つけ回しもできないし、キャスト管理してる先輩に比べればまだまだです」

「キャスト管理か……。そういえばお前ここ入ってどんぐらいだ?」

「もうすぐ4か月です」

「そうか、そろそろ次のステップにいくにはいい頃だな。やってみるか?キャスト管理」

「いえ、まだそんなレベルじゃないですから」

「お前は変わってるな。普通、黒服なんてキャストと仲良くなりたがるもんだぞ。それに比べお前、全然キャストと話さないな」

「いや、許可が出るまでキャストとは話はしてはいけないって入店の際にいっていたじゃないですか」

「お前、まじめだな。どんだけだよ。何?女嫌いなの??」


そういって増田店長は笑っていた。


実際、俺はこの仕事にあまり魅力を感じていない。だから、社員で入ったのにもかかわらず、アルバイトのようにひたすら氷を運び、グラスを洗い、店内清掃をし続けていればいいと思っている。

キャスト管理や、売上管理。スカウトなど面倒なことこの上なく思っている。

なせならこの世界に足を踏み入れたきっかけが、しょうがなくだったせいもあるのかもしれない。

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