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サイドストーリー 〜尊と楓〜

幕間のような話です。クラブニューアクトレスのキャスト『楓』のプライベート話。

本編より約8ヶ月前のお話です。

これも優矢の話同様、短編として書いていましたが、やっと本編に組み込めました。ここまで長かった…。

「行ってらっしゃい」


今日もタケルは笑顔で見送る。

誰もいなくなった部屋でふと気づいた。今日で25歳になった。ただし誰もそれを知らない。最近一緒に住み始めた楓でさえ。


百瀬尊ももせたけるの人生はこれまで怠惰と惰性の連続だった。人よりほんの少し整った顔立ちと母性本能をくすぐる性格と屈託のない笑顔で、仕事らしい仕事もほとんどせず暮らしてきた。

要はヒモだ。


ただし、相手に何も要求したことはなかった。ギャンブルもしなければ、他の女性と遊ぶこともない。毎日家にいて、最低限の家事をし、それ以外の時間はネットをして過ごす。女が求めればそれに応える。そして結婚を迫られたり、仕事したら?と強く言われたら、何も言わずに姿を消した。


そんなことを何度も繰り返し、今に至る。

楓とは4ヶ月前に知り合った。

いつものように前の女の部屋を出たあと、住み込みが可能なキャバクラのボーイをしたときにそこの店のナンバー入りキャストが楓だった。

会話と言えば、おはようございますとお疲れさまですだけしかしてなかった。そんな日々が4ヶ月程たったある日、突然楓から紙切れを渡された。

そこには携帯の電話番号が書かれていた。しかし、タケルはこれまで自分の携帯を持ったことがなかった。いつも女に持たされ、出ていく時にテーブルに置いていっていたからだ。


電話が出来ないことを伝えようにも、入ったばかりのボーイが挨拶以外でキャストと会話することは禁止されている。

なのでその日以降も笑顔で挨拶する事以外なにもしなかった。



楓にとっては自分からアプローチして上手くいかないのは初めての経験だった。そして何も変わらずに挨拶してくる男も初めてであった。客に限らず、店長やボーイも楓が上目遣いをすれば男の目尻が下がり、自分の思った通りに事が運んだ経験しかない。ますます、タケルに興味がわいた。そこで今度は


「仕事が終わったら○○駅前のファミレスに来てね」


と店から少し離れた場所を選んでそう書いた紙をまたこっそり渡した。

楓はボーイの仕事が終るのは朝の5時~6時と予想し、6時過ぎからそのファミレスで待った。

1時間が過ぎ、落胆と怒りが混ざったようななんとも言えない感覚がピークに達した頃、ファミレスの窓越しに冬の寒空の中、タケルは現れた。

入口のレジ前で不安そうな顔で店内を見るタケル。楓と目が合う。

タケルが笑顔を向ける。楓は体温が少しあがるのを感じた。自分が今まで研究して得た最高の営業スマイルとは違い、暖かみのあるタケルの笑顔に楓は戸惑った。

一瞬でそれまでの苛立ちが消え、来てくれた嬉しさで涙かこぼれた。

それを見たタケルはオロオロしながら近づいてきた。その姿はあまりにも可愛く、子犬みたいに思えて楓は途中から泣き笑いになってしまった。

タケルがかじかんだ手を寒そうにさすりながら不安げに座ると、楓は冷めきったコーヒーを少し口に含み気持ちを整え涙を拭いた。

コーヒーをテーブルに置くと明るい楓に戻っていた。


「もう!来てくれないのかと思ったよ~」

「ごめんなさい。歩いてきたら時間がかかっちゃいました」

「え?歩いてきたの??」


楓は店にばれない様に電車で10分ほど離れた駅を指定していた。

タケルはなぜかここまで歩いてきたという。

とっくに始発は動いているはずなのに。


「俺、あんまりお金に余裕なくて…。頑張って走ったんですけどやっぱり疲れちゃいました。なので途中から歩いてたので遅くなりました」


そう言って困ったように笑う。

普段の楓であればこんな金のない男に用はないはずなのに。

だけど楓は自分が勝手に渡した紙切れのために、タケルが冬の早朝に革靴で走っている姿を想像して何だか嬉しくなってしまった。そして嘘と虚栄しかない世界に長くいた分だけ、タケルの飾らない姿を愛おしく思った。


「まったく!そうなら電話くれればよかったじゃん。もしかして電話番号書いた紙なくしたとか?」

「紙は持ってるんですけど、俺、携帯持ってなくて。伝えようにも店では話しかけれないから」

「は?」


今時、携帯を持ってないとか楓には考えられなかった。


「え?じゃぁどうやって友達とか連絡取ってるの?」

「友達、いないんです。家族とかにも何年も連絡してないです」


楓は自分の常識がタケルには全く当てはまらないと感じた。

ふと、タケルを見ると果たして本当にそこに存在しているのか不安になるような佇まいであった。

浮世離れという言葉がこれほど当てはまる人を見たのは初めてだった。


「もう何か、色々と無理させちゃってごめんね」

「いや、俺の方こそ待たせちゃってごめんなさい」

「いいから、気にしないで。それよりお腹へってない?何か食べる?」

「えっと…、大丈夫です」

「遠慮しないで。私が呼んだんだからおごってあげる。好きなもの頼みなよ」

「じゃぁ、これ、いいですか?」


タケルが不安そうに指差したメニューにはチョコレートパフェの写真があった。

楓は可笑しくて、たまらなく愛しくて、思わず指差したタケルの手を握った。

とても冷たい手。自分の体温と、暖かな想いを込めて言った。


「これからは好きなものたくさん食べさせてあげるから!」


その日からタケルは店を辞め、寮からも姿を消した。

そして楓と尊の同棲生活が始まった。

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