営業後ミーティング
嵐のようだった営業が終わり閉店作業も済ませた後、ボーイ達は好きな席でぐったりとりていた。
それぞれが自然と座る席が決まっている。
まず、VIP席に増田さんが座り、その隣りに坂東さんが座る。いつもならそこから少し離れた席に西野さんが座っているが今はいない。
新人ボーイの山田君と秋山さんの二人はフロアの角のL字型の席に仲良く座り、優矢くんと海斗がカウンターのイスでくつろぐと言うのがここ最近の自然な流れになっている。
海斗はネクタイを外し、ワイシャツの第二ボタンまで外してラクな格好になる。
そしてカウンター内の冷蔵庫からお茶のペットボトルを出し、人数分のグラスを用意したところで増田さんがその動きに気付いた。
「今日は生ビール飲んでいいぞ」
「え?いいんですか?」
「今日は特別な」
「あざーす」
海斗が返事をする前に優矢くんが増田さんにお礼を言っていた。
海斗はグラスに次々と生ビールを注いでいくと、それを新人ボーイの二人が運んでいく。
「ちょっとみんな集まってくれるか?」
増田さんはそう言ってみんなをVIP席に呼び寄せる。
「とりあえず、お疲れ」
そう言って軽く乾杯する。
「まず、今日の件なんだがみんなよくやってくれた。ここにいる誰かが欠けていたら店が回らなかったと思う。ありがとう」
そう言って増田さんは頭を下げる。
「そして、みんな西野にはそれぞれ思うところもあると思うんだが…」
その場にいる全員が次の言葉を黙って待っている。
「アイツを辞めさせることは考えていないんだ…」
その言葉に優矢くんが「ふー」っと、ため息を吐く。そして、
「やっぱり社長のお気に入りだから?」
そう優矢君が意味深な質問をする。
「それもあるが、今の客入りの状況でボーイの数が減るのは得策じゃないと思ってる。特に入ったばかりの2人の負担が大きくなるしな」
「だけど今日みたいな事が頻発するんならちょっと考えないとダメなんじゃない?俺だってそんなに店内を手伝えるわけじゃないよ?」
「だからだよ。お前が助けてくれるのはありがたいが、それを当てにしてたら計算が立たなくなる。やはり毎日決まった時間に決まった場所で働いてくれる奴がこの時期は一人でも多く必要だ。だが、優矢にそれをやらせると持ち味が活かせないのもわかってるからな」
「じゃぁどうすんのよ」
「西野をホール係に降格させる。ただ、担当キャストはそのままだ。営業時の業務だけ、ホール係の仕事をさせようと思う」
「ふーん。俺はあまり関係ないからいいけど、海斗さんがやりずらいんじゃないの?だって海斗さんって今はホール長でしょ?西野さんとはキャリアも違うし」
「それはわかっているが、この世界は能力主義だからな。山田と秋山もこの業界がただ長く続ければ勝手に役職が上がっていくわけじゃないってことをちゃんと理解してくれ」
「「はい」」
「それから海斗にはホール長兼副主任になってもらいたい。役職手当に関してはキャリアも考えて、ホール長と副主任の間の金額を考えている。だから今は無理に2つの役職を完全にこなせなくてもいい。足りない所は俺がフォローするから。受けてくれるか?」
「はい。俺は増田さんの判断に従いますよ」
「助かるよ。色々とやりずらいところもあると思うが頑張ってくれ。そのうちに西野、秋山、山田の働きを見て誰かをホール長に格上げし、海斗には副主任になってもらおうと考えている」
「わかりました。よろしくお願いします」」」
「はい」
「はい」
海斗に続き山田君、秋山さんが頭を下げる。
するとそれまで黙っていた坂東さんが口を開く。
「だけど西野が納得しますかね」
「そこは俺が責任を持って説得するから安心してくれ」
「社長には何て説明するんですか?」
「あぁ、そこなんだよなぁ…」
その時、海斗ははずっと疑問に思っていた事を口にした。
「そもそも社長と西野さんってどんな関係なんですか?」
どうやら、新人二人も気になっていたようで、それまでの部外者的な空気から輪に加わるような雰囲気になった。その横で優矢君と坂東さんは事情を知っているのか渋い顔をしている。
「うーん。ここだけの話な、西野は社長の愛人の息子なんだよ。社長は西野が小さい頃から面倒を見てるから、息子のように可愛がってるんだ」
それから西野さんに関する事と、それに伴う増田さんの置かれた立場も徐々に明らかになった。
西野さんの扱いに関してはどこの系列店の店長も困っていた。
社長や専務といった上層部も含めた店長会議の場でその話題が出た時の事。
当時、増田さんは時期部長候補として急速に頭角を現していた。増田さんの経営手腕を疎ましく思う現部長の他、他店の店長達は増田さんに対して相当焦っていた。
そこで、何かとやらかすことの多い西野さんを増田さんに押し付けて足枷にしようと考えた。
増田さんはその企みに気付いていたが、逆に西野さんを一人前に育て上げ、社長の歓心を得る方向に持っていく事に決めた。
社長は西野さんに管理職の才能が無いのも薄々分かっていたが、どんな店でもいいから店を任せられるくらいには何とか育って欲しいとも常々思っていた。
そこに部長他、皆の推薦もある。
そして元々人材育成に定評のある増田さんに西野さんを任せることにしたらしい。
以来、増田さんは西野さんの教育方針について社長と話し合う時間が増え、結果的に社長と増田さんの結び付きは強いものになってしまい、部長達の企みは今の所失敗に終わっている。
「じゃぁ、西野さんの扱いによっては増田さんの出世も変わってくるって事ですか?でもその割に増田さんは西野さんに対してかなり当たりが強いですよね」
「西野の扱いに関しては社長に一任してもらってるからな。それにアイツは口で言ったところで全く理解しないし、きっと今日の事も全く効いてないんだよ。きっと2、3日もしたらケロっとしてるだろう」
「すごいっすね。あんなに蹴られたりしても辞めないんですか?」
そこで、増田さんは苦笑いをする。
「一応、あいつの相談とかもちゃんと聞いてやってるからな。昔な、あいつは今まで俺のようにまともに話を聞いてくれる人も、本気で叱ってくれる人もいなかったって言ってボロボロ泣きだした事があってよ。その時にしっかりと再教育しようと決めたんだ。だけど、なぜあいつ自身が話を聞いてもらえないのか、人からバカにされるのか、どんな言動が人から疎まれるのか、嫌われてしまうのか、という事を気付いてなくてな。その度に根気よく話をしたり、時にはぶん殴ったりするんだがどうも理解力が足りないからなぁ。そして仕事面でも少しずつ役職を増やしていく方針だったんだが、なかなか思うようにはいかないんだよなぁ。はぁ…」
珍しく増田さんの弱気な面を見た。そしてまた話し続ける。
「実際、会議の場でいっそのこと西野に一店舗を任せてしまってはどうかという話もあった。話の出どころは部長だったけどな。要は西野を上層部扱いにして甘言を持って部長サイドに取り込もうって腹づもりだな。この業界は能力主義と言っても、現場は実務能力主義、上層部は政治能力主義が強いからな。だけど西野の事を考えると、このまま店を持たせたところで下は誰も付いてこないのは目に見えているし、近づいてくるのは背後にいる社長目当ての奴ばかりになってしまう。俺は西野に憎まれてでも、あいつ自身がちゃんと認められる男にならなければいけないと思っている。じゃないとウチの会社組織自体も腐ったものになっちまうと思うし。社長もその辺は理解してくれているから急かすような事は言ってこないんだ」
それを聞いた坂東さんが顎髭を撫でながら呟く。
「相変わらず複雑な問題が絡んでいますね。知らないのは西野だけか…」
少しだけ沈黙が続く。
増田さんはビールをグイッと煽ると何かを決したように言う。
「こんな話しを新人の二人がいる前なのに話したのはな、西野を降格させることで、今度の会議で俺は部長に糾弾されるはずだ。その時にこちらが対抗できる武器としては売り上げだ。幸いみんなのおかげでグレイスフルに次いで2番目の売上高でここまで来ている。
今のところ部長の出身店舗であるレッドローズよりも上なのはかなりでかい。
そしてこの好調を維持する為に、また皆が働きやすいように、西野の降格を決めた。西野はやるべき事が指示され、限定されれば素早く行動できるスキルはあるんだ。だからそう動けるように協力してやって欲しい」
それを聞いた山田君は無表情。秋山さんは微妙に渋い顔をする。それを察したであろう優矢くんが発言する。
「そこまで協力して俺らに何のメリットがあるの?西野さんが性格的にも能力的にも難があるのは多分みんなわかり始めてると思うんだけど。何故か俺にはヘコヘコするのに海斗さんにはかなり嫌味っぽいし、山田君と秋山さんにはやたらと高圧的だし」
その言葉に坂東さんも同調する発言をする。
「確かに、西野がいなくなると人数的に厳しいのは分かりますし、増田さんの置かれている立場も理解できます。ただ、今の話だと増田さんと西野の為にみんながガマンしろと言われてるような感じですね。一体この店は誰のための店なんでしょうか」
珍しく坂東さんまで増田さんに反論している。それだけ今日の西野さんの振る舞いがあり得ない事の表れだったのかもしれない。
だが、どんどん西野さんを吊るし上げるような話の流れに疑問を感じた海斗が言う。
「でも、結局ボーイの人数が足りなくて店が回らなくなると迷惑するのはお客さんですよね。そうなればやはりトラブルも起きやすくなり、今度はそれに対応する人が増える分、結局みんなの仕事量が増えてストレスが溜まるわけです。西野さんが起こすトラブルと西野さんがいないことによって起こるトラブルとを考えたら、店のためには西野さんにいてもらって、尚且つ西野さんが起こしやすいトラブルを未然に防ぐ方法を取るのがいいと思うんです」
その言葉に坂東さんは少しだけ思案する。
だが、優矢くんはそれでも食い下がる。
「でも山田君や秋山さんの仕事ぶりだって日々成長してますよ。そうなったら理不尽にかき回す要因のある西野さんの存在は必要なのかな」
これはきっと優矢君の優しさなのだろう。山田君と秋山さんが、西野さんからいつも理不尽かつ意味不明なアドバイスや命令を受けている姿を見かねた発言。また、俺のこれからの微妙な立場への心配。そしてその事実を管理職の人間が正しく認識してるのか、それを確認するために敢えて厳しく言っている面も感じられた。
俺も優矢君の思いに応えるように言葉を続ける。
「今回の営業中のトラブルに関して言えばホール長の俺の責任です。今までは西野さんが先輩ということもありましたし、西野さんも今月から副主任という立場になり、プライドもあったと思います。なのでホールのことに関しては自由に動いてもらっていました。これからは自分の部下として指示を的確にしていきたいと思います。そして業務を離れれば先輩ですし歳上でもあるので敬意は払っていきます。また、そのことを西野さんにもはっきりと伝えます」
そこまで言ってから一呼吸置いてまた続ける。
「それに、俺は増田さんの力になりたいと思っています。つまらない人間の俺をここまで見守ってくれましたから。増田さんが西野さんを必要とするならば俺は上手くフォローし、お互いが良い仕事ができるようにして行こうと思います。増田さんは感情を仕事に持ち込むなとキャストに言っていましたよね。それは僕らにも当てはまりますよね。好き嫌いで仕事に支障をきたしていたらキャストに示しがつきません。あの子達はもっと面倒でウザったい客相手に毎日頑張ってくれているわけですから」
後半は新人の二人に言い聞かせるような内容だった。西野さんの言動にいちいち感情を左右されているうちは、今後もっと難しいであろうキャストの管理なんてできないから。
ただ、この店に入ったばかりの彼らに今の言葉を言ったところで心に届くのかは疑問だったけれども。少なくとも入ったばかりの俺を思い出すと多分今の言葉ではピンとこないであろう。
しばらく事の成り行きを見守っていた増田さんが意見をまとめる。
「よし、今回はこの辺にしよう。西野は平社員としてやり直し。秋山も山田も西野に何か言われて困った時は俺らに相談しろ。今まで気軽に相談できる空気を作れなくて悪かったな。坂東、引き続き主任としてみんなをまとめてくれ。海斗、これからは色んな事の板挟みで大変だろうがホール長兼副主任として頼むな。それからたまには弱音も吐いてくれよ。寂しいから。優矢はまぁ、なんだ、えーと、いつもお疲れ」
最後にガクッとオチをつけてミーティングが終了し、その日は始発の時間が過ぎても飲み続けていた。
増田さんが先に帰る事になり、海斗がエレベーターホールに呼ばれた。
「今日は西野を守ってくれてありがとう。そして、お前の言葉は嬉しかったよ」
「店長という立場は孤独ですもんね。ただ、男子スタッフやキャスト達が色んな考えや思惑で働いてますが、それでもまとまっていられるのは増田さんの力ですから」
「ふふっ、お前の思惑がどんななのかは分からんが、ありがとうな」
「俺は言うほど何も考えてませんよ。まぁ勝手に良い方に解釈してくれるのはラクですけどね。今日はごちそうさまでした」
「おう、相変わらずお前は本心を見せるのを恥ずかしがるんだな。まぁいい。明日も仕事だからあんまり飲み過ぎるなよ」
ニヤっとお互い悪い笑顔をした時、エレベーターが到着し、増田さんは帰って行った。
そしてその1時間後くらいでみんなも疲れていた為、御開きとなった。




