優矢くんの秘密 〜現在の出来事〜
引き続き、増田優矢がメイン回です。時間軸は現在に戻ります。
優矢くんが自由人でも許されているのは何故なのかってお話。
今日も駅前のロータリーのガードレールにもたれ掛かりながら、帰宅ラッシュの人混みを見つめる優矢。
JRと地下鉄、私鉄が交わるこの駅周辺は都内でも有数の繁華街。夜の7時を過ぎると夜の住人たちが街灯に集まる蛾のようにどこからともなく現れる。
駅から吐き出される人混みの中に、派手な格好の女が混じっていた。
「リンちゃんおはよー。これから出勤?」
「あー、優矢くんだー。うん、これからやけん。なぁ、ちょっと聞いてー」
リンと呼ばれた派手な女は優矢の前まで来ると不満気な表情を作った。
「また店でなんかあったの?」
「あの店マジ最悪なんやけど。お触りが凄いし、ボーイは見て見ぬ振りだし、ちかっぱ客層悪いけん。それに安っぽいキャストしかおらんし」
「うーん、リンちゃんくらいの女の子があの店じゃあ、もったいないよね。でもまだ保証期間なんだから気楽にやんなよ。それに担当のスカウトの顔を立ててあげないと、その後、移籍するにしても大変だからさ」
「はぁ、あいつの顔を立てたところで役に立つっちゃろか。もぅ、なんでもっと早く優矢くんに会えんかったんやろ」
リンは九州のキャバクラで働いていた女だ。最近、都内でスカウトをし始めた男が同級生だったらしく口車に乗せられて都内の店に移籍してきたがすでに不満タラタラ。
優矢とは何度となく駅前で顔を合わすうちに話すようになった。
優矢としては無用なトラブルを避けるため、自分の店に引っ張ることはしていなかった。逆にその店で頑張れるようにアドバイスもしていた。
リン的には必死に引き抜こうとしてくる他のスカウトとは違い、友達のように接してくれる優矢に好意を抱いていた。
だからこそ、優矢に店を紹介して欲しくても、迷惑にならないよう言うのを我慢している。
優矢の携帯が鳴り、ポケットから取り出すと、リンは「またね」と言って繁華街の方へと消えていった。
スマホのディスプレイを見ると『おっちゃん』と書かれていた。
おっちゃんこと後藤忠志は昔からピンキーという風俗案内所、客引き、スカウト、捨て看板業者、衣装業者のまとめ役だったが実は一年前までは北条組系の枝のヤクザだった。
それが優矢との出来事がきっかけで今では北条組の幹部に格上げとなり、最近は街にあまり現れなくなっていた。
優矢とは昔からの付き合いがあり、親子のような関係だった。
「もしもし。お疲れ様です。おっちゃん久しぶりじゃんか。最近見ないんでパクられたのかと思いましたよ」
「ははは、優矢、元気か?いやー、俺も最近忙しくてね。あんまりそっちには行けてないんだ」
「おっちゃんがこの街にいないとつまんないよ」
「よく言うよ。松山から聞いてるぞ。最近、スカウトの中じゃ頭一つ抜けてるってな。常に女といるみたいじゃねーか」
「いやいや、俺の本業は大学生すっよ。でも松山さんにはよくしてもらってます。それに最近、他のスカウト会社の人や他店のボーイさんも気持ち悪いくらい優しいし。松山さんからチラッと聞きましたけど、やっぱりおっちゃんが出世したのと関係あるの?」
「んー、どうかな。でもそう思うならこれからちょっと付き合わねーか?」
「いいっすよ。久々に飲みたい」
「じゃぁジュテームってラウンジ知ってるか?」
「うん。行ったことないけど、場所ならわかります。ってあれ?さっきそこに勤めてるリンって子と会いましたよ」
「相変わらず、女には顔が広いんだなー。まぁ何かの縁だ、指名してやれよ」
「えーと、タダならいくらでもしますけどね。それと、一応、ピンキーとアクトレスの方にも顔だしてから行くんで1時間後くらいになっちゃうよ?」
「ははは、心配すんな。じゃぁ待ってるからな」
「了解っす。じゃまた」
おっちゃんとの会話は昔から敬語とタメ語が入り混じった不思議な感じで話している。優矢は電話を切り、まずは風俗案内所のピンキーへと歩き出した。
店前には綺麗に整えられた髭面のヤサ男が立っていた。
「優矢くん、おはよう」
「はざっすぅ。何か変わったことありました?」
「あるよあるよ。ここだけの話が。マーメイドって店あるじゃん。あそこが今月で閉まるらしい」
「マジっすか。また、キャストの給料が未払いとかになりそうですね。了解っす。それとなく日払い勧めときます。となると、女の子の動きが結構ありそうですね。しわ寄せで他の店にも影響あるかなぁ。いつもありがとう。松山さん」
「いいって、いいって。可愛い優矢くんの為だから。それから後藤さんにも宜しく言っといてね」
「了解っす。松山さんが俺のケツ狙ってて困ってますって伝えときますね〜」
「ちょ、ちょっとー。私、強引にするのは好きじゃないから安心して。強引にされるのは好きだけど…」
「だから、なんで俺が男でもいける設定なんすか。ノンケですからね」
「だって、優矢くん優しいじゃない。それに両刀って素敵な事だと思うの」
「いやいや、無いから!それに松山さん、女言葉になってますよ。一応ヤクザなんだから本性隠しといてください。色々とギャプが凄いです」
「あら、いけない。ふふ、じゃぁまた会いにきてね」
「は〜、そりゃまた来ますけどね。仕事ですから」
「ずっと待ってるから」
髭面の男に恥ずかしそうにチラッと見られるのは、違う意味でドキドキする。
松山さんは後藤のおっちゃんの組の組員。
昔、懲役に行っている間にそっちの道に目覚めてしまったらしい。
後藤さんの出世に伴い、引き継いでこの繁華街の雑務のまとめ役となっている。普段は頼りになるナイスガイなのだが、最近本性がわかってしまった。優矢的に、まぁ面白いから付き合いは変わらない。
そして優矢はピンキーから少し通りを進んだところにあるクラブニューアクトレスへと入っていく。時間は夜の7時過ぎ。8時の開店に向けてまったりモードから営業モードへと徐々に切り替わっっていく時間帯。店内入口では筑波海斗という最近入ったボーイがせっせとボトル棚の拭き掃除をしていた。
メニューに書いてあるボトルの銘柄と実際のボトルを確認したりもしている。
店長曰く、何も言われていなくてもこの様にせっせと自分で作業を見つけていくらしい。
お陰で、在庫数の管理も完璧、備品の破損や欠品にも早めに気づくらしい。
それから裏方が物凄く綺麗になっている。
キッチン、トイレ、更衣室、ヘアメイク室。
細かいところでは、外にある看板。
一番驚いたのは、エレベーターのボタンを押すところの拭き掃除をしているを目撃した時だった。
そう言う視野や目線は業務中も敏感で、常に人の動きを見ながら仕事をこなしているし、足りないところに手が届くため、便利屋のように使われてしまっているのが少し可哀想でもある。
でもそんな海斗を尊敬する優矢であった。
なので以前より忙しい時に優矢が店内業務を手伝う頻度が多くなった。なぜなら一緒に働いていても、アイコンタクトで役割分担がわかりやすく、途中から店内を手伝ってもスムーズに仕事が出来るため、気分屋の優矢にとっても心地が良い忙しさだから。
「海斗さん、お疲れーっす」
「あ、おはよう。お疲れ様です」
海斗は掃除の手を止めキッチリと挨拶を返す。クールで礼儀正しいこの態度も優矢はたまらなく好きだった。余りズカズカと踏み込んだ会話はよくないと優矢のカンが告げているため、そのまま店内に入っていく。
「ねーちゃん、おはー」
「あら、優くんおはよー」
キャッシャーの女性に一言挨拶し、通り過ぎた先のフロアにでる。仕切りを挟んで右手前側には6人掛けのカウンター席がある。通常は使わないが、客が入りきらない場合は待合スペースのように利用したり、あえてカウンターに座りたがる客もいる。
今は店長が今月の売り上げ資料を見ながら主任の坂東と世間話をしていた。
ちなみに店長の増田と優矢は従兄弟ではあるが、一人っ子の優矢にとっては歳の離れた兄のような存在。
呼び方も兄貴と言っている。また、週末のみキャッシャー業務を手伝う先程の女性は洋子と言い、増田店長の姉である為、ねーちゃんと呼んでいる。
「兄貴おはよう。特ダネ持ってきたけど、今大丈夫?」
「おう、おはよう。大丈夫だけど、どうした?」
「マーメイドが今月で閉めるらしいよ」
「本当か。どこ情報だ?」
「なんと、松山さん情報。かなり信憑性高いよね」
「高いどころか、それ確定だな。坂東、あそこってキャスト何人くらいいたっけ?」
「在籍自体は20〜30人位で、主力になるのは10人もいないんじゃないですかね」
「そんな少ないの?嘘だろ?」
「いや実際、店閉めるってことはそんなもんだと思いますよ」
「優矢はどう思う?」
「んー、そんな感じだと思うよ。さらに言えば見た感じうちで使えるのは3人くらいじゃない?」
「まぁ、変なの入れると足引っ張られるからなぁ」
「でも、その分だけ客が流れてくると思えばうちにとってはプラスですね」
「いや坂東さん、他にも色々ありますよ。じゃなきゃ特ダネって言わないっす」
優矢の言葉に少し思案する2人。
ふと店長が口にする。
「マーメイドって系列どこだっけ?」
「さすが兄貴。この界隈だとジュテームとラグーン。それからセクキャバのロリポップ」
また少し、思案する増田店長と坂東主任。
「マーメイドのキャストがその3店に移籍する訳か。となると…」
「「店が荒れる」」
「ご名答!多分セクキャバの方にはそんなに行かないはずだから、ジュテームとラグーンに10人以上ずつ大量に入るわけだよね」
「なるほど。元々その2店にいたキャストの不満も溜まる訳か」
坂東のテンションが上がり興奮したように言う。
「増田さん、きっと来月、再来月とかなり女の子が動きますよ。来月くらいはスカウトの活動予算を増やしたほうがいいかもしれませんね。しかも7月のボーナス時期にタイミングが合ってます!」
「いや、善は急げだ。今月から徐々に動きを強めたほうがいいな」
盛り上がる店長と主任。その瞬間を捉え優矢が言う。
「で、ちょうど今日、おっちゃんとジュテームで会うんだよね」
「おう!優矢でかした!行ってこい。しかも後藤さんならその辺の事情も詳しいだろう」
「じゃぁ、行ってくる。っとその前にお小遣い…」
そう言って優矢は手のひらを差し出す。
店長はおもむろに財布から1万円を取り出し乗せる。が、優矢は動かない。そしてボソリと言う。
「情報料も欲しい…」
思わず坂東がククっと笑う。
店長は渋々さらに1万円を乗せる。
「ちゃんと下準備を仕込んでこいよ。それから後藤さんはもう北条組の幹部なんだから気安くおっちゃんなんて呼ぶなよ」
「了解!任せといて。誰か近くにいるときはちゃんと社長って呼んでるから」
「「大丈夫かな…」」
心配になる店長と主任。
そんな中、優矢は爽やかな笑顔でキラリと笑い、悪戯っぽいウインクをして、店を後にした。
二人は生暖かい表情でそれを見送る。
「…、優矢ってヤクザとか関係なく気に入った人とはフレンドリーに接するからなぁ。危なっかしくて見てられん」
「そうですね。この間、優矢が小松崎さんの車でウチの店まで送ってもらってるのを見た時はどうしようかと思いましたよ。俺その時ちょうど店前にいたんですけど、固まっちゃいましたからね。なんて人を足に使ってるのかと」
「それでいてあいつは全く気にしてないからなぁ。ほんとにあいつの交友関係は謎すぎるんだよ」
「天性の人たらしですからねぇ」
「まぁおかげでガサ入れの情報も入ってくるし、今回のような情報も仕入れてくるからな」
「しかも、しっかりAランク級のキャストもスカウトしてきますしね。来月が楽しみですよ」
「しかも、それでいてちゃんとグレイスフルの方にも何人か義理でキャスト紹介してるらしいしなぁ」
「…、優矢って社長から月にいくらもらってるんですか?」
「それはな、スーパートップシークレットだから俺にも分からん!」
「ぶぇくしょーん!!…風邪ひいたかな」
いきなり優矢がくしゃみをし、道行く人が振り返る。
そして優矢がふと気付く。
「そー言えば、西野さん見かけなかったなー」
ちょうどその時、トイレでう○こ中の西野であった。




