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初シャンパン

平日はメンバーが出揃う午後9時半から11時半までが最初の勝負の時間帯。そこで一旦落ち着き、その後12時過ぎから2時半までが2度目の勝負の時間。

平日は特に終電前まで飲むサラリーマンタイプと、終電逃したから朝方まで頑張っちゃう自営業or重役出勤タイプとに客層が分かれる。また、2時くらいまでが、飲んでもギリギリ次の日の仕事に支障をきたさないラインと考える人も多い。要はどの店も22時から1時までは黙っていても客が入る。

なので8時から9時半くらいまででいかにキャスト自身の営業努力によって指名客を呼べるかが、平日は特に売り上げ確保に重要なポイントとなる。また、売れている店ほどこの時間の客入りがいい。なぜならそれだけのスキルを持ったキャストが多いという証明になるから。


そして咲さんの初接客は楓さんの指名客へのヘルプだった。

このお客さんは楓さんの太客で毎日のように比較的早い時間から飲みに来る土屋様という40代のマンション経営者。楓さんが腐れ縁と豪語するほど信頼関係の構築された、お金持ち特有のおおらかな客。まだ楓さんが出勤したばかりでヘアメイクが終わっていなかった為、咲さんにヘルプの白羽の矢が立った。

ヘルプの役割と禁止行為を説明された後、席に着いていた。

俺は気にしつつも通常業務をこなしていたが、不意に増田さんがフロアへ行き、そのお客さんと飲み出した。

きっと上手くドリンクをもらうつもりなのだろう。そしてスムーズにドリンクオーダーが入り、楓さんの売り上げにも貢献していく。また会話もお客さんと増田さんが一緒になって咲さんの事でいじっていく会話を始める。

その途中で増田さんがそっとお客さんのグラスを咲さんの前に置いてあげて、しっかりと水割りを継ぎ足すタイミングを教えていく。


そうこうしているうちに楓さんの準備が整う。

楓さんは坂東さんから経緯の説明を受けて頷きながら客席へ移動する。

咲さんは坂東さんに土屋様の隣から離れて正面に座るように促され、楓さんが土屋様の隣に座る。

そのタイミングで俺がアイスペールの交換と同時に位置などを調整しつつ、楓さんからドリンクオーダーを受け取る。

楓さんの乾杯が落ち着いた頃、増田さんが席を離れる。

その5分後くらいで咲さんも頂いたドリンクを飲み終わり、坂東さんが名前を呼ぶ。咲さんが離れようとした時、楓さんがお客さんにささやく。


そして咲さんの初場内指名が入った。


ヘルプでの場内指名だとしてもわずか20分での連携プレー。


そして、楓さんが乾杯ビールを飲み終わったタイミングでさらにシャンパンのボトルオーダー。

ボトルとグラスと氷水の入ったシャンパンクーラーを用意し、俺がシャンパンを開けに行く。


「それでは開けさせていただきます。土屋様、何かお祝いですか?」

「咲ちゃんが初勤務でこの業界も初めてで、しかも初接客って聞いちゃったらさー。シャンパン入れたらずっと印象に残るかなと思ってよ。だけど楓が来る前に入れたらこいつ拗ねるから。またそーなると面倒なんだよこいつ」

「別に拗ねないけど。思いっきりツネるか、ビンタはするかもねー」

「ほらー、咲ちゃん酷くない?俺客だよ?どう思う?」

「めちゃ仲よさそうで良いですねー」

「ちょっとー。ボーイさんこの店の教育はどうなってるの?」

「えーと、ビンタとか僕にとってはご褒美なんでなんとも言えないです」

「「「あっはっはっはっ」」」

「あっはっは、ダメだこの店。まともなのが一人もいない。まぁ俺を含めてなー」

「いやいや、この話題の中心は土屋様ですから。後は受け入れてもらえるかどうかですが」

「ビンタ受け入れろってすげー店だな」

「まぁまぁ、それでは咲さんの初接客と土屋様の初ビンタを祝しまして開けさせていただきます」


『ポン!!』


本当は静かに開けるのがマナーだけれど、ノリよく大きな音を立ててシャンパンを開ける。コルクを飛ばすようなことはさすがにしなかったが。


「あはははは。ボーイさん、名前なんて言うんだい?」

「私は筑波と言います」

「筑波さん面白いねぇ。筑波さんも飲んだら?」

「気持ちは大変ありがたいのですが、私の今の業務がトレンチを持つ仕事でして。例え酔っていなくても万一、クラッシュしてしまった場合、ミスで済まなくなってしまいます。今後、私が出世してトレンチを持つ業務を卒業しましたら、その時はお付き合い出来ると思います。でも、私のようなボーイにまでそう言って頂ける土屋様のお気持ちは大変励みになります。本当にありがとうございます。ごゆっくりお楽しみください」

「そっかぁ。早く出世して一緒に飲めるようになるの楽しみにしてるよ。それまで頑張ってな。応援するから」

「はい。ありがとうございます。失礼します」


そして、席を離れた。土屋様はその後、4時間滞在し、シャンパン2本とフルーツ盛りをオーダーし、15万ほど払って気持ち良く帰っていった。その間、咲さんと楓さんは坂東さんがタイミングを見計らって交互に抜き、他の客席での接客もこなしていく。そして、フリーの席でも咲さんに場内指名が入った。

2時過ぎには店内も落ち着いて来たので咲さんをあげた。ドレスを着替え、私服になった所で、今日の精算をしつつ店内にあるカウンターで個別ミーティングを行う。俺にとっても初めてのミーティングだった。咲さんは少し酔っているのか出勤時の緊張感はだいぶ抜けてきていた。


「お疲れ様でした。頑張ったねー」

「いやー、何か大丈夫でした?」

「バッチリだよ。場内も2本入ったし」

「でも、女の子達みんなすごいですね。ぽんぽん会話が弾んでるし。店長も筑波さんも盛り上げるの上手いし」

「いやいや、慣れだよ慣れ。だけど、増田さんとお客さんの対応の距離感は絶妙なのは確かだけどね」

「それに凄い世界ですね。土屋さんなんて先月の私の1ヶ月の給料くらいの金額をポーンって払ってましたね。しかも現金で」

「確かに凄い世界だよね。だけどそれだけの価値があるんだと思うよ。また、それだけの価値のある女性として自分を磨き続けないとね」

「どうしたらそうなれるんですかねー」

「ゆっくりでいいんじゃない。まだ初日だし。ところで日払いどうする?今日は4時間以上働いたから1万円まで出来るけど」

「じゃぁお願いします」

「ん、了解。じゃぁこれに本名をフルネームで書いて」


そう言って日払い用の紙を渡す。

咲さんが酔って覚束ない手で名前を書いていく。


「それからこれは日払いとは別に本入店のお祝い金が4000円と、楓さんが1本目のシャンパンのボトルバックを咲さんにあげてって言われてたからバックの4000円で計18000円ね」

「えっ?いいんですか?」

「楓さんが咲さんのお陰でシャンパン入れる流れになって、そのまま2本目も入ったからって。お陰で売り上げが伸びてボトルバックの他に売り上げバックも入ったからだって。楓さんはアフター行っちゃって直接お礼言えないから伝えといてって頼まれたんだよ」

「うわ〜、なんていい人なんだろう、楓さん。お礼言いたいのはこっちなのに。めっちゃ不安だったのを楓さんが助けてくれて。めっちゃフォローしてくれたし。あ〜も〜、どうしたらいいですかぁ?」


そう言って涙ぐむ咲さん。


「次会った時、忘れずにお礼を言うことだね。それから楓さんのヘルプの席で頑張ってあげるとか、迷惑にならない範囲で売り上げに貢献する様にしてあげるとか。ちょっとしたお菓子を買ってくるとかそんな感じじゃない?楓さんだってまた気持ち良く自分のヘルプ席に着いてもらいたいとかある訳だし、その辺は持ちつ持たれつだから」

「そうなんですねー。色々と学ばなきゃなー」


そんな話しをしているとインカムが飛んできた。店前の優矢くんからだった。


「海斗さん、咲さんどんな感じ?そろそろ送りの車でるけど、次の便にします?」

「了解です。確認します」


「そろそろ送りの車出るよ。いける?」

「はい」

「じゃぁ伝えるね。店前に優矢くんってイケメンがいるからその人の指示で車乗ってね。何台か送りの車が停まってるから間違えないようにね」

「イケメンですかー。私、イケメン苦手なんですけどね」

「何でよ」

「だってイケメンって性格悪いですもん。女遊びするんですもん。何より元彼がイケメンだったんですよー」


口を尖らせて可愛く不機嫌な顔を作る。


「じゃぁ俺は安心だねー」

「海斗さんは……、うーん、微妙です。じゃ、今日はありがとうございました。お先に失礼します」

「うん。今日はありがとう。明日もよろしくね。お疲れ様」


そうして咲さんの初出勤が終わった。

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