鬼ヶ崎
───蝉の声が聞こえる。
僕のぼやけた視界の中に見えるのは、公園のブランコに座ったままうなだれる少年の姿…。紛れもない、幼い頃の僕自身。
少年の長く伸びた黒い前髪の所為で、その表情はこちらからは伺えない。ただ、前髪の隙間から見えた涙から、なんとなく、彼がどんな表情をしているのかは想像できた。
忘れもしない。
小学校二年生の真夏日に、僕は…。
僕は、独りぼっちになった。
少年の僕の姿は、今にも消えてしまいそうなくらいちっぽけで、その心に抱えた苦しみを想像しただけで、胸が酷く痛んだ。僕はただ、顔を歪ませることしかできず、少年の僕を見つめる。
これは、夢なのか…?
夢だとしたら、ただ早く覚めてほしいと願うだけだった。ぼやけた視界の中で、少年の僕がふと、顔を上げた。そして、こちらを見た…。
「たす、けて…」
…っ。
大きな瞳から、ポロリと涙をこぼしながら、少年の僕は確かにそう言った。僕は、声を出すことも、動くこともできず、唇をひたすら噛み締めた。
そして意識が、遠退いていった…。
「っ…ん…」
頭がぼんやりする。
車のエンジン音と、何かを話す人の声…。
───ああ、そうだった。
だんだんはっきりしていく意識の中で、僕は思い出す。車の窓から見える景色は、紛れもなく10年前、僕が住んでいた鬼ヶ崎の景色。