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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第一幕 居候猫と新たなる居候
5/28

1−5

『わぁ……』

 テーブルの上に並べられた料理を見て、マオが感嘆の声をあげた。

『すごぉーい、テレビみたいっ』

 テレビっ子のマオにとって、それは最大級の褒め言葉だ。

「あはは、ありがとう」

 料理人である京介がそれを受けて笑った。

「海鮮とほうれん草のジェノベーゼパスタに、ただのサラダだよ」

『でもすごぉい、あたし、コンビニのおにぎり以外見たの初めて!』

「……子どもにちゃんとした食事与えてない家庭みたいになるからやめろ」

 なんだか恥ずかしいじゃないか。事実だけど。

「まあ、この家、皿すらろくにねーんだもん、びびるよな」

「使わないし」

 っていうか、皿も買って来たのか。道理で見たことない皿だと思った。

「隆二、知ってるか。最近の百均って」

「ひゃっきん?」

「おおぅ、そこからから」

 露骨にバカにしたような言い方で、

「百円均一。店内の商品が全部百円なんだよ。あ、別途消費税かかるし、たまに百円じゃないものもあるんだけどな。あれ、罠だよなー」

『知ってる! テレビでみた! 色々な便利グッズが売っててね、それを何に使うか当てるので見た!』

 だからどれだけテレビっ子なんだ。

「このお皿も百均だ」

「……へー」

 見た感じ、普通に家にある他の皿に見える。

「最近は、すごいんだなぁー」

 呟くと、

『……隆二、そういうの、年寄りっぽいからやめた方がいいよ』

 マオに真顔で諭された。ほっといてくれ、実際年寄りなんだから。

 この場の平均年齢をぐぐっと下げている出来たてほやほやの幽霊少女は、うっとりした目でテーブルを眺めてから、

『ああっ、あたし、今までで一番幽霊なことを悔しいと思ったっ』

 両手で顔を覆って、盛大に嘆いた。もっと他に悔しがる場面なかったのだろうか、平和でいいけど。

 これで不味かったら大笑いだ。

 席に着くと、なんとなくぎこちない動作でフォークを手に取る。だって、久しぶりだし、コンビニおにぎり以外って。

『あ、いただきます言わなきゃ駄目よっ?』

 隣の椅子に腰掛けるようにして浮きながら、こっちをじっと見つめるマオにつっこまれた。

「……はい、いただきます」

 素直に両手を合わせて呟く。

 向かいで京介が楽しそうに笑ったのが、これまたむかつく。また尻に敷かれている、とか思っているんじゃないよな?

 ちょっとパスタを巻くのに苦労した後、口へ。咀嚼。

 わくわくしたようなマオの視線と、勝ち誇ったような京介の視線を感じる。ああ、癪に触る。

「……うまいよ」

 しぶしぶ答えた。

 今までの隆二の食生活には、あまりなじみのない味だが、嫌いじゃなかった。美味しいと思った。麺の固さも丁度いいし。なんだか悔しいけど。

 京介がにやりと笑った。

「だから言ったろ? 料理人してたって」

「あー、はいはい」

 なんか本当むかつく。別に料理作る能力なんて自分に必要だとは思わないけれども、それでも。

 隣でマオが尊敬の二文字を瞳に浮かべて京介を見ている。

『いいなぁー』

 食事を続ける二人を見て、頬を膨らませる。

『あたし、仲間外れー、お腹空いたー』

「それは嘘だな」

 さっき食べてきたばっかりだろう。

『むー』

 ますます不満そうな顔になった。

「マオちゃんって人の精気食べるんだっけー?」

「それも嬢ちゃんから聞いたのか?」

「うん」

 なんでもぺらぺら喋るな、あいつ。それでよくうちの住所を喋らなかったもんだ。

『そうだよー』

 言ってからマオは、ほんの少し身を引き、隆二の方に寄る。

「どうした?」

『……怒る?』

 うかがうように京介を見ながら尋ねる。

 ああ、それ、まだ気にしていたのか。でも多分、京介なら、

「なんでー?」

 あっけらかんと京介は答えた。予想どおりの言葉に、隆二は少し笑う。

 フォークを置き、マオの頭を撫でた。

「俺たちの誰も、マオのこと責めたりしないから」

「うんうん、英輔とか颯太とかに会うことがあっても、それ聞かなくていいよ。怒るわけないから」

『……本当?』

 上目遣いでおそるおそる聞いてくる彼女に笑う。

「同じ穴の狢、なんだろ?」

 いつだったかマオが言っていたことを言ってみると、小さく顎を引いた。

『んっ』

 だってみんな、化物なんだから。

 それは言わずに飲み込む。わざわざ改めてこんな場所で、ここにいる者の心を抉る必要はない。

「んー、じゃあさ、マオちゃん」

 京介は軽薄そうな笑みを浮かべて、

「次、お腹空いたら俺の精気あげようか?」

「何を言っているんだお前は」

 即、つっこんだ。

「なんだよー、やきもち?」

「バカか。不死者に精気なんつーもんが、あると思うのか」

 半分死んでいて半分生きていて、そしてそのどちらでもないのに。

「なにかあったらどうする」

「なんだ、マオちゃんが心配なんだ」

 そしてまた、にっこりと笑う。

「だからっ」

 それに思わず声をあらげて、

『え、違うの?』

 マオのちょっと不満そうな声に、勢いを失う。

「……いや、心配してないわけじゃなくて」

 なんで京介がそんないちいち勝ち誇った顔をするのかが気になるのだ。笑った顔の裏に、また心配しているんだ? という文字が見えるのは、穿ち過ぎだろうか。

『心配?』

 未だに隆二に近づいたままのマオが、顔を覗き込むようにして尋ねてくる。

「……ああ」

 仕方なしに頷く。心配しているかしてないかと言えばしているし。

 マオはそれを聞いて、ぱぁっと花開くように笑った。

『うん、だから、せっかくだけど駄目だねー、京介さん』

 やたらと嬉しそうに告げる。

「そっかー、残念だー」

 対して残念でもなさそうに京介が答えた。

『それに、隆二が止めなくても、京介さんが人間でも、いらなぁい』

「なんで?」

『だって、男の人ってまずいもの』

 当たり前のように告げる。そしてそのままの口調で、

『男の人は、隆二以外いらなぁい』

 爆弾を放った。

「マオっ」

 咄嗟に大きな声が出る。びくっとマオが体を強張らせて失態に気づく。

『え……、ごめんなさ……』

「あ、違う、怒ったわけじゃなくてだな」

 その発言自体はもう聞いたことがあるし、マオにとって自分が特別な存在であることは理解している。鳥の雛における、刷り込みに似たような感覚。社会でふれあった初めての存在で、親のようなものだということは。

『でも……』

「怒ってない。嫌なわけじゃない。だからそういう、泣きそうな顔するな」

 瞳を潤ませたマオの頭を撫でながら、左頬に突き刺さる視線にうんざりする。

 マオの発言それ自体は、なんの問題もない。如何せん、言った場所が悪かった。

 見なくてもわかる。にやにや笑った京介の顔が。

「へぇー」

 案の定、からかうような京介の声がする。

「仲いいんだねぇー」

 それを素直に受け取れない。

『……あたし、隆二のこと好きだもん、隆二は特別だもん』

 さすがのマオも、京介の言い方になにか思うところがあったのか、挑むようにして告げる。

 うん、気持ちは嬉しいが、あんまり今そういうこと言うな。そいつに言うな。

「隆二も満更でもなさそうだもんねー」

「まあ」

 曖昧に頷く。何言っても泥沼になりそうな気がする。

『隆二の、まあ、は割と好きなんだからっ』

 マオが威嚇するように吠えた。

「……まて、それはどういう」

『え、違うの』

 威嚇の表情を改めて、きょとんとした顔をする。

『だって、前、梅のおにぎり好き? テレビより本の方が好き? って聞いた時、まあ嫌いじゃないって言ったじゃん』

「……そうだっけ?」

 よく覚えているなぁ。こっちは、そんな会話をしたことすら覚えてないのに。

『でも、隆二、梅のおにぎりも、本も、好きでしょう?』

 頷く。

『だから隆二の、まあ、は割と好きの意味だよ』

 そうしてマオは屈託なく笑った。

「……そっか」

 なんとなくその笑みに気圧されて頷いた。そんなこと、考えたこともなかった。

「好きじゃなきゃ一緒に暮らさないもんな」

 黙って見ていた京介が口を挟む。

『そうでしょう?』

 今度はマオが勝ち誇ったような顔をする。

『羨ましいでしょ』

 何がだ。

 京介は一度目を細め、小さくなにかを呟いた。それから、

「さて、それはともかく、食事を再開しよう」

『本当、はやく食べないともったいないもんね!』

 京介の言葉にマオも従う。そっと隆二から距離をとり、隣の席に座った。

 京介が食事の続きを始めて、

「おまえも喰えよ」

 黙って見ていた隆二を促す。隆二も再びフォークを手に取った。

 マオと京介が二言三言楽しそうに会話する。

 さっき、京介が呟いた言葉。

「繰り返すなよ」

 そう、聞こえた。それは気のせいだったのかもしれない。被害妄想かもしれない。

 それでも、

「余計なお世話だ」


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