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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第五章 猫叱るより猫を囲え
28/28

6−3

「なら、俺と一緒に居る?」

 真面目な顔で京介に言われて、マオは面食らった。

『へ?』

「隆二と一緒に居られないなら。俺と一緒に居る?」

 言われた言葉をゆっくりと吟味する。

 確かに京介はマオのことが見えて、マオに触れる。隆二と同じだ。それに、隆二より優しいし、隆二と違って外で話しかけても怒らないし、疑心暗鬼ミチコのことも詳しいから話していて楽しい。

 だけど、

『……でも、隆二じゃなきゃ嫌だ』

 いつも冷たくて話しかけてもあんまり構ってくれないし、ましてや外で話しかけると無視するし、すぐにバカにしてくるけど、

『隆二の方がいい』

 違う。

『隆二じゃなきゃ、意味がない』

「……だよね」

 京介は困ったように笑い、マオの頭を軽く撫でた。

「そうかなとは思ったけど」

『ごめんなさい』

 せっかく、優しくしてくれたのに。

「ううん。マオちゃんが隆二のこと好きなのは、知ってるから」

『うん』

 そうだ。マオにとって隆二は特別なのだ。特別に大切な人で、ずっと一緒に居たい。隆二じゃなきゃ駄目だから、一緒に居られないかもしれないことが、こんなにも悲しい。

『……帰りたいな』

 居候猫でいいから、またあの家に置いていて欲しい。

 目を閉じる。感情がぐるぐると回っていて気持ち悪い。さっきみたいな顔をマオに向けてくれなくてもいい。構ってくれなくてもいい。本当はもうちょっと構って欲しいけど。でも、構ってくれなくてもいい。困らせないように頑張る。だから、また、一緒に暮らしたい。

 ぐるぐる回った感情と一緒に、気づいたら眠ってしまっていたらしい。目を開けると、空が見えた。それから、

「おはよ」

 つまらなさそうに呟く隆二の顔。

 よく見たら、膝枕されていた。

『ふぇっ』

 奇声をあげて飛び起きた。



 勢い良く飛び起き、距離をとる居候猫を見て、少し胸が痛んだ。そんな怯えんでも。

『りゅ、りゅ、隆二?』

 声が裏返っている。

『な、なんで。あれ、京介さんは?』

 事態が理解できないとでも言いたげに、きょろきょろ視線をさまよわす。

「帰った」

『え、あ、そうなの?』

「とりあえず、落ち着け」

 言って隣を指さすと、マオは恐る恐る隣に腰掛けた。いつもより、隆二との距離があいている。

『隆二。……あの人は?』

「いったよ」

 できるだけ何事もないように答える。

『え?』

「成仏ってやつ」

『え、だって、一緒に居無くていいの?』

「幽霊は成仏した方が良いだろう」

 言って、マオを見て少しだけ笑う。

「お前は違うけど。マオは、俺と同じだろ?」

『……そう、同じ穴の狢なの』

 少しの沈黙のあと、マオがそう呟いた。

「心配しなくても、マオのこと放り出したりしないよ」

 軽く手の甲で頭を叩くと、

『なっ、なんか、京介さんから、聞いたのっ!』

 真っ赤になって慌て出した。ああ、秘密にしておいて欲しいことだったのか。

「いや、別に。心配してんのかなーと思って」

『してないしっ! 別に平気だし!』

 体の横で握りこぶしを作って叫ぶ。叫んでから、

『……ちょっと寂しかっただけだし』

 小声で付け足した。それに少し笑みがこぼれる。

『なんで笑うのっ』

 見咎められた。

「別に」

 言いながら頭を撫でる。マオは小さくなんか言っていたものの、手をふり払ったりしなかった。

「マオ」

『ん?』

「今日は、ついて来てくれてありがとな」

『……ん』

 マオが小さく頷く。

「おかげですっきりした」

『……それはよかった』

 マオの返答は、まだちょっとひねくれたような言い方だったが、顔は少し笑っていたからきっともう平気だろう。拗ねたフリをしているけれども、隠し事の出来ない彼女のことだ。少し笑っているその顔が、今の心境の正解だ。

「……なあ、マオ、一つだけ、聞いてもいいか?」

 撫でていた手を離して尋ねる。

『な、なに。あたし別に泣きわめいたりしてないからねっ』

 聞いてないのにあっさり自白する。ほら、嘘がつけない。

「泣きわめいた?」

 ちょっとからかってみると、

『例えばの話ですっ!』

 怒鳴られた。

 茜に言った、可愛いし見ていて飽きないというのは本当だ。茜も対外感情が顔に出るタイプだったが、その比ではない。感情が顔に駄々漏れで、隆二には予測不可能なことばかりする。マオが来てから、毎日が本当に刺激的で楽しい。

 でも今は、からかって遊んでいる場合じゃない。

「まあ、マオが泣きわめいたかどうかはともかく」

『泣いてないからっ!』

「マオは、俺の過去の名前、気にならないのか?」

 いつか、京介が来た日にした会話を思い出しながら問いかける。

 泣いてないっと怒鳴った顔のまま、次の抗議のため身構えていたマオは、投げかけられた質問が理解出来なかったのか、きょとんっとした顔をした。

『へ?』

「だから、名前。京介が来た時に話しただろう。神山隆二になったきっかけ」

 マオは少し考えるような沈黙の後、

『ならないよぉ?』

 当然のような顔をして笑った。

『だって隆二は隆二だもん。あたしにとって隆二は出会った時から隆二で、今でも隆二だもん』

 それからちょっと眉をひそめて、

『……隆二にとっても、あたしはマオだよね?』

 伺うように尋ねてくる。その意味をしばらく考えて、

「ああ。マオはマオだよ」

 一つ頷いた。G016なんていう番号は知らない。マオはマオだ。きっと、そういうことだろう。

 マオは満足そうに一つ頷き、

『ん! だから隆二も隆二!』

 そう、断言する。

「……うん、ありがとう」

 酷い質問だと、思わなくもない。ここに京介がいたら、罵倒されたことだろう。だけど、これからもマオといるためには必要な質問だと思った。マオと一緒にいても、茜との約束を破らないと、今度こそ破らないという確信が欲しかった。

『あたしは隆二と居られればそれでいいの』

 機嫌を直したのか、自分の中でなにか折り合いをつけたのか、マオはいつもより少し広くとっていた距離をつめ、隆二に抱きついた。

 それを素直に受け止め、隆二はマオに笑いかけた。

「帰ろう、うちに」

 茜への罪の意識が完全になくなったとは言えない。でも軽くなった今なら、以前よりも素直に帰ろうと言える。今なら、マオとちゃんと向き合える。マオと二人の暮らしを、ちゃんと考えていける。

「そうしてまた、あの赤いソファーに座って、二人でだらだらとテレビでも見よう」

 あの赤いソファーは、やっぱり一人には大き過ぎるから。

 マオはぱぁっと満面の笑みを浮かべると、

『うんっ』

 大きく頷いた。


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