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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第四幕 逃走猫の帰巣本能
23/28

5−3

 久方ぶりに降り立った駅前は、当時の面影を残しているような、全然違うような、不思議な印象を与えた。露骨な高い建物等はないが、前よりは少し活気づいている気がする。

 駅前にある花屋で、小さな花束を買った。それを見ていた京介が、

「じゃあ、俺はこの辺りで適当に時間潰してるよ」

『あれ、京介さん、一緒に行かないの?』

「うん、遠慮しとく。終わったら適当に探して」

 気をつけてね、と笑って京介は片手を振った。

「……ありがとう」

 ああ、なんだ。変な野次馬根性とか、おせっかいとかじゃなくて、本当に心配して一緒に来てくれたのか。それに気づき、小さく頭を下げた。

「暇だしね」

 京介はのんびりとそう言うと、どこかに向かって歩き出した。

「……じゃあ、行こうか」

 その背中から目を離し、宣言する。気合いを入れる。

『うん』

 まだ背中にくっついたままだったマオが頷いた。


 記憶を頼りに歩いてく。周りにあるものが変わっても、長い時間が経とうとも、ここでの生活は脳内にしっかり焼き付かれている。道はすぐにわかった。

「そういえば、墓の場所、わかんないな」

 記憶の中に寺はあるが、そこかはわからない。もし仮に一条家の方で弔ったのだとしたら、この辺りではないのかもしれない。

『ありゃ、困ったねー。誰かに聞くとか?』

 なんて言って聞けば良いんだよ。不審過ぎるだろ。

「まあ、とりあえず家の辺りまで行って、そこから考えてもいいか」

 大事なのは茜に謝るということ。この土地で、茜に謝るということだから。どこか二人に関係する場所で謝れればそれでも。

 そんなことを思っていると、土手にさしかかる。あの日、初めて茜に出会った場所。

 いくらか整備されて綺麗になっているそこに、目を細める。

『あー、これが噂の土手?』

「ああ」

 マオの言葉に頷き、

「……あ」

 川縁で佇む人影に、視線が固定される。思わず足が止まり、

『りゅーじ?』

 不思議そうなマオが名前を呼ぶ。

『どーしたの?』

 隆二の背中から離れ、マオが顔を覗き込んでくる。

 だけど、人影から視線がそらせない。

 肩より少し長い綺麗な黒髪、線の細いシルエット。見覚えのある柄の、着物。

『んー?』

 マオも隆二の視線を追うように振り返った。

 あれは。あの人影は。まさか、まさか、まさか。

『……幽霊?』

 マオが怪訝そうに呟く。

 人影がこちらに気づいたのか、ゆっくりと振り返る。

「あか、ね?」

 小さく小さく呟く。

 振り返った人影は、一瞬少し驚いたような顔をして、それから柔らかく微笑んだ。そして、

『お帰りなさい、隆二』

 ぱさり、

 手から力が抜け、花束が地面に落ちてばらける。

 気づいたときには駆け出して、駆け寄って、茜の腕をつかんで、抱きしめていた。

「ごめん」

 腕の中にとじこめた、彼女に向かって謝罪する。

「遅くなって、本当に、ごめん。茜、ごめん」

 髪を撫で、腕に力を加えてもなんの感触もしないことに失望する。こんなになるまで待たせてしまった。

『違うでしょ、隆二』

 たしめるように言われる。昔と変わらない声色なのに、耳以外の感覚器官で届く声に泣きそうになる。肉声じゃ、ない。

『ごめん、じゃないでしょう?』

「……待っていてくれて、ありがとう」

 幽霊になってまで、長い間待っていてくれて。

『約束したじゃない』

 茜は少し背伸びして、隆二の耳元で囁いた。

『おかえり』

「ただいま」

 遅くなって、本当に、ごめん。

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