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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第三幕 彼女が拾った猫との生活
17/28

4−7

 二人の関係が変わったのだとしたら、この日がきっかけだったのだろう。この日を境に、隆二の中でこの家から出て行くという選択肢が消えた。ふれあうことに躊躇いがなくなり、かける言葉に暖かみが増した。

 今思い出しても、この時が一番幸せだった時間だ。二人でのんびりと暮らす。ただ、それだけがとても幸せだった時間。

 だけど、それが永遠に続くわけではなかったし、そんなこと心のどこかではわかっていた。気づかされたきっかけは、なんでもない一日に紛れていた。

 その日も、いつもの規則正しい生活を送っていた。認識してしまうと恥ずかしいことだが、隆二も今やその何気ない規則正しい毎日を楽しいと思っていた。同じように見えて違う。はっきり言ってしまうと、毎日茜の言うことややることは違っていて、それを見ているのがとても楽しかった。

 だからその日も、いつもとは違う部分があった。同じではなかった。

「りゅーじにーちゃん、あーそーぼー」

 土手を散歩中、子ども達に声をかけられた。

「ああ、太郎たちか」

 最初隆二が助けたその少年は、今ではすっかり懐いていた。とはいえ隆二の返答は、

「やだよ」

「ええっ、ケチー」

「ちょっとぐらい、いいじゃない」

 呆れたように茜がなだめる。ここまでがいつもお決まりの会話だった。

「仕方ないなー、ちょっとだけだぞ」

 とか言いながら、缶蹴りに参加する隆二が、気づいたら大人げなく熱中しているのも、いつものことだった。茜はいつもそれを少し離れたところに座り、微笑んで眺めていた。

 ここまではいつものこと。

 違うのは、遊んでいる最中に聞こえた小さな小さなうめき声と、何かの倒れるような音。

 嫌な予感がして振り返る。

「っ、茜!」

 胸の辺りをおさえて、茜が身を丸めていた。

 慌てて駆け寄り、体を支える。苦しそうに歪められた顔。子ども達もそれに気づくと集まって来た。

「発作だ」

 と言ったのは、どの子どもだったか。

「発作?」

「茜ねーちゃん、心臓弱いって先生が」

「薬は? 持ってないの?」

 茜の右手には小さな箱が握られていた。

「飲んだ、から、へいき」

 小さなかすれるような声。どこが平気だと言うのか。

 一条家は体が弱くて、葵も茜も。だから、先生のところに定期的に通っているのは、ただの世間話ではなかったのか。そもそも最初から主治医と言っていたじゃないか。今更ながらにそんなことに気づいた。自分の迂闊さを呪う。

 真っ白い顔。

「少し、我慢しろ」

 その頬を軽く撫で、そっと抱え上げた。

「隆二兄ちゃん、どうするの?」

「先生んとこ」

 端的に答えると、持ち前の人並みはずれた身体能力で、あっという間に土手からその姿を消した。

「……はえー」

 残された子どもが、小さく呟いた。

 こんなに目立つことをして、化け物だということがバレて、村から居られなくなるんじゃないか。いつもなら思うことも、そのときは思わなかった。それどころじゃなかった。茜が茜を茜の。茜のことが心配だった。どうにかして助けて欲しかった。

 一人、残されたくなかった。


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