4−5
「茜様」
名前を呼ばれたのは、家が見えたころだった。茜が慌てたように隆二の手を離す。その手をほんの少し、名残惜しいと思った。
「どこにお出かけですか?」
黒い服を着た、老人が立っていた。どこかで見たことがある姿に隆二は眉をひそめ、
「あ、車の……」
思い当たった顔に小さく呟く。
茜に出会った時。あの時轢かれた車の運転手がこの老人だった。そういえば、茜の身内だと言っていたか。
「そちらは?」
老人が隆二を見て尋ねてくる。
「一条には、関係ありません」
震える声で茜が答える。
「茜様。仮にも一条の人間がこんなどこの馬の骨ともわからぬ人間と一緒にいるとはどういうことですか」
ゴミを見るような視線を向けられ、隆二は小さく笑う。
「何がおかしいのです?」
「何もおかしくない」
咎めるような老人の言葉に、笑ったまま答えた。
「俺がどこの馬の骨ともわからないのも、ゴミみたいなのも事実だから。それをわざわざ指摘することに、おかしなところは何もない」
ただ露骨な敵意を向けられることが、おかしかっただけだ。先ほどの死神に比べれば、何も怖くないし不愉快になることもない。寧ろ、かわいいとさえ、思う。
「隆二っ」
だけれども茜は違うようだった。蒼白の顔で悲鳴のように隆二の名前を呼ぶ。
「……すまん」
必死の顔に、思わず謝る。遊んで悪かった。
「一条に、迷惑がかかることをしたつもりは、ありません。第一、葵がいるならば、私は要らないはずです」
真っ白な手を握りしめて茜が答える。老人は軽く眉をあげ、
「立場はわかっていると、そうおっしゃるのですね?」
「……はい」
小さな声で茜が頷く。
「結構」
老人は満足そうに頷いた。
「くれぐれも、一条家の名を汚さぬように」
駄目押しのようにそう告げると、老人は立ち去った。
「……なんだ、あれ」
隆二が小さく呟く。
茜が崩れ落ちるように座り込んだ。
「茜っ」
慌てて近寄ると、
「隆二っ」
すがりつくように両手を掴まれる。
「あれが、あれが私の死神なの。……私が黙っていたこと、聞いてくれる?」
先ほどよりも白い顔で、震える声で、濡れた瞳で問われた言葉に、
「……ああ」
ゆっくり頷いた。お互いがお互いの死神にここで出くわすとは、思わなかった。




