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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第三幕 彼女が拾った猫との生活
14/28

4−4

 いつもどおりの散歩道、件の土手に現れたのが一人目の死神だった。視線の先にその姿を見つけて、隆二は思わず足を止めた。

「どうしたの?」

 数歩先で、茜が不思議そうな顔をして振り返る。

 赤い着物、長い黒い髪を束ねることなく、風になびかせている。見たことがある。逃げ出そうとしたあの時、最後まで阻止しようと尽力を尽くしていた少女だ。ああ、もう、少女ではないのかもしれない。そんなことはどうでもいい。<kbr<逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ。

 ぐちゃぐちゃになった思考回路から、慌てて今すべきことを引っ張り出す。

「隆二? ねぇ、本当にどうしたの? 真っ青だけど」

 茜が心配そうに眉をひそめて近づいてくる。それに合わせるように、二、三歩後ずさる。

「……隆二?」

 茜が少し傷ついたような顔をした。

「違う、そうじゃなくて」

 思わず言い訳がこぼれ落ちる。茜を避けようとしたわけじゃなくて。言い訳なんてしてどうする。もうここには居られない。逃げなくちゃ。

「だけどごめん」

 世話になったのに。いきなりこんな風に消えようとして。早口で言い切ると、きびすを返す。

「隆二っ」

 茜の慌てたような声が背中にかかり、

「U078」

 遠くから、だけどはっきりと聞こえた声に足が止まった。

「逃げても無駄ですよ」

 冷たい声。足が縛り付けられる。動けない。

「……ゆうぜろななはち?」

 茜が小さく呟く。

 ああ、茜はそれを口にしないでくれ。せめてただの、ただの化け物だと思っていてくれ。

「U078?」

 たしなめるような声色で呼ばれて、ゆっくりと振り返る。

 心配そうな顔をした茜の後ろに、死神がたっていた。

「ごきげんよう。ご無沙汰ですね。随分と楽しそうな暮らしをしていらっしゃるようで」

 死神は淡々と、顔色一つ変えず続ける。嫌味のような言葉だが、恐らくただ事実を評価しただけだろう。この死神が、嫌味なんてそんな人間味のあふれることを言うわけがない。

 死神と隆二の顔を見比べ、茜は少し隆二に近づいた。そしてそっと隆二の右手をとる。慈しむように手を握られる。思わず、それに縋り付くように力をいれた。

 死神はその光景を見ても顔色を変えることはなく、

「勘違いしないでください。貴方を連れ戻しにきたわけじゃありません」

「え?」

 少し、高い声が出る。もしかして、もう許してくれるのか。もう諦めてくれるのか。もう飼われることはないのか。

 一瞬浮かんだそんな希望は、あっさりと斬り捨てられた。

「私たちはもう貴方達を兵器としては必要とはしていません。そこで選んでいただきたい。ここで、証拠隠滅のためにおとなしく消え去るか、または必要に応じて我々の力になるかを」

 死神が告げる。

「……必要と、していない」

 小さく呟くと、死神が頷いた。

 ああそうか、もう兵器としてもお払い箱なのか。それでも、化け物としては利用価値があるから、利用出来るならば残しておこう?

「……消滅か、隷属か」

 かすれた声が漏れる。

 また、隷属? 逃げて来たのに? また?

「……もう、疲れた」

 思わず口からこぼれ落ちた言葉に、自分自身で驚いた。ああ、そうか。もう疲れたのか、自分は。化け物として今後も生きていくことに。それならば、もう、ここで終わらせてもらった方が楽なのかもしれない。だって自分は化け物だから。このまま一生、永遠という一生を人間との間に線をひかれて、それを踏み越えることを許されずに、失った人間としての日々を指をくわえて見ていくぐらいならば、

「俺は、もう……」

「隆二っ」

 強い声で名前を呼ばれ、右手を引かれた。

 はっと我にかえる。

 茜がこちらを睨むようにして見ていた。

「ゆうぜろななはち? そんなもの知らない。貴方は、神山隆二よ」

 力強く茜が断言する。聡い彼女は、全てはわからなくても隆二が選ぼうとしている道を察し、咎めた。

「……俺は、化け物だ」

「だからなに? もうそんなこと、今更気にしない。あなたが優しい人だってこと、知っている」

 意思の強い瞳。だけど、隆二を掴んだ手は小刻みに震えている。

 それを大切だなんて、思わなければよかったのに。

 でも、思ってしまった。認識してしまった。この震える手を持つ少女を、神山隆二は大切だと思っている。ここでの生活を続けたいと思っている。彼女を悲しませたくないと、そう思っている。

「……わかった」

 吐息と共に言葉を吐き出すと、死神に向き直る。

「あんたらの言うことを聞く。だから、ここに居させてくれ」

 そう答えた。

「そうですか」

 死神は頷いた。

「では、なにかあったらまた来ます。逃げても無駄ですから」

 淡々とそれだけいい、すぐにその姿を消した。最後まで、表情をかえることなく。

「……いっ」

 死神の姿が消えて、茜が小さく悲鳴のように言葉を漏らすと、へなへなとその場に座り込んだ。慌ててそれを支えた。

「いまのは?」

「……死神だよ」

 答えながらも隆二の足からも力が抜ける。

 仕方なくそのまま、二人して土手の草むらに腰を下ろした。

「死神?」

「俺にとっては」

「……そう」

 怖い人ね、と小さく茜は呟いた。

 右手は茜の手を握ったままだった。離すのが躊躇われ、そのままにしておく。茜から手をふり払う気配もなかった。

「……俺さ」

「うん」

 川の流れを見ながら、口を開いた。

「元々は人間だったんだ」

「……え?」

「元々化け物として生まれたわけじゃなくて。もう、どれぐらい前かな……。覚えてないけど、人間として生まれて、家に金なくて、俺体弱かったし、売られた。それとも、俺、自分で行くって言ったんだっけな。親と俺、どっちが先に言い出したんだっけ。もう覚えてないや」

 とりとめも無くこぼれ落ちる言葉を、茜は黙って聞いてくれた。

「売られたのが、さっきの死神がいる変な研究施設で。戦のための兵器を作るとか言って、色々な子ども集めてて。すぐにはなにもされなかったけど。だけど、そのうち実験はじめて。なにがどうなったのかわからないけど、俺は成功したんだ。成功したから、化け物になった。人より優れた身体能力と、死なない体を持った化け物になった」

 隣が怖くて顔が動かせない。茜は今、どんな顔をしているのだろう。だけど、一度溢れた言葉はとめられない。

「U078は、俺の実験体としての番号で。ずっと、そうやって呼ばれてた。あそこでは。殆どの実験が失敗して、成功したのは俺を入れて四人。四人で相談して、逃げた。研究所から。怖かったから。このまま兵器として扱われることが」

「……兵器は生き物ではないから?」

 隣から小さい声。

「え?」

 思わず隣を見ると、茜が少し心配そうに眉をひそめて、首を傾げてこちらを見ていた。

「化け物は生き物だけど、兵器は生き物ではないから? 兵器だったことが嫌で、ずっと隠していた?」

「……ああ、そうかもしれない」

 確かに、化け物だと暴露することは簡単にできたが、兵器だったことはできれば言いたくなかった。

「尊厳もなにもなく、ただ物として扱われるのが怖かったんだな。自分が消えてしまうようで」

「さっきの人、隆二を道具としてしか見てなかった」

 ぐっと手に力がこめられる。

「そんな人には、隆二は渡さない」

 思いがけない言葉に、間抜けにも口をあけて茜を見つめる。今、なんと言った?

「逃げて、ここまで来たの?」

 そんな隆二に気づくことなく、茜が問いかけてくる。

「あ、ああ」

「そう。……ならずっとここにいればいい」

 まっすぐに茜が目を見てくる。

「隆二がなんだって関係ない。人間でも化け物でも兵器でも、隆二は隆二だから」

 意思の強い瞳に見つめられて、

「……うん、ありがとう」

 素直に小さく隆二は頷いた。

 人間として生活していくことが出来なくても、化け物としてでもここで生活できるのかもしれない。

「帰りましょう」

 茜が微笑んで立ち上がる。握ったままの手を軽く引かれる。その手に掴まるようにして隆二も立ち上がった。

 特に会話もないまま、帰路につく。けれども繋いだ手はそのままだった。

 会話がないその空気も、悪いものではないと、寧ろ心地よいと隆二は思った。思っていた。


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