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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第三幕 彼女が拾った猫との生活
12/28

4−2

「茜」

 土手から移された小さな診療所。そこで、初老の医師が渋い顔をして呟いた。

「拾うのは頼むから猫だけにしておいてくれ」

「俺は猫以下かよ」

 診療台の上でぐるぐると巻かれた包帯を気にしながら、隆二はつまらなさそうに呟いた。

「そんなこと言われても……。放っておけないじゃないですか」

「いや、確かに人助けは英断で尊いことだが、しかし」

「人助け、ね」

 思わず鼻で笑いながらそう言うと、

「何が面白いんだ、お前は」

 先生とやらに睨まれた。

「いや、別に。すごいな、あんた」

「おい、」

 先生が苛立ったように隆二の胸倉を掴む。歳の割に力強いなぁ、なんて思いながらそれを目を細めて見つめた。

「先生!」

 茜の悲鳴を無視して、先生は吐き出すように低く呟いた。

「お前は、一体、何なんだ?」

「俺が一番知りたいね」

 誰か教えてくれないだろうか。それは隆二としてみれば真摯な答えだったのだが、おちょくられたと感じたのだろう。先生は顔をゆがめると、隆二を診察台にたたきつけるようにして手を離す。

「先生! 怪我人に対してそれは……」

 茜が先生と隆二の間に割って入る。

 ああ、純粋で腹が立つ。

「ぴーぴー騒いでんじゃねえよ」

 隆二の言葉に振り返った彼女は、裏切られたとでもいうような顔をしていた。せっかく助けてあげたのに?

「放っておけばこんな怪我治る」

「治るわけないでしょう!」

「耳元で騒ぐな、ガキが」

 虫を払うように右手を振ると、

「一度しか言わないからちゃんと聞けよ? 俺は人間じゃない。よって死なない。怪我しても放っておけば治る」


 早口で言い放った。

 茜があまりに間抜けな顔をしているので、皮肉っぽく唇をゆがむ。育ちのよさそうなお嬢様には、わからなかっただろうか。


「もう少し端的に言うならば、化け物ということだ」

 先生が舌打ちするのが聞こえた。

「とんだ拾いものだな、茜」

 茜が未だにぽかんと口を開けたままなので、仕方なしに溜息をつきながら、隆二は右手に巻かれていた包帯をはずした。赤く染まったガーゼがひらりと床に落ちる。その下にあるはずの、さっきまで血を流していた傷口は、綺麗さっぱりなくなっている

「わかったろう?」

隆二は体を起こし、茜の目を覗き込むと、聞き分けのない子どもに聞かせるような口調で呟いた。

「放っておけば、治るんだ」

「普通の」

 先生が口を開き、茜がそちらに視線を向けた。

「普通の人間だったら、死んでいてもおかしくない傷で、出血量だった」

 先生がぼそりと呟く。

「そりゃぁ、驚くよな、先生。前に見つかった医者は、悲鳴をあげて卒倒したぜ?」

 思い出して、けらけらと笑う。空しくなってすぐにやめたけど。

「驚いたろ、嬢ちゃん。悪いな。先生も」

 言いながら、足の包帯を外す。その包帯も、既に用をなしてなかった。

「先生が怖がらずに、適切に処置してくれたおかげで治りが早い。感謝する。二、三日は動けないと思っていたが、これならば明日にはなんとかなるだろう」

 きちんと正座し、頭を下げる。

「一晩でいい、泊めてほしい」

そして、ゆっくりと顔を上げると、肩をすくめて唇をゆがめた。

「勿論、こんな化け物にいつまでもいられては困るというならば、追い出してくれて構わないが」

 先生が一歩踏み出した。茜の頭を撫でるようにして、少し後ろにおす。

「この子に聞いてくれ。あんたを助けたのはこの子だ」

 そういいながらも先生はもう一歩、茜と隆二の間に体をさしこんだ。庇うように。

「そうだな、嬢ちゃんに聞いてみないとな」

 そういって唇の片端だけをあげる。どうせ嫌がられるだろうけれども。そう思っていると、

「……茜」

 少しの躊躇いのあと、彼女はそう言った。

「私の名前は、嬢ちゃんではなく、茜、です。あなたのお名前は?」

 茜は少し震えながらも、一歩前に出て来た。先生が一歩横にずれた。

「……神山隆二」

 少し躊躇ったあと、答えた。

「神山さん、ですね」

 茜がにっこりと笑う。どこか強張った顔で、それでも出来るだけ笑おうとしているのが伝わってくる。剛胆なのか、繊細なのか。

「此処をでて、何処か行くところがあるんですか?」

「居場所なんてどこにだって……」

「もし、ないのでしたら」

 言葉は遮られ、早口で被せられた。

「しばらくうちで暮らしませんか? 部屋なら余っていますから」

「……はい?」

 今度はこちらがぽかんと間抜けな顔をする羽目になった。この娘は何を言っているのか。

 先生が小さく

「茜」

 と呟いた。しかし、それは嗜めるというよりも、諦めに似た感じだった。諦めるなよ。

 なんだっていうんだ、どいつもこいつも。

「あんた、俺が怖くないのか?」

 眉間に皺を寄せて問いかけても、茜はただ笑うだけだった。

 沈黙。

 茜は小さく微笑んでいた。その斜め後ろで先生が隆二を睨んでいる。隆二は眉根を寄せたまま、それを見ていた。

 ふぅっと誰かが息を吐く音が、やけに大きく響く。

「……あんた、馬鹿か?」

 それを合図に、半ば吐き棄てるように言った。

「俺の話を聞いていたか? 俺は人間じゃなくて、化け物だ。こんな大怪我を負ってもいきている。そんな人間を傍に置いておくことが、どんなことかわかっているのか?」

「貴方がもしも悪い人なのでしたら、私も先生も殺しているんじゃありませんか?」

「あんた、顔に似合わず、えぐいな」

 先ほどとは違う意味合いで、渋い顔をする。

「確かに、正体がばれたら困るんだよ。迫害されるならまだしも、見世物小屋を呼ばれた日にはどうしたらいいものかと」

 面倒なことになりかけたことを思い出す。逃げ出せてよかったが。

「だけど、まぁ、あんたたちはそんなことしないだろうし。別に、されてもいいけど」

 肩をすくめる。

「正体がばれたからって、ほいほい殺してたらまずいんだよ。変死体が見つかったり、行方不明者がでたりしたら、そっちの方があいつらに見つかるかもしれない」

「あいつら?」

 苦々しく吐き出された言葉に、小さく問い返される。

 余計なことを口走った。舌打ちすると、

「関係ない」

 それだけ吐き棄てた。

「そんなこと言って、怪我が治るまで油断させてるだけじゃないか?」

 茜の後ろで先生が呟いた。茜が振り返って先生を睨む。

「そう思うなら、俺を放り出せばいいだろう? わざわざ戻ってきてまで殺すような、酔狂な人間じゃないさ」

 そこまで言っておかしな表現をしたことに気づく。

「ああ、人間じゃないけど」

 付け足して笑った。

「神山さんは、」

 隆二の表情に一瞬眉をあげたものの、茜が微笑みながら尋ねてくる。

「どうして、怪我をなさったのですか?」

 言われた瞬間、動きが止まった。目を見開いて茜を凝視する。この小娘、何を訊いてきた? 嫌なこと言いやがって。

「痛いところをつかれた、って顔だな。人でも殺したか?」

「先生。私に任せてくださったのではないのですか?」

 茜が咎めるようにそう言った。先生は驚をつかれたような顔をして、それから渋々と、

「まぁ、そうだが」

 それだけ言う。

 隆二は、それをほんの少し意外に思いながら見ていた。意外とこの小娘は、強いのかもしれない、芯が。

「どうなさったんですか?」

 芯の強い小娘は、隆二に向き直ると微笑んだ。その話はもう忘れてくれてよかったのに。

 それでも黙っている訳にはいかなくて、我ながらひどく不愉快そうな顔をして、

「笑うなよ」

 と、一言前置きをした。

 茜が小首を傾げる。

「車に轢かれそうになったがきを助けるつもりが、失敗した」

「……はい?」

 全く、想定していなかった答えだ、と言わんばかりに、茜は傾げいてた首を、更に傾けた。

 先生も茜と同じような顔をしている。

「貴方は」

 しばらくの間のあと、ようやく事態を理解したらしい茜が、傾げていた首を元に戻し、笑んだ。

「優しい方ですね」

「格好悪いだろう」

「何がです? 人助けは立派な……」

「人の何十倍もの身体能力を持っているくせに、車なんぞに轢かれて」

 くすり、と茜が笑った。

「笑うなと言っただろうが」

 舌打ちした。だから言いたくなかったんだ。

「ふ、」

 何か、空気が漏れるような音がして、

「あはははは」

 一拍置いて、先生が豪快に笑い出した。

「……てめぇもかよ」

 耐えられなくなって二人から視線を逸らす。

「おま、それ、」

「先生、何が言いたいのか解りかねます」

 先生は言葉にするのを諦めたらしく、思う存分大笑いしてから、はぁっと深呼吸も含めた呼吸をする。

「気に入った」

 息を整え、開口一番にそういう。ぽん、っとひざをはたいた。

「実はな、さっき小僧が来たんだよ。車に轢かれそうになった、ってな」

 ちょっと待て、何を言っている? 慌てて隆二は視線を先生に戻す。

「怪我はないのか? と尋ねたら、僕はないという。だが、知らない男の人が大怪我していた、と」

 なるほど、そういうことか。片膝を立て、そこに頬杖をついた。とんだ狸だ。

「頭から血をだらだら流しながら、涼しい顔で大丈夫か? なんて聞いてきたとかいうから、半信半疑でな。丁度、その子の親が通りかかったらその子を返して、でもとりあえず、どうにかしなくてはな、と思ったときに、茜がやってきた」

「ちょっと待って、それじゃあ、先生、最初から知っていらっしゃったのですか?」

「この小僧が」

「いや、爺さんよりは長生きしてるぜ、俺」

「その割には人間が出来ていない、青二才じゃないか」

 青二才呼ばわりしやがって。小さく舌打ちする。

「この、神山隆二と名乗るやつが、もしかしたら助けてくれた男なのかもしれない、とは思ったな」

「でしたら、なんであんな侮辱するようなことを!」

「だがな、治療しようとして、生き物として何かがおかしいことはわかった。何を考えているかわからない。助けたのとは別の男かもしれない。助けたのにはなにか策略があったのかもしれない。疑いだしたらきりがない。とりあえず、かまをかけてみた」

 そういって豪快に笑う。

「呆れた……」

 茜が悔しそうに少しだけ唇を尖らせた。

「とんだ狸爺だな、あんた」

 先生は何も言わずに、一度にかっと笑った。

「まぁ、面白そうだし、茜に害を加えないのならば」

「だから、加えないって」

「今日だけといわず、暫くいていいぞ。面白そうだから」

「一言余計だな」

 ため息をつく。なんでこう、変人なんだ、こいつら。化け物だからってひかないどころが、受け入れるなんて。期待、してしまうじゃないか。

「まぁ、あれだな。俺が助けたがきが少しでも俺のことを気にしていてくれたのは、少しばかり有難いな。助けたのに礼儀のなっていないがきだと思ったから」

 なんとなく、救われた気分になる。

 さっきからなにを考えているんだろう。救いなんて、きっともうないんだ。人間じゃないんだから。

 思いを断ち切るために、思考を強引に別の方向へ持って行く。

「こんな小さな村に車が走っていることが、俺には不思議だがな」

 見かけることは多くなったものの、もっと都会で見かけるものな気がしていた。

「あの」

 おそるおそるといった風にかけられた声に首を傾げる。

「その、車は、真っ黒なものでしたか?」

「ん? ああ、洒落た服着た爺さんが運転してた」

「神山さん、それ、私の身内です。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 茜が深々と頭を下げる。予想外の態度に少しだけたじろいだ。

「いや、別にいいんだが……。ひょっとして、あんたいいとこのお嬢様ってやつか?」

 育ちは良さそうな気がしていたが、もっと上流階級か。でも上流階級のお嬢様が、なんだってあんなところを一人で散歩してたんだ?

「お嬢様じゃありません、茜ですっ」

 少し荒げられた声に、ちょっと驚いた。

「……私はただのこの村に住む娘です。それだけ、です」

 茜は落ち着いた声で言い直す。

「ふーん」

 納得しかねるな、と思わず呟いた。

「お互い様でしょうに。貴方も」

「隆二」

 にやり、と笑う。そちらがそのつもりならば、こちらだってそれに習おう。

「人には名前を訂正させておいて、自分は貴方呼ばわりか? 茜」

「……隆二も、全てを話したわけではないでしょう?」

 意外にも彼女の方も呼び捨てにしてきた。なるほど、ただのお嬢様ではないようだ。

「手の内を明かすのならば、お先にどうぞ?」

 茜が上品に小首を傾げる。はん、と隆二は鼻で笑った。先生が唇を歪める。

 なんだ、化け物を受け入れるそちら側もわけありか。ただの傷の舐めあいか。お互いがお互いの秘密を暴き合おうとして、牽制し合っているなんて。これだけ歪んだ関係なら、安心してここにいることが出来る。少しは、落ち着いて暮らせそうだ。

「これからよろしく、茜」

 挑むようにして見つめながら笑うと、

「ええ、こちらこそ、隆二」

 同じような顔をして茜も笑った。

「……おまえらちょっとおかしいだろ」

 先生が小さくぼやいた。

 人間としての生活なんて、期待していないかった。この時は。

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