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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第一幕 居候猫と新たなる居候
1/28

1−1

 その日、マオはいつものように夕方の散歩を楽しんでいた。

 人並みに紛れるようにしてふよふよと浮きながら、道行く人を眺める。楽しそうな人、悲しそうな人、急ぎ足の人、のんびりと歩いている人。皆それぞれ違っていて、見ていて飽きない。直接はかかわれないものの、そうやって周りの人々を眺めることが、マオは好きだった。

 でも、そろそろ戻らなければ。好きな番組が始まってしまう。公園の時計を見てそう思うと、隆二の家に戻ろうとし、

「ちょっと、そこの幽霊のお嬢ちゃん」

 丁度その時、右手からそんな声が飛んで来た。

 穏当ではない声のかけられ方に勢いよく振り返ると、一人の青年がそこにいて、

「そうそう、お嬢ちゃん」

 マオを指差しながら、にっこりと微笑むと続けた。

「神山隆二っていう名前の不死者、知らない?」

『いっ』

 マオはその言葉を理解すると、咄嗟に叫んでいた。

『いやぁぁぁぁっ!! 不審者ぁぁぁぁ!』



 神山隆二は、いつものようにコーヒーを飲みながら本を読んでいた。

 元々彼にとって本を読むのは、暇つぶし程度の意味合いしか持たなかった。しかし、ここ最近、居候猫が居着いてからはどたばたしていて潰す暇が存在しない。そうなると、時間を作って意地でも本を読みたくなるから不思議である。居候猫の散歩の時間に、一人静かに本を読むのが、今の彼の密かな楽しみであった。

『りゅぅぅぅじぃぃぃぃ』

 遠くから、居候猫の鳴き声が聞こえる。

 時計に視線を動かすと、午後五時半になろうとしていた。居候猫は午後五時半から始まる、特撮ヒロイン物、疑心暗鬼ミチコの再放送をとても楽しみにしている。

 毎回毎回、よく丁度の時間に戻ってくるよなぁ。そんなことを思いながら、片手を伸ばしリモコンを手に取る。スイッチをいれる。再び本に視線を落とす。もうちょっとで読み終わりそうだから、邪魔しないで欲しいなぁ。

『りゅーじぃー!! たぁいへんー!』

 窓からぴょこっと居候猫の顔が生える。

「テレビならつけたぞ」

 本に視線をやったままそう告げると、

『そんなこと! どうでもいいよぉ!』

 マオが隆二の目の前で両手をばたばたさせながら叫んだ。

「は?」

 思わず本から顔をあげる。

 どうでもいい? マオが疑心暗鬼ミチコのことをどうでもいいだと? 彼女の中でひょっとしたら隆二よりも格上の、疑心暗鬼ミチコのことをどうでもいいだと?

「……どうした?」

 知らず、低い声になる。一体何があったというのだ。

『大変なの! あのね、あのね! さっきね、そこでね! 知らない人に声をかけられたのっ!!』

 それで? と流しそうになって、

「は?」

 慌ててマオを見る。彼女の向こう側に、テレビが透けて見える。今日も今日とて、安定して、どっからどう見ても、完璧な幽霊だ。

「声をかけてきた?」

 完璧な幽霊に声をかけてくるなんて、普通の人間じゃない。幽霊が見える人がいても、スルーするのが通常だし。

『うん! でね、その人に言われたの! 神山隆二っていう、不死者を知らないかって!』

「神山隆二っていう、不死者を知らないか?」

『うん!』

 マオが頷く。

「神山隆二っていう不死者、か」

 そこまで知っているっていうことは……、何だ?

『どうしよう! 一応ね、まいてきたけどね!』

 マオはあせったように両手を無意味に動かす。

 ぴんぽーん、チャイムの音が部屋に響く。

『うひゃっ』

 驚いたようにマオが声を上げ、隆二の背中に隠れるようにする。壁にめり込んでいるが。

「隆二、いるんだろー」

 ドアをがんがん叩きながら、来訪者は声を張り上げる。

「お嬢ちゃんのあと、つけさせてもらったから、ここだろー」

「まけてないじゃないか」

 思わず背後のマオにつっこむ。

「俺だよー、俺俺」

『やだっ、オレオレ詐欺だわっ』

 いつのまにオレオレ詐欺は対面方式になったのか。

「エミリちゃんにさー、住所訊いたのに教えてくんねーの、個人情報とか言ってー」

 外の声は返事がないことを気にした様子もなく、続ける。

『……エミリ』

 隆二の背後でマオが小さく呟いた。ぎゅっと隆二の腕を握る。それに気づくと、隆二は振り返って、一度マオの頭を撫でた。

 先日の一件後、改めてエミリが謝罪に来たものの、マオはエミリのことは苦手のようだった。まあ、仕方ないよな、殺されかけたわけだし。幽霊だけど。

 などと思っている間にも、

「りゅーじーあーけーろー」

 ドアをガンガンたたきながら、声がする。

「……すっげー、無視してぇ」

「開けないとないことないことご近所に吹聴すんぞー」

 聞いていたようなタイミングで外の声が言う。というか、

「聞こえてるんだろうなぁ」

 小さくため息をつくと立ち上がる。

『隆二ぃ、大丈夫なの……?』

 怯えたような顔をするマオに笑いかける。

「知り合いだから」

 言って仕方なしにドアをあけた。

 黒髪の男が、楽しそうな顔をして立っていた。

「お前さ、もうちょっと普通に来いよ。チャイム鳴らしたなら出るまで待てよ」

「待ったってどうせ隆二出る気なかっただろう」

「当たり前だろうが」

「じゃあ、こうするしかないじゃないか」

 男は悪びれずに笑う。

「うちの居候猫が怖がるじゃないか」

 そうして一度言葉を切り、

「京介」

 相手の名前を呼んだ。

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