異能なる者
「…なるほど」
なんとなくしてみた、自己紹介への返答は、そんな言葉であった。カルム司教はこの状況を見渡して、何か思い当るところがあるらしい。顎に手を当て、彼は微笑んだ。
濃い緑の瞳が、私たちを値踏みするかのように、見据えてくる。
「これはどうも、こちらが失礼をしたようですね。はじめまして、エストラード教授。……いや、あなた方の家系の場合は、ファーストネームで呼ぶ方が適切でしたね。アルバス教授、そして、ロジャー様。お噂はかねがね伺っております。ようこそ、北の神殿へ。私が、こちらで司教を務めます、カルムと申します。そちらの少年は、ゼブロと言いまして、お察しの通り、異能者です。自身の能力をコントロール出来ていないようで……まぁ、ここまで派手に壊れたのは初めてですが」
「物理干渉の性質が強い異能はコントロールが難しい。…怪我がなくてよかった」
ウィルは苦い顔をしている。物理干渉の強い能力―ウィルの能力はその代表的なものである。彼自身もそのコントロールに悩んだ時期が長かった。コントロールできない能力は、本人の心を不安定にする。そして、その能力は人を傷つける場合が多いゆえに、人に忌み嫌われる。親に捨てられる異能者の子どもも少なからずいる。
カルム司教は、ウィルの言葉にうなずいた。
「いきなりゼブロに会わせるつもりはなかったのですが、まあ、仕方がない。
ロジャー様。貴方には、アルバス教授がまれびとと対面している間、ゼブロに能力のコントロールを指導して頂きたいのです。許可も頂いております」
「……まじか!…え、これ、俺、ここにいるの有給だよな。
マジですか―・・・・・・お仕事……」
まさかの事実に、ウィルは打ちひしがれている。
というか、休みだったのか、お前。
護衛って、仕事じゃないのか。本当に全くの観光気分だったのか。
と、私の胸中も複雑である。
「さて、早速ですが、ゼブロをお願いいたします。―――ウェンディ。」
カルム司教の言葉に、後ろに控えていた女性が、さっと進み出る。藍色と白の簡素な神官服。まだ若い女性だ。たれ目がちの、おだやかそうな灰茶の瞳が印象的な美人だ。
甘い匂いが漂ってきそうな、柔らかい笑顔を浮かべている。
ウィルのテンションがみるみる上がっていくのが、手に取るようにわかる。
「この者が、案内をいたしますので、どうぞ」
「はいっ!がんばります!ウィリアム・ロジャーです!!どうぞよろしく!!」
「ロジャー様、本日は遠いところをお越しいただきありがとうございます。私に着いていらしてください。―ゼブロも、さぁ」
未だ戸惑った様子のゼブロだったが、案内役の女性に手を引かれると、ほっとしたような表情を見せていた。
あからさまに羨ましそうな表情を浮かべて、ウィルは繋いだ手を凝視する。
あー…本当にみっともないほど羨ましい!って表情だ。
さすがバカ。
きれいなお姉さんと男の子と変態。
その三人がその場を去った後、カルム司教は私に向かって頷いた。
「我々も進みましょうか。どうぞ、こちらに」
そう言って、促されたのは先程司教たちが出てきた扉だ。
私は司教に続いて、その扉をくぐった。
「―異能についての貴方の論文、読ませていただきました。」
「は?!」
扉の向こう、司教の部屋にて。
またふかふかのソファーだ…とその感触を楽しんでいたら、いきなりの司教の言葉である。
一瞬、思考が停止した。
論文…ろんぶん…ろんぶん?論文。
論文って、あれか。
卒業論文!!!!
はずかしい!!!!!恥ずかしすぎて死ねる!!!
恥ずかしすぎて身もだえする!!!!!!
あんな徹夜続きのやけくそで書いた、もう早く卒業したいって見え見えの、適当すぎる論文の話を持ちだされるなんて……ああああああああ!!!!
そもそも、いち学生の卒論なんて一般公開されていない!!なんで読んだんだ?
…あ、もしかして。
「私の、あまりの実績の無さを心配されて私について、調べられた、とか?」
ありうる話だ。
私は、覚悟してカルム司教に問いかけた。
訪れる沈黙。
私が喉の奥で、ごくり、と唾を呑む音が響き―カルム司教は目を一瞬、見開いて。
「ふ・・ははははっ」
笑った。
私の目が点である。
目の前には口元を押さえ、肩で息をしている司教。
ちょっと顔が赤い。
あ、まだ笑っている……。
じっと見つめる私の視線に気づいて、ぱたぱたと、右手を振る。
「し、失礼っ…。いや、貴方が、あまりにもっ…真剣な顔なもので…顔っ…」
「えっ顔?!」
顔?!!!!!
この人、私の顔を見て笑ったようである。
こっちが驚くぞ。
「―コホン。本当に失礼しました。貴方の実力を疑っているわけではなく、むしろ、私はこれでも、貴方をかっているのですよ。異能についての論文―その、経験に基づいた視点は、私の認識を裏付け、世界を広げてくれるものでした。」
せき払い一つ。流暢な社交辞令。
いつもの表情に戻ったカルム司教。
…この人が司教でなければ、つっこめたのに。
と、残念な気持ちを抑え、私は尋ねる。
「失礼ですが。私などの論文は、お褒め頂けるほどの代物ではありません。ですが、ありがとうございます。ところで、異世界の少女との面会はもうすぐでしょうか?」
「ええ―もうすぐです。だからこそ、その前に、貴方にお話ししておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「貴方は、異能とは何だと思いますか?」