私がアルバス・エストラードです。
北の神殿は、リュベルの森の中央に建っていた。
高い木々に覆われ、まるで何かを隠すように、護るように存在する森。
この森は、神々が初めて、この地上に舞い降りた場所だと言われている。
その場所こそが、まれびとの扉―――現在では、異世界からの来訪者が現れる場所――である。
華美ではないが壮麗。
神殿の門には繊細な彫刻が施され、丹念に磨かれている。
森の中で、白く輝く神殿。
その美しさと神々しさは、この国で一番歴史と由緒のある神殿の名に恥じない。
―――ところで。
さっきから、横でバカ面全開で豪快に笑っているバカと、青ざめておろおろとつったっている少年について、説明をしようか。
ほんの10分ほど前、私とウィルは神殿に着いた。
馬車を降りると、御者は馬と馬車を預けに行った。
私とウィルは神殿の入口へ向かい、手近にいた少年に声をかけた。
「すみません。王の使いで参りました。アルバス・エストラードと申します。カルム司教にお目通りを願います。」
自分なりに、爽やかな笑顔を心がけたつもりである。
「少々お待ち下さい、確認してまいります」
少年の笑顔は爽やかだった。神官服ではないが、白を基調とした、神殿で働く者の装束である。12,3歳くらいであろうか。神職学校も併設されているから、そこの生徒かもしれない。彼は、身を翻し神殿の奥へと向かう。
暫くして、彼は単身、わたしたちの許へと戻ってきた。
「アルバス・エストラード教授と、その護衛の方。どうぞこちらに」
案内され、神殿の奥にある階段を上る。いくつか部屋を通り過ぎ、一際大きな扉の前で、少年は立ち止まった。
そして、彼は言った。
「アルバス教授はこちらに。…護衛の方、申し訳ございませんが別室にお控えください。」
……私とウィルは一瞬顔を見合わせた。
どう考えても、彼が向けた視線と、揃えられた指先が指したのは……。
状況を把握して、次の瞬間。
ウィルは笑いを堪えたニヤけ顔。目尻に涙までためている。
私は――思い切り眉を潜め右手を眉間に当てる。
ああ、わかるよ。君の気持ち。
確かに、ウィルの方が、どちらかと言えば学者っぽいだろう。
平均的な身長とやや細身。見た目だけは無駄に端正。
実際、法術師が護衛なんてそうそう例がない。
方や私は平均身長を越え、体格がいい。
学者生活を送っているはずなのだが、昼間は子どもたちを追いかけ駆け回り、学院で飼っている馬の世話はだっての仕事だ。体力と筋力には自信がある。
見た目については、あまり言いたくないが、ちょっと怖いと言われる。
なんなら三年前までは、護衛だっていていたさ。
だが、ちゃんと初めに、名前を名乗ったことは、断固主張したい。
私たちの異様な空気を察して、少年がおろおろし出す。
私は、理不尽な思いを抱えつつ、彼に主張するべく口を開いた。
「私、が、アルバス・エストラードです。こちらは護衛のウィリアム・ロジャー。」
にこやかに、それでもまだにこやかに、伝えたつもりだった。
だが、少年の顔色がさぁっと蒼くなって――――
なにかが。
なにかが、すぐ近くに集約するのを肌に感じる。
―――少年はおろおろと、小声で―――申し訳ございません、だろう。聞こえないが。―――呟いて―――
力が膨れ上がり、今にも破裂しそうなのを私は感じた。
素早く剣を抜いて、ウィルをかばうように立つ。
力が破裂する。
その瞬間に、私も、剣に込められた力を解放する。
力が力を絡めとり―――
瞬間。
バリバリバリッ!!!!
ゴォン!!!!
衝撃で、煙が上がる。
シュゥゥ、と消えていく煙。少しずつ晴れた視界から、起きてしまった現実が、ありのままに現れる。
廊下の窓ガラスは割れ、天井や床が焦げついていて。
埃やら塵やらが重たい空気の中舞っている。
その向こうに少年がいた。
多少、衣服は汚れているようだが、どうやら怪我はないらしく、安心した。
一瞬のうちに、起こってしまった出来事に、少年はさらに表情を蒼くさせ、なぜだがバカは、笑いだし。……このバカの笑いのツボはいまいち理解できない。
―――冒頭の場面である。
まぁ、立派な大惨事が、起きてしまった。
えーと、少年はどうやら、なにかしらの異能持ちのようである。
それも、攻撃系の。
その異能の発動に、ウィルがかけていた法術を被せてみたわけだが……。
後ろから、警備が数名、なにごとか、とやってくる足音がする。
派手な音がこれだけしたのだ。
大惨事が目の前で繰り広げられた部屋の主とその護衛も、もちろん――
「……何事ですか、これは」
少年が案内した扉が、重々しく開く。
扉を開けた彼自身の護衛の後ろから、口元を袖で抑え、そう仰ったのは、北の神殿、カルム司教。直接的な面識はないが、その姿は春と秋の祭事で見かけたことがあった。
少年は呆けたように突っ立っている。
ウィルはバカ笑いを無理やり引っ込め、姿勢を正した。
私は。
「はじめまして。私が、アルバス・エストラードです」
―――とりあえず、自己紹介をしてみた。