神殿にて①
少し修正いたしました。読んでくださってありがとうございます。
異世界からの来訪者は、珍しいが、過去にも例がある。
来訪者は扉を通って、この世界にやってくる。
北の神殿の中央に、神木で作られた古い扉が置かれている。
その扉は普段開いても、そのまま同じ空間上を素通りするだけだ。ただ、時々、そこから来訪者が現れる。外からやってくる者のみ、この扉を利用できるのだ。
この扉は『まれびとの扉』と呼ばれている。
来訪者は、基本的には丁重に扱われる。古い伝承では、来訪者を迫害した王の代には飢饉や災害が起き、王には子どもが出来ず、血筋が途絶えてしまったという。
現代では、来訪者のもたらす情報は貴重であり、有益なものであるとの見解にたち、そのため、聴聞録が作られる。来訪者が来る時期はバラバラで、前回の来訪記録からは、53年経っている。また、来訪者のもといた世界も、また異なっているようである。
共通するのは、来訪者が、こちらの世界で言う『異能者』であることだ。特別な才能を持つ者。扉をくぐる条件はいろいろと研究されているが、はっきりとした共通点としてあげられるのは、現在ではそれのみである。
「……ふう」
……疲れる。
来訪者の少女とは、明後日面会の予定だ。その前に、色々と調べているのだが、昼間には仕事もあるし、なかなか疲れる。なにより、部屋にこもって本を読むのは性に合わないのだ。
ということで私は、夜の街を走っていた。
一定のペースで走っていると、頭の中がクリアになる気がする。
土の匂い。草の匂い。大地を蹴る、規則的なリズム。
呼吸と、世界のリズムが同化する感覚。
1時間ほど走った後、神殿による。王都の神殿は真夜中でも開いている。
『何時の時も、いかなる者も受け入れる』のが神殿である。
礼拝堂に入ると、知り合いに会った。
扉の開く音に反応したのか、半身をねじり、こちらにむけるその顔には、十分見覚えがあった。
鳶色の長い髪は、真っ直ぐに腰まで伸びている。同色の切れ長の瞳は、冴え冴えと煌めいている。人形のように整った顔は、無表情で真一文字に結ばれた唇は、硬質な印象を他者に持たせる。
身につけた衣装は貴族にしてはごく簡素で、容姿、雰囲気と相まって中性的な印象を見る者に与えた。
「アルバス、久しいな」
堅苦しい口調で、無表情のまま手をひらり、とあげた彼女の名は。
「アビー?!こんな時間に何してるんだ!」
アビゲイル・エヴァンズ。私の幼馴染である。
アビーは、礼拝堂の長椅子に腰かけていた。普通、礼拝には遅すぎる時間だ。
神父も奥の間に控えてしまっている。
なので、今現在、この空間には私と彼女の二人のみ(あ、あとは門番が扉の向こうに)だった。アビーはこちらに近づいてきたが、急に私の2,3歩手前で止まった。
「何って、礼拝に決まっているだろう。ここは礼拝堂だ。それよりアルバス、汗くさい。寄るな」
「走ってきたんだよ。自分から近づいたくせに、相変わらずひどい言い草だな。一人か?」
「ああ。一応後20分後に迎えが来る」
「お前の家庭は一体どうなってるんだよ」
「放任主義だ」
あっさり、ばっさりなのが彼女の特徴だ。私は、追及する事をあきらめる。
一応、彼女は人妻なのである。エヴァンズ公爵と2年前に結婚した。
「学院は順調か」
「ああ。おかげで、子どもを同時に四人抱えられるようになったよ」
「結構なことだな」
「……ごめん、嫌味を言ったつもりだった。学院は楽しいよ。けど、今は別の厄介事を抱えていて、だるいんだよ」
疲れて、悩んで、神殿に足が向いた。
別にとりわけ、信仰心が強いわけじゃない。ただ、この神殿の女神像が好きなだけだ。
守護神リーヴェルとアシュカ。リーヴェルは女神である。アシュカは男神である。
礼拝堂の中央に坐する、二体の神像。そのうち、険しい表情のアシュカを支えるように、右側に立つリーヴェルの表情は柔らかだ。
今より329年前に造られたというそれは、美しく、たおやかで、見ていると懐かしく、切なく、温かい。
「その神の前に一切の者が赦される」とは、聖書の一節だが、この女神なら許してくれそうな気がする。きっと、私の事も。
暗い感情が、思い出が、頭の中を駆け巡る。
女神に赦されたいと思うから私はここに来てしまうのだろうか。
「・・・相変わらずだな」
ため息に乗せて、彼女は呟いた。紅い唇が、ゆっくりと動く。
「女神マニア」
やはり、ろくなことを言わなかった。