月のかけら
名前の意味ジゼル…バレエで有名な踊りの上手い娘の名前からとりました。(バレエは悲しいお話ですが)シルフィード…同じくバレエで有名であり、また妖精の名です。風の便りなどというように何かを伝え、また知るという風の妖精の名をつけました。カナリア…詩人ということで、美しく歌う鳥の名をつけてみました。(名しか出てきませんが)
「お願い。どうしても月のかけらのある場所を知りたいの」
若い娘は、シルフィードにそう言って頭を下げた。娘の名はジゼル。
遙か北の地からきたらしい見慣れない服を着ている。
「あなたが、あの名高い情報屋だってことは知ってるわ」
情報屋。
それは、珍しい貴重な情報を人に与えることを生業とする者たちのことだ。
「その情報は確かなのかしら。もしかしたら、私は偽者かもしれないのに」
「確かよ。偽者はそんなこと言わないし、私はあなたにあった人から姿を聞いているもの。あなたは世界に二人といない、雪の眼をしているって」
シルフィードはそのとおり雪の様に白い眼を細め、微笑んだ。
彼女の眼をそう呼ぶ人は過去に一人しかいない。
「あなた、カナリアの妹ね」
ロリアは驚いた様子で訪ねてきた。
「姉さんを覚えているの?もう昔のことだから、忘れられているだろうって言っていたから…」
「忘れるわけがないわ。彼女だけが、私の眼を遙か北の地に降る雪の様だと言ったのだから。懐かしいわ。若い詩人、カナリアが訪ねてきたときのことを。ところで、月のかけらを探す理由は何かしら」
ジゼルは語り始めた。
「姉が月のかけらの歌を創ったのよ。私が踊る歌として。私は踊子なの。けれど、私は月のかけらを知らない。だからどんなに思い浮かべながら踊っても、その月のかけらは空想でしかないのよ。私は姉の歌に見合う、踊りを踊りたいの。空想ではなく真実を語る歌のために」
シルフィードは微笑んだ。
「あなたは、姉にそっくりなのね。カナリアも空想ではなく真実を語りたいと、私の元を訪ねてきたのよ。あなたがそれを踊りたいと願ったように。素晴らしいわ」
「それは、教えてくれるということ?月のかけらのある場所を」
「ええ。カナリアとその妹ジゼルの頼みだもの。ただし…」
シルフィードは悪戯な眼をしジゼルを指差す。
「カナリアは、月のかけらの情報を得る代わりに私に歌を歌ってくれたわ。私は情報屋。情報の代わりに何かもらわなくては。あなたの踊りを見せてちょうだい」
するとジゼルは恥ずかしながらも、ゆっくりと踊り始めた。
その踊りは可憐で美しく、まるで雪のようだ。
シルフィードは満足気に踊り終わったジゼルに手を差し伸べた。
握手交わし、情報屋が名を名乗る。
それが契約の証。
ジゼルは嬉しさに顔を染め、その手を握った。
「ありがとう!」
「どういたしまして。私の名はシルフィードよ」
「風…。素敵な名ね」
「カナリアもそういってくれたわ。情報屋の私に相応しい名だって。さて、満月の夜の日に街外れで待っていてちょうだい。月のかけらに会わせてあげるわ」
満月の夜。
ジゼルは街外れでシルフィードを待っていた。
月のかけらの場所を教えてもらうためだ。
「待たせたかしら」
やってきたシルフィードにジゼルは首を横に振る。
「いいえ。それよりそれは何に使うの?」
ジゼルはシルフィードの持っている横笛を指差した。
「月のかけらを探すのに使うのよ」
「探す?あなたは月のかけらがどこにあるか知っているのだと思っていたわ」
シルフィードは微笑んで、口元に人差し指をあてる。
「いずれわかるわ。さあ、そろそろ行かなければ」
シルフィードは森へと歩き始めた。
ジゼルは不思議そうに彼女の後を追う。
「こんな街の近くの森に、月のかけらがあるなんて…」
「月のかけらはあるんじゃなくて、いるのよ。生きているのだから」
「生きている?」
「そうよ。生きている。とても短い一生だけれどね。あなたは月のかけらをどんなものだと思っているのかしら」
「月の色をした宝石のようなものだと…」
「少し違うわ。例えるなら月のかけらは、月の元から降りてきた星ね」
そう言うとシルフィードは立ち止まる。
そして突然、木の陰に声をかけた。
「そこにいるのでしょう。出てきてちょうだい」
(久しぶりだね、シルフィード。詩人の娘を連れてきて以来かな)
そこからでてきたのは、小さく美しい姿をした妖精だ。
「妖精が本当にいただなんて!」
驚くジゼルにシルフィードは答える。
「カナリアは真実を歌うわ。だから彼女は妖精の歌を歌うのよ」
確かにそうだ。
カナリアは自分の眼で見たものしか歌ったりしないのだ。
(おや?今日も誰か連れてきたんだね)
「ええ。彼女に月のかけらを見せてあげたいのよ。彼らを呼んでもらえないかしら」
(それはかまわないが、何と取り引きするんだい。
妖精は代償がなければ何もしないよ。
お前さんには毎度その美しい、横笛の音を聞かせてもらっているが)
シルフィードはジゼルに微笑むと、横笛を吹きはじめた。
その澄んだ音は、ジゼルの足を無意識に動かせる。
(ほう…)
妖精は感嘆の声を漏らすと、娘を見つめた。
なんて美しく心から踊る娘なのだろう。
(気に入った!いいだろう。踊子の娘よ、眼を閉じて)
妖精は突然ジゼルの目の前まで近寄ると、彼女に光の粉をまいた。
ジゼルは驚いて眼を閉じる。
たった一瞬。
ジゼルが眼を開けたときには、月の元から降りてきた星たちが地上を取り巻いていた。
「これが…月のかけら…」
美しく点滅をして飛び交うそれは、確かに生きていた。
「他の国では、蛍と呼ばれているらしいわ」
シルフィードは一匹の月のかけら…蛍をそっと捕まえると、ジゼルへと渡した。
ジゼルは両手でそれを受け取る。
「綺麗…。姉さんの歌を思い出すわ」
ジゼルは蛍を放すと、踊り始めた。
カナリアの歌を口ずさみながら。
その踊りはまさしく、月のかけらの様だ。
月に集う星
それは
月のかけら
彼らは瞬きをしながら
飛び交い
大地へと降りてくる
美しい星