(3)
受話器から吐き出される機械音声に、耳を疑う。
聞き違いではないかと受験票を確かめる。番号を見る。念のためもう一度電話をする。同じ単語が聞き取れた。
小銭が、公衆電話に吸い込まれる。
「どうしよう、紗優……」
後ろで待つ紗優にすがるような思いだった。
「そんな、泣きそうな顔、せんと。まだまだ次があるんがやろ? 気ぃ落とさんと。……あたしまで泣きたくなるがいね」
「違う。違うの……」
首を振る。
もしかして、と不安と悲しみに揺らいでいた瞳が、
「まさか」
「その、まさかだよ」
この四文字を得るためにどれほど頑張ってきたか。
「……合格」
「い、」希望にその目が開いた。「やったぁああー!」
思い切り抱きしめられていた。
頬ずりされるのなんか人生、初かも。
「んもぉーあったし昨日寝れんかってんよぉーもー、心配で心配でぇ。ほんっと、よかったぁああもおもおもお!」
「あえっとちょっと苦し」
「やったやったダンス、しよか」
「なにそれ」
涙でまだ濡れた手で、紗優は私の両手を握った。
握ったまま、
「やったやったやったやった……」
エンドレスでやったを連続。ジェンガみたく小刻みにぴょんぴょん飛び跳ね、二人で小さな円を描く。
「なにこれ」普通に笑いが込みあげた。
「はい今度は時計回りぃー」
「やったやった……」
素直に続けると一分もすれば、
「ストップ。普通に疲れてきた。なんか肺が」
しかし紗優は息乱さず、
「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーぁぁい!」
盛大なる万歳三唱。
豪快なる行動に呆気にとられ、自分のことなのに加わる間もなかった。通り過ぎた子がなんだろこの子って目で見てくるし。
「真咲もやろーよ」
「でも。受験これからの子に見られたくないし……」
「ばんざーい!」
ち、と紗優が舌打ちをする。
廊下の向こうから、万歳三唱をしながら男子生徒がこっちにやってくる。
「……うざ。なしてあいつが……」
それは坂田くんのよく通る声だった。
「合格やってんなー都倉さん。おめでとさん」
「……ありがと」
坂田くんの人のいい笑みをまともに見られない。
あの感情が尾を引っ張っている。
つまり、
好きなひとをコケにされ猛烈に腹が立ったことだ。
こちらの胸中知らずに坂田くんは自分を指す。「オレも一緒にやんでえ? 昼休み十五分も過ぎとるし、こっから通るひとあんまおらんやろ」
紗優は左右を確かめて言う。「やね。購買もう閉まっておるし」
「ほんならみなさんご一緒に」
にかっと笑い何故か坂田くんに仕切られ。
三人でこれ以上出せない大声で万歳三唱。
終わると、誰ともなく笑い出した。「なんやのうちら」
「オレこれ以上おおきいこえ出せへん」
「なんか。お腹のなかがすっきりした」不快に積もったなにかも吐き出せた感じ。
「せやろ」
坂田くんに笑いかけられ、
やっぱり、
「……でもなんかむかむかしてきた」
「真咲もあたしに似てきたんじゃない?」と私の肩を叩いて笑う。
しかし坂田くんも笑うのに内心で仰天した。
……自分がネタにされてるのに。
踏みつけられても痛みを感じない神経の太さをお持ちなのかそれとも、踏みつけられるほうに喜びを感じる自虐的な精神のあるじなのか。
どちらか判別不可能だが、ひとしきり笑うと彼は踵を返す。「ほな、オレお昼買うてくるわ」
「え、まだ買ってなかったの?」
「やって、購買……」
既にシャッターの降りた購買を親指で指す。
その指を掴み、自分のほうに向ける。
坂田くんの唐突な言動に、何故だか紗優の頬が急激に赤く染まった。
「……あんたのこころのベクトルが指すのはこっち」
残念ながら。
その発言は北極の寒気を私の背筋に覚えさせた。
要するに、寒い。
振りほどく紗優を見て坂田くんは動物的な声をかかかと立て、「ファンの子が差し入れくれんねや。たまにはあやかろおもうて。……心配してくれてありがとお」
「しとらんわ! ……ばっかばかし」
言い捨てて足音ずんずんと歩き出す。
なんだか、……怒っている。
私は、そこに置いてあった紗優のお弁当と自分のを掴んで、追いかけようとしたのが、
「わ」
「じぶん軽すぎちゃう? ちゃんと食べとんのか」
ポロシャツの首根っこを引っ張られていた。
怪訝な面差しが逆さにして注がれ、
ガムのミントが香る。
彼の長い髪が、頬に、刺さった。
「よ。余計なお世話よ。それより、離してくれる?」
「だぁめ。話聞いてくれるゆうまでオレ都倉さんのこと離さへん」
ブレザーごと引っ張られ、背中を坂田くんに預けてる、マリオネットな体勢。
焦って私は早口で言った。「聞くからなんでも。いいから離して」
「お、そぉか。……こっちのが効果的なんやな」
謎の発言をし、覗きこむのをやめにしてどうやら、正面を向いた。
その行動にようやく、一息を吐けた。
流石に……バンドのボーカルをしているだけあって、間近に見れば整っているのだと分かったからだ。夢を追う人間に特有の輝きを間近に見ては、……落ち着かない気持ちにさせられた。
平凡で地味かもしれない顔立ち。だが見るひとが見れば間違い無く引きつけられる。
「放課後、屋上に来てくれんか」
「どうして」
つむじ辺りに彼の息を感じる。あの美声を紡ぎだす彼の。「……強いていうならオレからの合格祝い」
「はあ」
お腹すいた。
「四時ジャストに屋上な。……よろしゅうたのんますわ」
ここでようやく開放された。
すかさず支えられてなかったら本当に頭のうしろから落ちていたかもしれない。
そのくらい、私の運動神経は、鈍い。
堪忍な、なんて言われても。
誰が応じるものか。
和貴を怒らせるわ、私を人形扱いするわ、紗優にベクトルな発言するわ……えとベクトルが向くのは喜ばしいのだが。
――喜ばしい?
ともかく。あのエセ関西人だか京都弁だかな彼の言うことなんか素直に聞いて屋上になんか絶対に行くものか。
だ、れ、が。