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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第二十三章 振られ、ちゃった……
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(3)

「こっからずぅっと様子見とってんけどもー。心配してんよー」

「あんった。自分からふっかけといて負けてんね。……蒔田が賭けりゃあよかったんに」

 ……言われてみれば確かに……。

「ちぇっ」掛け布団を引っ張りベッドに潜り込む。拗ねた和貴を見下ろし、「桜井くんは体調よくなるまで休んでなさい」私たちに向き直り、みんなはほらほら教室に帰った帰った! と手を叩いて私たちを保健室外へと追い立てる。

 その都度白い蜘蛛が揺れる。黒地のワンピースにたくさん張った蜘蛛の巣をよくよく見れば何故だか淡い黄色いホタルが絡め取られている。

 ホタルが蜘蛛の巣を飛び交う世界観を目の当たりにし、……田中先生の私服の購入元先がそろそろ本気で気になってきた。


「あのっ。さ、桜井先輩は……!」

 廊下に出るなり知らない女子がやってきた。よく見れば瞳が心配するあまりでだろうか、潤んでいる。

 表情も切迫した、心配する人間そのもののものであり、

「大丈夫だよ。軽い貧血」なんてことのないように私は笑って言った。「……すこし休めば元気になるって」

「よ」かったぁー! と他の女の子たちが駆け寄り手を取り合って喜ぶ。

「先輩いま寝とるんやから静かにしい!」

 これまた知らないおそらく二年生の子が注意すると次々「……はい」「ごめんなさい」反省の弁が控えめに漏れる。

 こんな子たちこそ、和貴にふさわしいのかもしれない。

 廊下に並んで待っていた彼女たちの横を通り過ぎ。彼女らから離れて紗優を待ち伏せしていた坂田くんがさっそく、紗優にはたかれているのを見て思う。

 躊躇いもなく。迷いもなく。

 たったひとりを最初から最後まで思い貫く女の子こそが。


『マキも大切な友達だから、二人がくっついてくれれば――僕は、嬉しいよ』


 二人のことで揺らいだ私は、真っ向から和貴を好きだと伝える資格がなく。

 彼にああ断言された私は、そもそも恋愛の対象として見られてすらいない。

 何度か気持ちが通い合ったように感じたのは、……私が自意識過剰だったのだろうか。

「痛ったあ」

 痛みが背中を走る。

 手形ついたんじゃないかいまの。

「……ひどい。なにするの」

 恨みがましく言ってみようとも、はたいた側の小澤さんは胸を張る。

「どーせ。あんたのことやからくよっくよ悩んどるんやろ、そやろ?」

 図星です。

 四組の前にさしかかり小澤さんはフンと息を吐く。「うちの弟もあんたくらい悩んで欲しいもんやわ」

「弟さんが居るんだ。何人?」

「二人。弘樹と勇樹。いま中二」

 二人ともなのだろう、そして四歳差。

 小澤さんの姉御肌な性格が形成された事情を私はなんとなく理解した。

「年の離れた弟が居るのってどう。可愛い?」

「くそ生意気」

 一刀両断。

「全っ然言うこと聞かんがなった」言って彼女は廊下を見回す。和貴の一件も関係してか、みんながお喋りにいそしむ無法地帯と化している。帰りのホームルームはいつ行われるのだろう。「勇樹なんか中学入ってそっこー彼女作ったんよ? ……んで田辺連れてくるとあいつ。とっ捕まえて野球見だすんよ必ず」

「へえ。田辺くんをおうちに連れてったり、するんだ……」

 両親に会わせたりもするのかな。

 大輔、って甘えた声で呼ぶ小澤さんなんて――想像もつかない。

 私の密かな笑いに気づかず、小澤さんは自分の感情に気を取られている。「三人揃うとうるさなってかなわんわ……しゃあないさけあたし一人で巨人応援しとんの」

 確かに、巨人を応援するほか仕方が無い。

 しかし彼女の場合は事情がすこし異なる。

 ……この地方で野球を応援する人のほとんどが巨人ファンだ。関西での阪神ファンの割合並みに多いんだろう。テレビ局が限られ、中継する試合のかなりが巨人戦だからだ。

 テレビでも見れず応援にも行けない相手は応援したくてもできない。それこそ、ひっそりと想い続ける恋心のような形式でしか。

「昔はなーメイトーのアイス買ってきてぇゆうたらうんねーちゃん! て素直にゆうたがに……なにゆうても聞かんようなってもうた。ねーちゃん黙っとって、て口答えするんよ。ぶっとばそ思た」

 テレビ東京やテレ朝に当たるテレビチャンネルも、現在拳を固める小澤さんが小学生の頃にようやくしてできた。石川テレビがフジテレビのチャンネルに相当する。以外は観るものが無かったのだと言う。

 彼女の発言がやや関西弁寄りなのは、その8チャンネルの看板番組のひとつである、『ごっつええ感じ』に影響されてのことだ。

 憧れの対象を模倣することで私たちは学習する。

 彼らとの、違いを。

 野球の件も絡んで番組が終了して以降、小澤さんは緑川でメジャーな、そして小澤家で唯一の、アンチスワローズファンとなった。

「『緑高野球部を全国連れてくぞー』『おー』ていまからゆうとんの……つくづく呆れるわ。二人揃って頭カラッポながに入る気だけは満々がなよね……」

 私は相槌を打ちつつ小澤さんに並び、壁に寄りかかった。

 ところが、

「――なにしとるん」

 素早く小澤さんは右を向く。私の見ていた相手を見つけ、視線を私に戻し、おそらく理解した。

 顔色が変わり、

「あんたアホかっ」

「いだっ」

 舌噛んだ。

「突っ込むのもいいけどちょっとは手加減してよ。いま大事な時期なんだからさあ……」完全に関西のツッコミのノリじゃん。

「なして吉田に頭なんかさげておるん!」

 窓際にて友達と談笑していた吉田さんはもうこちらを見ておらず。

「や、だって。吉田さんがああ言ってくれなかったら……和貴は意地になってたし」

「あの女がなに言うたか知らんけど、あんたを睨んどったやつなんよ。なして頭下げることなんかあるんっ」

「それとこれとは別だよ」

 かっ、と目を見開いた小澤さんが、今度は違う攻撃に出た。

 くすぐり地獄だ。

「あっ、ひゃあ」とか変な声が出るも小澤さん、容赦無い。両脇をくすぐりまくる。正直、一部の子に睨まれたことよりいまのほうがキツい。

「このアホ。お人好しも大概にしいやっ」

「うひゃ。だ、からさっ、」必死で彼女のことを押す。「こ、れで遠慮無く喋れると、思って。あぎゃ、ひゃっ」

 涙までこぼす有様にようやく小澤さんの攻撃の手が緩む。

 そこで、

 強い目線を感じた。

 ――小澤さんの後ろと四組の間をすり抜ける、彼。

 口パクでなにかを私に言い、自己満足でか、喉を鳴らして笑い、いつものように颯爽と通り抜けていく。

「『あ』、……『あ』ってなに?」

「ああ?」不満気に小澤さんが眉根を寄せる。

 アホではない、ただでもない、となると――

 私は彼の発言を見ぬいた。

 小澤さんの脇の下をかいくぐり、三組に差し掛かる彼を呼び止めた。「マキ! 馬鹿ってなによ馬鹿ってっ」

「『馬鹿』ではない。『馬鹿が』、だぞ」

「どっちでもいい!」

「おいおまえら、いつまでそんなとこでしゃべっておるんや。教室入れぇ。全員っ!」

 このタイミングで保健室前に竹刀を持った体育教師の登場――。

 恨めしげな私の顔が相当可笑しかったのか。片眉をあげてまたも上機嫌に笑い、屈んで私の耳に一言を残し、そして自分のクラスに戻っていった。

 

 奇しくも、これ以降私は女子に睨まれることが無くなり。

 気まずかった和貴とも、挨拶程度ではあれどすこしずつ話せるようになった。

 このときはマキの発言のせいで、……いや小澤さんに後頭部をはたかれたせいで軽く、目眩がした。


『おまえをそう簡単に諦めるつもりは無い』


 

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