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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第十六章 ケジメです
57/124

(2)

「失礼しまーす」あれ、来てるのは「……二人だけ?」

「先輩こんちわっす」

「タスクせんぱいなぁーきょー来れんかもっつっとたよぉ? 四時半から面談があるんやてぇー」

「そっか。了解」

 私もたったいま渋い顔の宮本先生と面談してきたところだ。

 和貴と紗優は教室で順番待ちをしている。

 自席で作業する石井さんを、後ろの窓に寄りかかって川島くんが教えてる様子で。「……そっから潰すとあとで困っぞ。ほれ言わんこっちゃない」

「さっきからうっさいんですけどぉーちょーMMぅー」

「だーから違うっての。黒に黒は乗せられんがやて。おんまルール知らねえのかよ」

「知らねー」

「こぅらマウス乱暴に扱うなや。タスク先輩に怒られっぞ」

「怖くないしぃー」


 ……中々に度胸の据わった石井さんがなにをしてるのかとディスプレイを覗けば。


 ソリティアだった。


 スペードの2にクローバーのエースを重ねようとしてるのには苦笑いを漏らす。エースが精一杯に抵抗している。

 パソコンにハマるひとの誰もが一度はこういう初期装備のゲームに一度はハマるんだろうな。


 あれ。


 マインスイーパにハマらない人を一人知っている。


 思い返し一人顔を赤らめる。


「あ都倉先輩来てたんですね、こんにちは」


 安田くんが続いて現われた。

 けれど、

 いったい。


「その髪型……どうしたの」


 挨拶を失念する衝撃度だった。


 昨日までのおしゃれなヘアスタイルが一変。


 坊主頭だった。


「……暑いからです」

 淀みなくタイプをし出すことからして、お手洗いなりで席を外していただけだったようだ。

「なんか一休さんぽくね?」角刈りに近い坊主を川島くんがなぞり、「……もーちょい短くすっかな」

「はー? 川島まであんなチョベリバなボーズしたらあたし部活来たのぅなるわ。ぶっちゃけ、マジ、ムリ」

 ねめつける安田くん。

 を指さしてます。

「すっげ。チョベリバって久しぶりに聞いた。死語じゃね?」

「ワザと使うんマイブームなんよぉウチラみんなチョーハマっとんのぉー」

 そういえば石井さんからすれば川島くんも川島先輩なのだが。

 川島くんはそこのところを気づかない。

「……誰だよウチラって」

「んーとぉ一組のぜーいーん、ほんでアキとーエリとぉー」

「二人とも。静かにしてくれませんか」

 そしてまじまじと見てくる、私に眉をひそめた。

「……なんですか」

「や。あのね、似合ってると思って」雑誌で見たスキンヘッドのスーパーモデルを思い出す。「感動した。安田くんて顔が整ってるから……どんな髪型でも似合うんだね」

 目鼻立ちの美しさに頭のかたちのよさが際立つ。

 頭皮の青々としたのが切ないものの。

「べ! 別に褒めてもなんっにも出てきやしませんよっ」

「……期待してもないよ」

「先輩おれ坊主似合ってると思います?」

 真顔で訊く川島くんに答える前にけたたましい笑い声が起きた。石井おんまえ笑いすぎじゃねーか! と顔真っ赤にする川島くんに対して私「似合ってるよぉーチョベリグー」などとも言えず安田くんのほう見れば、ふいっと目を逸らされる。

 やっぱり嫌われてるなあ。

 と一人引きつり笑いをしていると、


「ケジメです」


 とだけ呟いた。


「あー!」意外にも石井さんが食いついた。「まさかまさかの草刈正雄! ズバリ! あなたは失恋したんですねそうでしょう安田さん!」

 意味も分からず私が吹き出し、「おいそーゆーこと本人のおるとこで言うなやっ」と川島くんには気の毒がられ、「違いますっ!」と席を立ち。

 そのあとやってきた和貴と紗優の餌食になっていた。


「気っ持ちええなあ、あァんすべっすべー」

「なして安田デレデレしとんがぁーキんモぉーい」

「デレてませんっ!」

「ホントつるっつるだね。しばらくのあいだシャンプー要らないんじゃないかな」

「すぐ伸びて僕みたくチクチクしますよ。帽子被っときびみょーに出てハズいんす」


 ……正確には四名の餌食と化した安田くんを置いてパソコンルームを出る。


「あ。都倉さん、こんにちは」

 出会い頭にタスクと遭遇する。

 これまでの教訓を生かし飛び出すのは控えている。

「来れないかもって聞いてた……どうしたの」まだ四時を回っていない。私の腕時計に狂いはなさそうだ。

「伝言がありましてね。……都倉さん」

 微笑を消した真顔に戻り、

「蒔田くんですが、先に帰られました。用事があるとのことで」

 表情筋が凍りつく。

 ……昨日の今日だもの、避けられるのも仕方がない。

 笑ったつもりだったけれど、一瞬の硬直をタスクは見逃さなかったらしく。

 頭をひと撫でし、一言を落としてから、安田くんをいじり倒す群れに加わっていった。

 彼らを遠巻きに見て、触れられた髪に触れる。残されたそれはタスクのぬくもりを残して、あたたかかった。


『日頃口を動かさないくせしてあんな無茶をするから――疲れたのでしょうよ』


 廊下に出ても、彼の響きと、

 いつになく饒舌だった彼のことを思い返して笑みをこぼす。


 一連のやり取りをどんな想いで紗優が見ていたかも知らず。

 思いと思いが交錯する、迷い道を歩いていることも知らず。


 * * *


 お休みを翌日に控えてこころが弾む。小学校の頃の遠足前夜の楽しみと同じで。学校のしがらみから解放され、胸いっぱい空気を吸いたくなる。

 なにしろ今年は五日も続くのだ。


 いったい何時まで寝ていよう、ときにはお昼すぎまでぐうたらしてみたい。

 毎日なにをして過ごそう、日頃は見られない『笑っていいとも』それに昼ドラを見てみたいな。

 家族旅行なんてダルいけどなにを着てくか考えるのだけは楽しみ。


 みんなが悩む最後の一つとは無縁の私。

 連休中は部活がお休みで紗優と会う以外に予定はない。それでも、浮き足立った感覚に囚われる。

 ベッドに寝っ転び少女漫画を読んでみる。ただいまーと玄関から母の声が届いた。

 部屋が二階に移ってからというものの、迫る物音に過敏となった。特に、ぎしぎしとした階段ののぼる足音などには。

 自室で服を着替えるのとでも思えば、母はいきなり私の部屋のドアを開いた。

「真咲っ」

「わ」片肘をついて入り口を向く。「びっくりしたなあもう。ノックくらいしてよ」

 たかが保護者報告会のために、

 いっちょうらのスーツを引っ張りだしてきた母は、

 息を震わせ、……正確にはわなわなと身を震わせている。


「本気でゆっとるんか。大学行かんて」


 とうとう、

 ――来た。

 秘密はいつかは割れる。

 割れるために秘密は存在する。


「本気だよ。前から決めてたんだ」

「前からて……あんた私大に行きたいってゆうとったがいね」

「あっ」

 手の中の少女漫画を奪われる。

「ひどい。いまいいとこだったのに、銀太が告白し、」

「宮本先生から聞いて初めて知ってんよ!」

 青ざめた顔色で叫ばれても。

 私もあなたの声をしばらく聞いていないと思うだけだった。

 行きどころのない両手を使ってようやくからだを起こす。

 母は勉強机のうえにコミックスを置く。

「大学進学を希望されないのですね、って言われてお母さん、恥ずかしいなって……顔から火が出るかと思うたわ」

 実際に頬を押さえるのを冷めた目で見ていた。


『ええ、あの子はうちの誇りよ』


 ――私のことが恥ずかしいのだ、母は。


 ぼさぼさとなった後頭部を撫でつける。「だろうね。大学行ったほうが聞こえがいいもんね。特に、バツイチとか都落ちとか裏で言われてるいまの状況だと」

「なにを、言っておるん。お母さんのことなんかいいんよ。お母さんは真咲のためを思って……」

「はっきり認めなよ。そういう私のためって言い方で逃げないでさ。世間体のほうが大事なんでしょう?」

 母は、言葉を失った。

 私のことなど理解できず、

 自分のお腹を痛めて産んだ子とは信じがたい、

 信じられないほど冷たい人間だと思うことだろう。


 一定の咀嚼をした後で、

 母はおそらく――

 お母さん困らせんといて! とヒステリックに叫ぶか、

 なにも言わず諦念と共にこの場を去るか、

 その二択だと予想した。


 でも違った。


「……夕食食べたらおじいちゃんおばあちゃんも入れて家族会議や。店は閉める」

 閉めるって「ちょっとお母さんっ」


 私の言葉など無視し、部屋を出ていく。

 ……そう来ましたか。

 一人だと解決できない問題で誰かに頼る。おおよそ母らしいやり方だ。


 このように。


 私は学校で八方美人を気取る一方で時折母に辛く当たった。

 私は別に母に学校の話などしていない。

 男の子の話などは無論のこと。

 けどこの町に学校に馴染んでるのは言動で伝わっているらしく。

 とんだ、誤解だ。


 そんなことでこの陸の孤島に連れてきた罪が消えるとでも思ったら大間違いだ。


 ベッドに倒れ込む。

 何故染みがついているのか分からないけども染みの付いた木目の天井を眺めると、夢見る少女の夢心地も、休日への楽しみも、空気の抜けた風船のごとくぺっしゃんこになってしまった。

 まぶたを下ろす。


『こっちはゴールデンウィーク中に模試だぞちきしょう』


 パソコンルームで修学旅行の話をして盛り上がってた川島くんを見て、どう見ても怒ってるように見えない能面みたいな顔してこっそり機嫌を悪くした。

 笑えてくる。


 なにしてるのかな。

 今頃黙々と部屋で勉強してるだろうか。

 ご飯食べてるか、お風呂入ってたりするかとか。

 紺碧の海にほど近いあの家で。

 あの旅館で彼の部屋がどこに位置するかを知らない。海に対面する窓があってそこで勉強できたりするのかな。自室で私が国道を見られるのと同じで。

 声が、……聞きたい。

 つい二時間前に聞いたばかりなのに、


 マキが足りない。


 会うことのならない五日間をどう過ごしたらいいのだろう。

 お休みが楽しみだと思っても、彼のことに関しては絶対的に楽しみが失せる。


 痛ましく顔をしかめるのを目にした、

 涙を見せる……震える彼に接してから。

 もっと、ほかの一面を見せて欲しいと思っている。


 分かっている。彼が私に友達以上の感情を持たないことくらい。

 屋上での言動はなにより、答えられない相手への憐憫を見せたに、ほかならない。


 上体を再び起こすと――机のうえの単行本を視野に捉えられた。ママレードボーイ。

 両想いになって苦しむ恋もあるけれども片想いはそれ以前の問題だ。

 なにより気持ちが通じていないし、――自分で解決するべき一方通行の感情なのだ、それに振り回されるだけの。

 知られれば相手に迷惑を被らせるだけの。


 この時期は彼も含め、連日受験勉強で忙しい。

 高校三年生にしては平凡ないや高校生らしい平和な悩みに思い巡らせると階下から真咲ご飯よぉーと普段通りに呼ぶ母の声を聞いた。

 私はベッドから離れた。

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