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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第十二章 見ちゃった
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(2)

 それから一ヶ月が経ちホワイトデーには、みんなで緑高ブラバンの演奏会に行くことになっていた。

 というのも、パソコン部でお手伝いをしたからだ。

 パンフレット作成の。

 印刷は専門の業者に依頼した。ただし表紙のイラストの配置にレイアウトやページ配分。吹奏楽部やパート紹介の文章などなどすべて、パソコン部で考えた。時間の制約もあり去年のものをある程度は援用した。で部員との打ち合わせや交渉はタスク一人が受け持つかたちではあるものの、文章の打ち込みとかはみんなで行った。

 パソコン部での記念すべき初仕事――といってもご依頼頂いたのでなく、自らの手で掴みとったものだった。

 練習忙しゅうてパンフんことまで手ぇ回らん、とこぼす吉原さんにじゃあ僕たちでしましょうか、とタスクが助け舟を出し。

 結果、五人全員がフル稼働。

 業者に出す締め切りに原稿を間に合わせない部員もいたりして、私たちや吹奏楽部の幹部を泣かせていた。因みに吉原里香さんは会計係をしている。

 昨日と一昨日とで、業者からあがってきたパンフ500部を工場の作業員のようにひたすらに折り返しホチキス止めしそれを繰り返し。

 追い込みで忙しい部員に代わり、作業をこなした。

「あ。なんか去年と違う……かっこいいねえ」

 自分が映ってる写真を探してきゃあきゃあ部員たちが言ってるなかで。

 女の部長さんがそう言ってくれたのが特に嬉しかった。


 演奏会の行われる文化ホールは、緑高から歩いて五分、駅からも五分程度の距離にある。

 一旦駅にタスクとマキとで待ち合わせ、緑高前で紗優と和貴を拾い、現地に向かう。

 パソコン部で行動するときはこのパターンが多い。

 タスクは約束の十分前に来ていた。

 待ち合わせって、……性格が出る。

 俺様なマキは一本早い電車など選びやしない。登校も時間ぎりぎりだし。

 三月も半ばとなると、コートは押入れの奥に仕舞いこまれ、ライトジャケットも要らないあたたかな陽気となる。厳しい冬を越えて気持ちが穏やかになる。

 そんな春の気配と共にやってきたマキは、やっぱり全身黒だった。

 てか。演奏会ってめかしこむものとばっかり……。

 タスクは先細りのジーパンにネルシャツをインしてベルトまで締めてる、正直秋葉原うろついてるオタク。

 マキは。

 どうして眠そうなの。かっちり、というより、だらん、て感じ。羽織ってるのがライダースジャケットじゃなかったら寝起きなのかなって雰囲気で。それでもラフな髪のセットは寝起きとは違うし。お休みの日限定のシルバーのごついアクセに胸がときめくというか。

「うす」

 片手挙げて登場。手ぶらで、逆の手をポケットに突っ込み。財布持ち物を持たず手ぶらを好む。将来的には都会の男の人みたく煙草も後ろポッケに入れてチェーンジャラジャラするのかもしれない。

 私釣られて「うす」と返す。

 とマキ。

 伏せていた目を上げる。

 上から下までを眺めてまじまじと。

「……なによ」

 にこりともせず言い放つ。

「お遊戯会みてえだ、ガキの」

 む、

 きいっ、

 言い返そうと思ったのが対象者はすでに歩を進めていて、この手は虚しく空を掻くだけだった。

 タスクはこんな私を見て普段通り穏やかに微笑んでいた。


「おーあんたもやっぱ来てんね」

 会場に続く列の最後尾に小澤さんを発見した。

「仕事なもんですから」それに、約束しましたし。

「ふぅん。あんた私服っていっつもそんなんやったか?」

 てへっと押さえかけた手で違う、と頭を抱えた。

 なにさもう。

 めっちゃかわいーって紗優に抱きつかれたさ。でもその表現、紗優のほうにこそ相応しい。

 Gジャンにミニのデニスカで赤青黄といろんないろ振り分けててもそのバランスがすっごい可愛い。アメリカのドラマにまんま登場しても違和感ゼロ。顔立ちといい。

 元が可愛いからなにを来ても可愛いんだ。

 来る途中も演奏会行きますって感じのひとをたくさん見かけた。でどういうのがスタンダードだか把握した。

 教えてくれればよかったのに、母。

 制服の子もちらほら見かけるし、汚れたつなぎの作業服の上下や、もんぺ来て農作業の途中ぽいおじいちゃんおばあちゃんまで見かけたさ。着飾らず気取らず普段着で。


 私ですか。


 超浮いてる。


 別にキテレツな格好してるわけじゃなしに……

 黒のワンピにレースの白ボレロ。ストラップ靴。なにを間違えたかパールのネックレスにイヤリング。でカチューシャまでしてきてしまった。


 だって、演奏会、って聞くとそういうの。N響行きますなスタイルじゃないと失礼なのかと思っていた。

 ここ緑川でした。


「こんばんはーっチケットはこちらでお預かりしますぅーっこちらがパンフレットでーすっ」

 同級生の子たちが笑顔振りまく後ろに山積みの段ボール。あの段ボールに詰めるところまでやったんだよね。ただの紙切れがこんな風に形を成すだなんて……感慨深い。

 製本されたそれは私たちが作った証だった。

 誰かのためになにかをする。

 

 頂いたそれを即見るのもなんだか失礼な気がして、小脇に挟んでいたら、こういう場所って友だちとの再会の宝庫らしく。

 久しぶりーってみんな呼ばれて散り散りになる。

 中学とか小学校の友達、なんだろな。

 ぽつねんとホールを見回してみる。やっぱり高校生が多い。でその両親にきょうだい。ちっちゃな子が走りまわってたり。おじいちゃんおばあちゃん世代も割りと見かける。

 想像していた演奏会とは違うけれど、町の人間総出で聴きに来る。

 このアットホームな感じは、この地ならではだと思った。

 ひとたび演奏会ともなれば町中にポスターが貼られる。商店街にべったべた。

 勿論、うちの店にだって。


 声をかけられない寂しい私は。

 同じくそうだろうと見込んだ後ろを振り返る。

「あり?」


 どこに。

 あ、

 いた。

 左手の大階段。片足だけ段に引っ掛けてるのはかっこつけてるわけではなく、のぼりかけたところをうえから声かけられた様相。段差があっても頭の位置が変わらないのがすごい。

 それも、

 畑高のセーラー服。

 

 女の子の友達なんていたんだ。

 少々驚きを隠せない。


「きゃあっ」

 なにが起きたのかと思った。

 たぶんほとんどの人間がそこを見た。

 逆っかわの壁沿いに女の子たちがわらわらとたむろってる。

 中心にいる彼を見て更に驚いた。

 ……和貴だ。

 なんか、……なにか配ってる。チラシ配るやる気のないお兄さんとは別種のスイートなスマイルで。……おっきな紙袋をなにしに持ってきたのかと思いきや。

 きゃーありがとーおめでとーってなにがさ。

 ドラマでしか見たことないんだけど結婚披露宴後のお見送りってあんな感じ?


「アレはほうっといてさき、なか入ろっか」

 肩を叩くのは紗優だった。いつの間に、隣にタスクも。

「お待たせしてすみませんでした。……指定席ではありませんし、席を確保しておきましょう」

「……マキと和貴は」

 言い難いことを言うように眉尻が下がる。「僕たちと一緒に座れるとは限りませんから……お誘いもあるでしょうし」

 なるほど。

 やや複雑な気持ちでホール内に入る。えんじのビロードに覆われた客席と、前方に松竹のオープニングみたいな幕が出迎える。

「左右のどちらかに寄っても大丈夫でしょうか。中央は主に関係者が座るようですし」

「うん」

 タスクは目を見て確かめる。こういうところで人間できてるなあって思う。

 レディーファーストをナチュラルに行える彼に応じ、中列の左端を選ぶ。扉に近い方から私、タスク、紗優の順に。

 や、この席順は……と思っていたら、紗優のほうから「ちょっと友達んとこ行ってくる」と席を離れた。

 離れられてもタスクはさほど顔色も変えず。

 例えばタスクって誰かに嫌われたり無視されたりしても、こんな風に変わらない人なのかもしれない。

 ホールとか演奏会の話をしてくれるタスクの変わらない黒縁眼鏡を見つめ半ば聞き流しながら私そんなことを思っていた。

「桜井くんと蒔田くんはあちらに座ったようですね」

 話の落ち着いたところで後方を仰ぐ。中央列の最後尾に座る長身を見つけた。

「……彼はいつも後方の席を選ぶんです。自分の後ろに座る方が現れたら見えないでしょうから、ああ見えて気を遣っているんですね」

 なるほど。

 さりげないところでできる男が蒔田一臣だ。

 それからほどなくして紗優が席に戻り、演奏会の幕が上がった。


 クラシックコンサートは初めての私。(これがクラシックコンサートに分類されるのかも定かではないのだが)

 マイクを通さずとも大音量が届くし、客席から見る限りライトアップされたステージ上が非常に眩しい。奏者は目が眩まないのだろうか。夏は暑そうだ。

 歌のない曲にどう身を寄せたらいいのか全く分からず。

 棒っ切れのように無感動に過ごしてしまった。

 そんな私が、身を乗り出したのは、

 第二部の、畑中高校の出番だった。

「続いては『五月の風』をお届けします。昨年度のコンクールでの課題曲だったのですよね。畑中高校の皆さんにとって、県大会一位の成績を収め、全国大会への切符を掴んだ思い出深い曲でもあります。審査員全員がA評価をつけたということでも話題になった……」

 そこまで言う必要ないんじゃ。

 と思っていたらあの司会者、学園祭のフィーリングカップルのときの学生司会者だ。随分若いなと思った。

 ……思わぬ人物に思わぬ出来事を思い返しているうちに、タイトル通りに清々しく爽やかな演奏が始まった。


 本日の演奏会で誰が一番印象に残りましたかと百人に聞きましたら第一位の回答は決まりきっていると思う。

 指揮者のすぐ左にて。奏者の最前列で、譜面台に向かって大魔王……ならぬピッコロを鳴り響かす彼女のことを。

 ――稜子さん。

 見た目は凡人で、むしろ天然寄りなのに。肩幅よりも小さな楽器を高らかに響かす姿はなにかが乗り移ったかのようで。

 圧巻だったのは次の曲、吹奏楽のための叙情的「祭」。

 冒頭は緊張感のある細かい和音が続く。中盤でがらりと曲調が変わり、伴奏が音を落とす中で稜子さんが雄大なメロディーを奏でる。夕焼け小焼けのように切なく、胸苦しい旋律を。

 オレンジのライトが照らす幻想的な空間で彼女は時折、金のフルートに持ち替えながら世界を紡いでいく。

 幼き頃に母の背中で聞いた夕焼けの唄と温もり。

 それをそのまま目の前で再生されているようでじぃん、と胸が熱くなる。

 感動の余波の消えないうちに今度はテンポが急変し、嵐のような、神輿を担いだ時に似た素早い旋律を繰り広げ。

 あの夏の興奮をまさに彼女たちは体現していた。


 演奏が終わると野太いブラボーの声が上がった。スタオベ。……身内だ、畑高生だ。

「流石は名門校の演奏でしたね。これから大会で演奏する予定の曲というのに、完成度が非常に高いです」

 拍手をしながら感心してタスクは何度も頷く。

「てさっきの曲? その前のは去年の大会の曲、だよね」

「そうです。まだ五ヶ月ありますからね……一曲通すだけで精一杯でもおかしくはない段階ですのに、既に咀嚼の域に達した感がありますね」

「やっぱりすごく上手いんだ。最後は鳥肌立ったよ」

「あまり大きな声では言えませんが」悪いことを明かすように声をひそめる。「東工業高校と聴き比べるとよく分かります」

「タスクって音楽のことに詳しいんだね」

「でもないです」と舞台袖に消えていく畑高生を目で見送る。ホール内にはいまだ彼らの余韻が残っている。「元々ジャンル問わず音楽は聴くのですがね。吹奏楽絡みのことを調べたのはここ最近です。……プログラムを作るのに少しばかりは役に立つのではないのかと」

「尊敬しちゃうなあ、タスクのそういうところ」

「そうですか?」とタスクはとぼけるけども。

 二月の末には期末テストがあった。個人的な成果をきっちり上げた。それでいて私たちには見えないところで業者や部員たちとの打ち合わせもこなし、他方私みたいな初心者にも分かりやすく仕事を噛み砕いてくれた。

 思えばタスクの喜怒哀楽もあんまり見たことがない。烈火のごとく怒る姿など想像もできない。

 いつも物腰が柔らかく、東工の香川を投げ飛ばした時ですら微笑を絶やさなかった。

 そんな長谷川祐に感心しながら耳を傾けると、残酷なくらい私の耳はレベルの差を聴き分けてしまった。

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