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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第十一章 稜子さんが好きだったの?
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(3)

「茉莉奈ぁーあ都倉さんもこれえ、忘れんうちに渡しとくぅ」

 私が首ひねる一方で感慨深げに小澤さんは「もーこんな時期なんやな……あんたからこれ受け取っと一年の終わりて感じするわ」


『おんなじクラスにブラバンの子おらんか? 来月になったらタダチケがばらまかれるはずやよ』


 ――あ。


 タダやから、って渡される演奏会のチケットのことを教えてくれたのは彼の、


『――稜子……』


 元恋人。


 すごくすごく気になりつつも、でも私それ以上見れないって気持ちで、家に、帰った。

 練習があるって言ってたし、二人で長々過ごしたとも思えない、けど……


 ファーストネームで呼び合う親密度を保つ。

 過去の。

 いまの、二人は、


『……去年、別れてん』


 考える度に、考えたくなくなる。


 マキの言動に別段、変化は見られない。

 噂に聞く限りにもだ。

 寡黙で冷静な彼が見るに驚きを露わにしたのが嘘だったみたいに。


『稜子さんが好きだったの?』


 直接じゃなく、外から掘ろうとする。

 弱虫な自分。


「十四日、なんやな」

 やや驚いた風の小澤さんに意識を戻す。

「そうそ。ホワイトデーって覚えれば忘れんやろー」大富豪みたく里香さん他のチケをひらっひらさせてる。

「……この、三校合同の演奏会って毎年開いてるの?」

「合同つうかメインはウチやわいね。東工と畑高はただのゲスト」

「事実上の主役は畑高やろ」

「そーゆーことゆわんといてぇや」

 理解せぬ顔色に気づいて小澤さん、「畑高てむっちゃ上手い。全国出とる強豪校ながよ」とフォローしてくれる。「あたしかて音楽詳しゅうないんけどそんやてちっさい頃から聴いとれば分かるわ。緑高東工と比べたら大人と子どもくらい違う。プロとアマやわ」

「そこっまでいわんかてええやろ。『緑高』の演奏会なんし」

「聴けば分かるもん隠したってしゃーない。あんまなご演奏されっと食われかねんな」

 きっついなーと苦笑いする里香さんに、「吉原さんは楽器、なにを担当しているの?」

「フルート」

「てピッコロの白っぽい感じの?」

「ピッコロのがマイナーやろ」

「白っつうかシルバー。金のフルート吹きなら神ってゆわれとるのがおる。あの子ウチ来てくれたらだいぶ違ったんにな……」

「来るわけないがいね。柴村ってプロ志望なんろ」


 まさか。

 ここで。


「柴村って、柴村、稜子、さ……」

「うわまじで? 都倉さんなして知っとんの? まっさか東京でも有名なんかいねあの子」

「ううんあの、こないだ緑高で合同練習があったんでしょう? それでたまたま、場所を訊かれ」

「あ迷子」みなまで聞かず里香さん。「どーせ音楽室来るだけながに迷ってんろ。あの子すんごい道迷うんよ」

「都倉とどっちが酷い」

「僅差で柴村」

「ちょっとぉ」

 かはは、と小澤さん肘で小突く。て痛い。

「ぼけぼけーっとしとんがにフルート手にしたら眼の色変わんの。金狼モード」と呼ばれてるんだとか。「あれやよ一年ときにな、引退間近の三年からピッコロの座ぁ奪いとったもん実力で。初心者なんかコンクール出れんで荷物持ちと席取りやらされんのがふっつーながに」

「あんたかて出とらんやろ? あたし一年ときから先発やわいね」

「えーあたしの記憶が正しければソフト部は一回戦コールド負けやったかとぉー」

 やぶ蛇の小澤さんお決まりの「うっさい」登場。

「……あの年のコンクールすごかったなぁ」眉間に当てていた指先を離すと吉原さんが思い返すように。「あんなソロ吹けたらあたしかて楽しいわ。演奏終わった瞬間ブラボーって波みたく沸いてぇな、小編成であんなん二度と聞けん……あたしもあーゆー伝説作ってみたいな。柴村稜子伝説」

「恐ろしい子……!」

 私吹き出した。

「……なーにをツボはまっとんのや」だって小澤さん白眼剥いてた。「ほら混む前に行っとくで便所。あ里香。当日な、都倉が絶叫フライングスタンディングオベーションしてくれるて。良かったな」

「なんっで私っ」しかもハードルめっさ高っ。

「いい、……やらせやのうて。自然と抑えられんで出るんが筋やもん」

 しんみりとした吉原さん。

 自然と抑えられずに出るものを伝えてみる。

「頑張ってね演奏会。見に行くよ」

「あんがとなぁ……」


「……なぁーにをちらっちらこっち見とんが。どきぃ。邪魔やっ」

「やが、ぐはっ」

 二発田辺くんに見舞う、たくましい背中に従う。

 頑張った人間にこそスポットライトが当たる。

 そんな、世界を望みつつ。


 * * *


「義理チョコって渡す? よねあの、パソコン部のみんなに……」

「ん、あ?」鏡見て唇ぱっぱと合わせる紗優、「あーやるやる」と袖口に目をやる。「今年休みなんやね……バレンタインて。したら渡すん金曜やろな」

「あそっか」曜日と日付の見えるデジタル時計ってこういうときに便利だ。黄ばんでない白のBaby-G。

 色つきのリップをごく薄く塗る。

 唇の乾燥が、気になる。

「うちのがっこで一番人気て誰か知っとる?」

 て貰うチョコの数だよね。「知らない。誰?」

 慣れてないから口角にはみ出してしまった。

 ティッシュで拭う。

「三年の高木先輩。……体育祭んとき太鼓叩いとった先輩ね」と言われても記憶してない。

「次がな。和貴」

 え、

「第三位がマキ」

「うっそ」

 かっこいいとはいえ。

 渡そうものなら拒絶されるものなのに。

 その疑問を問う前に紗優が明かす。「でっかい袋に『蒔田先輩へ』って紙有志が貼っつけといて下駄箱んとこ置いとくがよ。……入りきらんかってんろうな、下駄箱開いたらどばどばーって雪崩みたく落ちてきたっつうウワサ」

 鼻歌交じりで髪に櫛を通す。

 一方で鏡のなかに戻れば。

 なんだか。

 ……

 面白くない顔をした人物がいる。

 そこを、

 ふふん、と髪を払い、過ぎる。

 スマイル。

 うっふ、と。


 楽しんでる。


 私は、追っかけた。

 そういつも追う立場なのだ私って。


「タスクとマキと和貴には渡す?」

「チョコ? もっちろん」

 ブレザーのポケットに入れたハンカチがぐじゃってたのを出して、畳みつつ。「前日になったらさ、帰り買いに行こうよ。材料とか。……紗優って手作りする派?」

「しとるよぉー。つってもこだわりぜんぜんないんよ。溶かして型に流すだけぇ」

 クラスの、部活の、誰にどこまで。

 どれくらい注力するのかは環境により異なる。

 例えば私の前の高校では義理なんて渡さないのが普通だった。

「いちおあたしはなあ、彼氏以外はみぃんな同じのんやっとるんよ」

「へえ……タスクのだけハート型にしたりしないの」

 女子トイレの戸を開き、紗優はキッと睨む。

「誤解せんといてや。タスクんことはそんなんやない」

「半年以上彼氏がいないのは新記録だって自分で言ってたじゃん」

「単に。飽きただけやよ。……なんやろなあ、男って付き合っておんなじことの繰り返しやん」

 飽きる以前の私にそんなことを言う。

「じゃ違うことが起こりそうな人と付き合ってみれば? タスクとか」

「あんなあ。さっきからタスクタスクってなんなん。タイプ違うゆうとるやん」

 だって。

 明らかに紗優はタスクを――

「意固地だねえ。素直になろうよ」

「なっとらんがは真咲のほうやん。あたしなあ。この際やからはっきりゆうとく」

 足が、早い。

「ああいう優等生で誰にでも優しい男なんか好きになるわけないやん。あたしは、あたしだけ見てくれる人がいいのっ。だいだいな、ぽっちゃり系でオタクって時点で問題外や、」


 取り返しのつかないことが世の中にはある。


 例えば、

 こんな誰でも通る廊下でこんな恋バナをする危険性だとか。

 ウワサ好きな誰かに聞かれて嫌な風に広まる可能性や。

 もっと悪いことを。


 当人に聞かれてしまう、不測の事態を。


「タ、スク」


 ――紗優は、


 段をあがり、後方の私を睨みながらだったので、

 角から出てきた彼に気づくのが遅れた。


 紗優が正しい位置に顔をあげるより、

 薄暗い影を帯びたタスクが微笑するのが早かった。


「上田先生を呼びに行く所でして――都倉さん。教卓の上にあるプリントを皆さんに配っておいて頂けますか」

「う、うん。分かった」

 なんて動揺しているの、

 私の声は。

「それでは、行ってきます」

「タ、スクあんなぁあ、たし……」


 誰の、どんな小さな声でも拾う。

 博愛精神の固まりみたいな彼が。


 聞こえているはずの、

 それを、


 無視した。


 私からはすでに彼の顔は見えず。

 通り抜ける彼を、呆然と見送ることしかできず。


 穏やかな気質の彼の、

 残す、生暖かい、

 冷たい、空気を。


 私たちは無言で共有するしかならなかった。

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