表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第十一章 稜子さんが好きだったの?
42/124

(2)

 あんったあたしとよしの行くって約束したがいね、ぬぁーにを、抜け駆けしとんがっ!


 ――て友達怒らせたらどうすればいいのだろう。


 関わり合いとはむつかしい。

 案外おはよ小澤さんって言えばあーおはよってふっつーに返してくれるかもしれない。

 でも私嘘つきの都倉真咲。良心の呵責感じるっていうか。

 悶々としつつさて教室。おはよーって言えばそこらからおはよーって返事が来る。

 コート脱ぎ後方のロッカーへ。

 げっ。

 超怒ってる顔してる小澤さん発見。

 うっわ、覚悟決めよう隠れよう俯き加減でハンガーかけ……


「真咲さん」


「る、とわあっ、びっくりしたあっ」


 肩の向こうに、眉を潜めた小澤さんが物言いたげに立っている。

 でもそれより。

 

 にこりともせず、

 真顔の、和貴が、


「ちょっと。来て」


 手首を引かれ、

 開きっぱのロッカーを空いてる手で急いで閉め、

 教室外へ。


 にかって笑ったら小澤さんふんって鼻鳴らしてた。

 あまおうパフェ一緒に食べよ。

 って言ったら許してくれるかな。


『すまんかったっ』


 素直にぶつかることも私、覚えてみよう。


 ところで和貴。

 なんとなく、乱れたステップ。足音が、

 ――怒ってる?

 なにを。

 廊下、で誰もおはよーって言っても無言。無視?

 後頭部だけで感情は読解できない。

 直進し、角で曲がった。

 あ昨日、

 坂田くんが私待ち伏せしてた場所だ。


「あのね、和貴、ちょっと」力が。「いた、い」

「うわごめんっ」

 焦って離す感じはいつもの和貴、だったけれど。

 こっち向いた、瞳が。

 子リスでも猫でもない。

 怒ったような怖いオーラを感じる。

「……坂田と帰ったんだってね。昨日。放課後」

 あもうバレてる。あの変装無意味じゃん。「うん。すごく面白い人だよね彼」

 やけに低い声で言われたし。

 場を和ますつもりで明るく言った。

 つもりが。


「坂田には近づくなっ!」


 強く叩いた。

 私のすぐ横の、壁を。


 響くと、

 残る、

 音の残骸と、

 わずかな、恐怖。

 が消えると、

 怒りが、湧いてきた。


 雀のさえずり。

 に似た、通りすがる男子たちの会話が余韻と重なる。

 こちらを、注目している。

 のを和貴の腕越しに見た。


「あ、……いつは、遊び人だから……か、んたんについてっちゃあダメだよ」


 焦ってか言い直す。

 しどろもどろだけど。

 けど。


「……いい人だったよ。すごく……よくしてくれた」

「は!?」

「私。目的があって近づいたの。でもそれも見越して、優しく、丁寧に、教えてくれた。私の、知らなかったいろんなこと……」

「な、なに言ってんのっちょっと待ってっ」

「なんでそんなびっくり……」

 声裏っかえした真っ赤な和貴が。

 連想したことを、たぶん理解した。


 ショックだった。


「……どうしてそういう色眼鏡で見るの。人のことを」

「なっ……真咲さんが意味深な言い方するからだよっ」

「逆切れ? 近づいちゃ駄目って、変だよ」


 ――僕みたいなやつは遠く離しとくのが安全策なのにさ。


「あっ、ぶなっかしいんだよ真咲さんは。誰彼構わず信用してほいほいついてくっしょ!?」

「しな、いよ」

 私和貴のことも、

 なんとなくだけど、

 信じていい人なのかなってそう思って――

「あーっなんて言えばいいのかなーもーあいつは悪の手先っ通称エネミーオブバージン性の権化っ。学校じゃあ地味なダサ男装っとるけど、」

「聞きたくない」

 和貴の口から聞きたくない。

 誰かが悪く言ったからぼくも悪く言う、

 そういうの、

 それこそ和貴には似合わない。

「んじゃ一つだけ忠告。坂田春彦と会うなら公共の場所で、ふたりきりには決してならないこと」

 二つじゃん。

「それじゃ。和貴は、なんなの」

「――ん?」

「和貴だって中学の頃はいっぱい女の子遊びしてたんでしょ。だったら坂田くんのことそんな風に――」

 詰まった。

 胸が。

 そうだ、

 彼には、

 女の子を取っ替え引っ替えしてた過去がある。

「言、……える道理なんかないじゃん。よくも知らない人のことを伝聞で決めるの? 関わってもないのに。危ない相手かもってだけで遠ざけるのならそしたら和貴のことだって……わ、たし近づいちゃあいけないんじゃんっ!」

「な、んでここで話すりかえんだよっいまは僕じゃない、坂田の話してんのっ」

「痛いところ突かれたからって話逸らさないでよっ本当のことなんでしょうっ」

「がっ、……してないっ!」

「してるっ! じゃあ私、公共の場所で二人になっても和貴と口利かないっ」

「ちがっ屁理屈言うなやっ」

「ゆってんのそっち!」

「言ってな、んああもう」


「……えらいお取り込みちゅうのとこすまんがこれ、渡しといてくれんか」


 素早く右を向く。

 遅れて私も。


 壁に寄りかかる坂田春彦は。

 昨日と同じ、ポジション取りだった。


「リーディングのノート。あいついつ来るか分からへんし」


「あ……わ、かった」


 流石の和貴にも動揺が見られる。

 利き手とは逆の手で受け取る。


 かはっ、と坂田くん、沈黙のなかで笑った。嘲りやからかいが混ざった種の笑いだった。

「てめえさしおいてよおもゆえたもんや。緑中りょくちゅうで名ぁ轟かせたこの百人斬りがー」

「黙っとけ海野が産んだ赤髪のジゴロ」

「ねえね和貴くぅーん普段は都倉さーんて苗字呼ばわりするのにアノときだけあたしの名前呼んでくれるってほんまぁ? ああん、真咲? ……やらしーな」

 ちょ、

「おまえが呼ぶなあああっ!」

「逆上してがなるしかできひんて悲しいなおまえ。論破、してみいや」

「うっさい! その伊達眼鏡オサレと思ってんのかよ。ライブとのギャップ作って酔いしれんなよナルシスト」

「その切り口で攻めるん印象わろなるだけやで」

「知るか」

「因みに。思っとる」

「うがぁっ、と、鳥肌がぁっ」

「あのー」

「なにっ」

「なんやね」


「……どいてもらえませんか」


 後ろに冷えた壁があり、

 右にはついたままの和貴の腕に阻まれ正面に本体、左に坂田くんが存在する。


 そろそろ解放して頂きたかった。

 形勢不利の和貴なんてめったに拝めるものではないけれど、なんとなく……面白くなかった。


 和貴が楽しそうじゃなかった。


「ご、めん」

「堪忍な」


 後退りする動作は図ったように同じで。

 あそうか。

 ところどころで和貴を重ねていた。

 やや淡い色の瞳と。

 

 元タラシなとこ。


「坂田くんと和貴は似てるね」


「似てないっ!」

「せやから春彦やて」


 同時に返される。


「やーあんさんわろうとらんと頼むわ。オレこいつと逆で日頃は名前で呼ばれんと落ち着かへんのや」

「だーから違うっての」

「――過去になにがあっても」

 そうだ。


「和貴は和貴だよ。なにも変わらない」


 私はこれが言いたかった。

 二人を、後ろに。


「そいつぁ蒔田もおんなじやで」

 引き留める声がする。

「せやけどどーしようもなく気になってまうそれが恋ちゅう、」

 私が振り返るのと、丸めたノートで坂田くんが叩かれるのがおそらく同時だった。

「ってーななにすんねんおまえしばくぞ」

「みろよっ! いいかそれ以上よっけーなことゆうたら」

「どーでもこーでもなんでんかんでんしてみぃやあ出るとこ出てもかまへんでオレはっ」

「いっちいちなっげーんだよおまえっ言いたいこと手短にまとめてみろよっ」

「おーおーゆーたるわーくぉんの、女男ぉっ!」

「昭和のしょうゆ顔っ」

「はっ……ひ、と、が気にしとることをおんまえっ」

「してんのかよ」


「……つき合ってられない」


 ひとりごち、

 ホームルーム開始の時間を気にしつつ退散する。


 彼らの言い合いは宮本先生が来る直前まで続いていたようだ。

 一時間目が始まるぎりぎりに、頼まれたそれを慌てて渡す彼に対し、口の悪い彼がぶっころす、と言い放った。

 言われた彼は困ったように頭を掻いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ