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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第十章 知り合い?
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(3)

「置いてくぞ」

 後ろの出口から彼が出ようとしているところだった。

「あ……部活、行けないの」ロッカーを閉める。「家の手伝いがあって」お昼に言おう言おうって思ってたのにすっかり忘れてた。紗優とのお喋りに夢中になってた。「タスクに伝えといてくれる?」

 ああ、と頷くマキがボタンを留める私の指を見ている。「送ってかなくて平気か」

 襟を整えつつ少々面食らった。

「え、……と平気だよ。まだお昼前だし」

 うちの親よりも過保護な。

 駅までって意味かな。


 嬉しいけど。


 さきに教室を出てくと、後ろから彼の声が届いた。

「んなに慌てておまえ、すっ転ぶなよ」

 発言と表情が矛盾してる。

 笑って、手を振り返した。「気をつける。じゃーね、マキ」

「ああ」


 夕方に団体さんの予約が入っている。お皿並べてくれるだけでも助かるわ、と祖母が言っていた。台所使えんやろから自分のぶんの夕飯さきに用意しといてとも。保温のきく圧力鍋でカレーでも作ってみようか。かぼちゃを煮込んで甘い感じにしよう。

 財布のガマ口をいざオープン。

「……六百円ぽっち」

 心もとない。

 お使いのお代を多めに頂いて残りをせしめてしまおう。

 むふふ、と悪巧みなどしたのがいけなかったのか。

 校門を出て派手に滑った。

 せっかく。


 ――すっ転ぶなよ。


 て忠告してくれたのにな、あーあ。

 東京で買ったこのミドル丈のブーツ。気に入ってるけど靴底がツルツルしてて、この町を歩くに向かない。この町の子のかなりが見た目を捨て去りごっついだっさいやっすいブーツを選ぶ。ごっついだっさいのであろうがこんな風に転ぶよりかマシだ。

 か、おしゃれな靴を選ぶのはその歩きを心得てる人に絞られる。

 モデルさんがランウェイをポキッと折れそうなピンヒールで歩けるのと同じ。

 雪道を転ばずに歩ける、――紗優みたいな。

 幸いにしてどこも痛くはない。路面は硬いがちゃんと手をついたのが幸いした。

 こっそりせしめるよりかこの町仕様のブーツをおねだりするほうが建設的だ。

 さて私のかばんは、


「こーれ。こんなとこまで飛んでおったよ?」


 知らない、子だった。

 緑高生ではない。

 東工でもない。

 かばんに、エンブレム。校章だ。学校指定のかばんなんていかにも私立校の好き好みそうなこと。……畑高の女の子が何故、こんなところに。

 驚いたことにこの雪の日に足元がローファーだ。

 スケートリンクを滑る如く器用にこちらに進む。

「はいこれ」

「あ。りがとう」

 畑中市の降雪は緑川市の半分以下と聞く。

 出身、こっちなんだろうか。

 観察癖のある私はさておき。

 丁寧に雪を払って渡してくれた。

「どーいたしましてっ」

 えくぼがくっきり浮かぶ。

 ぱっつんとしたおかっぱ……高校生じゃなければちびまる子ちゃんてあだ名で呼ばれてそうだ。

「ねえね。悪いんやけど、音楽室どこにあるか教えてくれんか? 場所よう分からんくって……」

 十二時半。

 急いで帰って来いと口酸っぱく言われている。一時前に買い物まで済ますのが私のミッション。帰宅してこのブーツでみずもとへの往復……時間ぎりぎりだ。

「緑高来るんあたし初めてやの。このへんの道やてよう分からんで駅員さんに地図書いて貰ってなーほら」ご老人は達筆でしかも毛筆だった。「誰かに聞こう思うたんにみーんな見向きもせんもん。なーんか怖い顔しとるひとしかおらんし声、かけれんで……」

 すっ転ぶ私は三年生の興味の範疇外だった。

「あたしな。ブラバンの練習で来てんよ」ほら、と楽器ケースを見せつける。肩から下げた小さく細長いのが二つ。「楽器忘れた後輩がおってな、取りに行っとって遅れてん。したらだーれも駅で待っとらんくってもー……緑高なしてこんな広いがやろ。どっから入ったらいいか分からん」

 どこかで聞いたような台詞だった。

 この学校に初めて来たとき、玄関がどこか先ず迷ったのは誰だったか。

 入るだけならば私の真後ろの生徒玄関からでも構わない。

 けども。……来客用のスリッパが用意されていない。

 靴下の濡れてるに違いない足先で、ぺたぺた、廊下を歩かせるのは……

「すっごく急いどったんは分かる。せやけどお願い。人助けやと思って。な」


 押しに弱いのが私の性格だった。


「来客用の玄関はこっち」

 ベージュのステンカラーのコートを脱いだ下は、ベージュのセーラーに紺色のプリーツスカート。

 この制服だったら私喜んで着てたかも。

「でね、右に行って突き当たると渡り廊下から別棟に移るの」

 しきりに周りを見回す。

 好奇心が強そうな、ややも不安の入り混じった眼差しで。

 かつで私を見かけたときの和貴も、こんな気持ちだったのだろうか。

 無意識にブレザーのポケットに手を入れていた。

 これは彼がよくする仕草だ。「……広いっていっても単純な作りだよ。畑中高校のほうが規模が大きいんじゃないかな」

「おっきいけどどこやて変わらん。あたしなー二年やのにまーだ迷子んなるんよ。ほんに道覚えるんが苦手で……さっすがに音楽室なら覚えてんけど第三化学室とかヤっばい。どっこの教室もなしてあんな似とんのやろ。色変えるかなんかして欲しいわ。セクション練習やてあたし誰かについてかんとゼッタイ一人で辿り着けんもん……」

 語尾のあまりの弱々しさに笑ってしまった。

 因みに緑高に化学室は一つだけだ。

 咳払いをして違う質問をする。「楽器はなんの楽器を吹いてるの?」

「あたしはピッコロ」

 真っ先に緑色の大魔王が浮かぶ。

「フルート知っとるよね? あれ短こうして黒くした横笛」

 今度は彼女が笑う番だった。

 渡り廊下に出ると寒々しい空気に混ざって楽器の音を二つ三つ拾う。すでにコートを脱いでいた彼女は身をすくませる。

 本日は学校外で勉強するのだろう。血相を変えて滑る道を滑らぬよう進む三年生――彼らをやや気の毒に思った。

「畑中市から三時間かかるんだよね。わざわざ来るなんて、行事かなにかあるの?」

「演奏会あるやん。あれの全体練習」

 と言われてもぴんと来ない。

 あれ、行ったことないがん、と首を捻りつつ説明を加える。「毎年三月にやっとるやろ? 緑高の定演。東工も混ざって三高でしとるんよ。おんなじクラスにブラバンの子おらんか? 来月になったらタダチケがばらまかれるはずやよ」

 別棟に移ると着実に音量が増す。パソコン部の活動もどうやら……捗らなさそうだ。

「音楽室はね、この階段のぼって突き当たりの三階に、……れ」

 踊り場に、

 人影が。

「マキ?」

 動かない。

 彼の。

 白眼を大きくした、

 一点を凝視した瞳は、

「どしたのこんなとこで。部活は……」

 私ではない。

 後ろを、

 捉えたまま、


「か、ずおみ」


 楽器の音に埋もれかねない呟きだった。

 独り言だったのかもしれない。

 振り返る。

 同じように、

 驚いて、

 開いた口を動揺を手で覆い隠す、

 

 ――彼女を。


「えっと。知り合い?」


 笑いかけた。

 それは無意味で。

 場繋ぎもなさない、

 問いかけだった。

 何故なら、答える人間はこの場に誰もいなかった。

 虚しく、余韻が失せる。

 透けて見えない存在を通り越し、

 彼の、口が、

 喉が意志が、

 耐え切れず、

 紡いだのは、


「――稜子……」


 続いて響いたのは、

 どんな楽器の音量でもなく、

 なにげない、


 部活が始まった頃の、

 和貴とのやり取りだった。


 けっこーむっつりだよねーマキって



 一臣って呼ばすの自分のカノジョ限定なんしょ?


 

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