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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第九章 暴力反対……
36/124

(3)

「都倉さんに、蒔田くん。お二人には特別に宿題を差し上げます」

 冬休み部活の幕開きはこんなだった。

「タ、スク。勘弁してよ私、風邪引い、てたん、だか、は、ふ、」

 びぎじっ。

 紗優の差し出す箱ティッシュを拝借する。「治りきっとらんやん」

 東京と違い平気で零下を記録する、この地方の寒さに慣れてない。

 でもあの翌日。からだの芯から冷えたのもあるけれど、クリスマス本番に熱を出したのはそれよりも気持ちの問題だった。


 イブにデート。


 男女が日時を定めて会うことが国語辞書で引いたとおりにデートならば一応は当てはまる。

 帰りも緑川までつき合ってくれた。定期がきくとはいえ二往復を。ふたりきりで夕方まで過ごした。

 ……思い返すだけでぐんぐん顔が熱くなり、平熱やのになしてこんなあこなっとるんやろね、母が体温計手に首を捻ってた。

「パソコン部の忘年会も兼ねていたのですが……残念です」

 一昨昨日の部活は三人しか揃わず自然とお開きになったそうだ。

「んなの知るか」

 ちょっとマキの声が枯れてる。彼も風邪引いてたんだろう。

 私……謝るべきなのか複雑な気持ち。

「まあまあ。タスクはね、心配してたんだよ。二人とも来ないからなんかあったのかなあって」

 こういうときに仲裁入るのっていつも和貴だ。

 紗優といえば。

 眼鏡外して拭き拭きするタスクを焦点の合わない目で眺めてるだけ。駄目だこりゃ。

「んーと。そういうときの連絡簿かなんか必要だよねえ? 遅刻、欠席、連絡用の。ま休み中に部活するとき限定かもだけど」

「連絡網ですね……作りましょう。当面は僕の自宅で……休み明けに僕から下田先生に確認を取ります。代表の連絡先は隣の控え室がいいですね。あ都倉さん。纏まったら名簿を作って頂けますか」

「はい」

 タスクの目が笑ってない。

 したがって断れない。

「では皆さん。席についてください」

 肩を叩かれる。

 なに?

 声に出さず伝えると、歯を見せて笑い、ディスプレイを指す。

 新着メールが一件。


『件名:真咲を見た! 投稿者・K澤M奈。


 12月24日の夕方。

 駅に向かって歩いていると、マキと連れ添うなななんと真咲を見かけました~。じゃ、じゃ、じゃじゃじゃん!

 あたし慌てて隠れました。中々いい雰囲気に声をかけるのがえーなんかお邪魔に思えましてですねー

 クリスマスイブを過ごす二人はハタから見てま、さ、に、恋人同士でした。さー真相はどうなっとんのでしょうか? 気になってあたし夜も眠れませーん。

 番組特製ストラップぅ~。

 じゃなくて、よしののイチゴパフェよろww』


 ……紗優。

 語尾が2ちゃんねらーっぽいんですがいかがなさいましたか。

 私は二秒で返信した。


『件名:却下です。


 地味な内容のため番組では取り上げられませんでした。また来週』


「ひっどぉーいっ」

 私が反応する前にいちはやくタスクが声を発した。「宮沢さん都倉さん。いい度胸をしていますね。次、作業中に私用メールをすることがあればメールの使用自体を禁止します」

 これには全員がブーイングをする。

「でしたらお二人とも、Outlookを閉じてくださいね」

「はい」「ごめん」

 教卓のディスプレイから全端末の挙動が見られる、でもタスク見てなかったのに。

 なんで紗優と私がメールしてるのが分かったのか。

 ともあれタスクの独裁政権含めこの部活はうまくまとまっていた。


「いっただきまぁーすっ」

 どうぞどうぞ。

 喜び勇んで顔より大きいパフェに紗優はスプーンを突っ込む。私はミルクティをチョイス。

 よしの、というのは、こじんまりとしたカフェレストランのことで。緑高から歩いて二十分近くかかるけど、学校帰りに立ち寄る緑高生も割りといる。私も小澤さんたちと一度来たことがある。

 外観はまさに軽井沢あたりで見かけるペンションで戸建ての一階部分のほとんどをカフェにしている。かなり広い。特にこのカウンター席、正面にあるのは公園かな。壁のかなりをガラス窓にしている。新緑の季節には庭園にいる感覚を味わえることだろう。

 律儀におごる私はお人好しだ。

 でも紗優はみんなの前でなにも言わなかったのだからそれなりに恩義も感じる。

 財布の、……足りるよねお金。あ引き算すると残り千円足らず。

 十二月の二十九日、お年玉くれる親戚もいなさそうだし。

 大人しくがま口を閉じる。

 吐息をもらす。

「一口食べてみんか? 美味しーよお?」

「いい」

 この寒いのにパフェなんてがっつくのは紗優だけだ。

「そーゆわんとはい、あーんして?」

 山盛りのスプーンを差し出される。

 差し出されれば口を開くのが私の反射神経。

 ……あれ。

「んのわっ。ほんとだ美味しいっ」

「やろやろー? ここのパフェなーブルーベリーにバナナチョコもバリウマなんやけどぉいちごのな。甘酸っぱい感じがたまらんのー」

 真冬のいちご。

 濃厚なバニラアイスとコーンフレークのサクサク感が混ざり合って、絶妙なハーモニーを奏でる。

 あ、あとな。秋限定で出る抹茶あずきも最高やの。モンブランもーなんて言ってるし。

 指折り数える食いしん坊っぷりに笑っていると、


「ねえ、初恋の味はどんな味? 僕に教えてよ真咲さん」


 激しく咳き込んだ。

「だ。大丈夫?」

 喉潤すもミルクティはまだ熱く。急ぎお冷を喉に流し込む。「い、きなり変なこと、言わないでよ」

 しっかも誰の真似よいまの。

「ごっめんごめん」背中さすってくれるものの開き直る。「やってさあ。真咲マキが初恋っぽいからからかいとうなって」

 初恋違うもん。それに「初恋くらい、あるよ」

「えいつ?」

 咳払いして喉の調子を整える。

「幼稚園のとき。同じ組のてつやくん」

「どーせままごとみたいな恋やろ。そっからは?」

 首傾げると、

「真咲の恋愛遍歴をあたしは訊いとるんがやけど」

 ぶら下がる洒落たペンダントライトを見つめ。

 冬を覚えた枯れ木を見つめ。

 半分に減ったパフェに逃れ。

 手元の白磁のカップソーサーに触れ。

 間を置こうとも期待に満ちたきらきら瞬きは変わらず。

 逃れる術がないことを、悟る。

「中学の……卒業間際に告られてつき合ったことはある。それが初めて」いつもは紗優の恋バナを聞くのが私の専門だ。「彼、高校外部に行くからそれでなんとなく、自然消滅」

「ありがちやねー。高校入ってからはどうやったん」

「こっち来る直前に一人。夏休み前だったかな……」あ終業式の日だった。といっても、「外で一度会ったっきり」

 自宅の電話番号も聞かずじまいだった。なんかミルクティの甘みが足りない。お砂糖が底に溜まってる。

「あ。分かった」指をぱちん紗優は鳴らす。「離れるん分かっとって告白されてんろー」

「当たり。そういうシチュエーションに弱い男の子っているんだね」

 指パッチン、私それできないから軽く羨ましい。

「なあデートってどこに行くん。やっぱ初めてやとディズニーランドみたいなとこでデートするもんなが?」

「ううん。近場の映画館で『もののけ姫』観た」

 東急、席狭かったな。新百合にすればよかった。

「ふつー、……デートやったら恋愛もんかアクション系選ばんか。かー抱きつき目的でホラーか……」

「最後に映画でもって言われて私が選んだの。いい映画だったよ? 人間の業と罪の深さを感じさせるっていうのかな。紗優は観た?」

「知っとるけどそーゆー問題やなくってあんた……」

 パフェ突っついてたのが、訝しげに顔寄せて紗優は、

「ひょっとして。真咲ってバージン?」

 答える前に。

 ミルクティをこくんと飲み一呼吸置く。

「生娘ですがそれがなにか」

「え。えーっ! やーっぱそーなんやぁっ!」

「しーっ声おっきいよ紗優っ」

 離れた客の視線を感じた。聞こえたのがいまのだけならいいんだけど。

「ぜぇーんぶこれからなんね」椅子の背もたれに凭れ、「あーうらやまし」

「羨ましく思うのはこっちのほうだよ」

「そお?」

 なんていちごつまんでる。

 経験したからこその余裕だと思う。

 そういう話になると私いつもついていけずいつも沈黙を保つ。薄笑いで傍観者と化す。

 経験するのが当たり前ってなかで取り残されてる感じ、するし。

 一言で言うなら、劣等感だ。

「んーでもなー焦って捨てたらいかんのは確かやよ。アレ経験すると世界観が変わる」

「……世界観が?」

 かき混ぜるスプーンが止まる。

「そ。なんかそれまでと周りのもんぜぇーんぶ違って見えんの。大したことないって思っとったもんがきらっきら輝いて見えるっつうか。愛しいなんの。なんやろな、やっぱ母性刺激されるんやろね……」

「へえ……すっごいねえ」

 薬でもないのに麻薬的な。

 想像できないままにぬるくなったミルクティを口に運ぶ。


「真咲やて経験してみれば分かるよぉ? マキとだか和貴だかは分からんけど」


 最後は盛大にむせた。

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