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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第八章 嫌いになろうと思ったけど決めたんだ
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(3)

「ああ都倉さん。おはようございます。電車で来られたばかりですよね。ご気分いかがですか?」

 砂浜にて。ストレッチしてる和貴に、ネットの紐縛ってるタスク――きらめく海野の海を向こうに。

 二人ともジャージで全員がハーフパンツを着用。私も着替えさせられたのだが。えっと。

「なにこれ、どういうこと」

「パソコン部の合宿ですよ」

「私、聞いてない……」

 紗優のおうちに泊まるって。

「言ってねえ」

 おいおい。

「……真咲さー修学旅行行っとらんがやろ?」ポニーテールをお団子に結わえつつ紗優。「やから。あたしたちだけでなんか出来んかなって計画してん。北海道はむつかしいなーってなってん、ほんでも海野くらい近かったらパパもママもうちらだけで行っといでーって。あ。おばさんにちゃんと許可もろうとるよ?」

 道理でお小遣い八千円もくれたわけだ母は。

「蒔田くんのご実家は地元でも有名な旅館ですし、泊まれる機会は滅多にありません。僕も楽しみにしていました」

「大した所じゃねえけどな」

「えっと。マキのおうちにみんなで泊まるのは分かった。それでいまからなにするの?」

「決まってんだろが」

「ビーチバレーだよ」

 ボールを手にしていた和貴が初めて口を開いた。口角をあげてニッと微笑む。きらきら水面を映す彼のきれいな瞳のいろが、

 ――ああ、なんかデジャヴ見てる。

 ところで。


 私が球技が大の苦手だということをそろそろどなたか覚えてください。


「そぉーれぇっ」

 見事なジャンピングサーブ、当たった、音が残った。すかさずタスク審判の笛が鳴る。

「ったいなもー。ボディ狙うんは反則反則ぅーっ」

「負けるのは嫌いだ。弱点を突くのは勝負として当たり前だろ」

 前に誰かさんが言ったことを誰かさんがそっくり返す。

 ちぇっ、と砂を払う和貴の。

 顔が、止まった。

 萎縮を感じる以前に、

 ふっ、と和らいだ。

「つぎ。紗優のサーブやから後ろ、お願いね」

「あ、うん」

 こんな風に話すのってすごく久々に思えた。

 なんだ。

 きっかけさえあれば簡単なんだ。

 紗優、気を遣ってかアンダーにしてくれた。レシーブ。あ私にしてはグッジョブ。教科書通りのキレーなトスを和貴があげる。

「真咲さん、まえっ」

「おっけ」

 ネット際まで走り、ジャンプし、背中をムチのようにしならせ、右の手を振り上げ。

 スナップ利かせようと思った、

 ここでようやく気づく。


 スパイク打ったことないや。


 タイミングが合わず空振り、無様に着地。砂地に落っこち、顔面が埋もれる。挙句打ち損なったボールが後頭部にゴツンと落ちてきた。

「真咲ぃーっ大丈夫ぅー」

「……ブロック入るまでもなかったな」

「ドンマイです都倉さん。諦めなければいつかはチャンスがありますよー」

 まともに心配してくれてるのは紗優だけだ。

 惨めな気持ちで上体を立てると。

 ぶぐっ、と吹き出しつつも。

 もつれた髪をかき分け、砂を払ってくれるひとがいた。

「真咲さんてホント球技苦手なんだね。でもね、いまの走り。打つまでのタイミング完璧だったよ。こんな砂地、ちゃーんと走れただけで、すごいことなんだよ?」

 そんな、今更。

 ……優しいこと言わないで、欲しい。


 私にとって散々なビーチバレーの後は一旦宿に戻って着替えて船乗り場に向かう。初秋の砂浜はほぼ無人だったけれどここは違う。大きな白い遊覧船に、観光客の姿もちらほら見られる。

 出航した船のデッキに出れば真新しく生成される風を浴びれる。「気持ちいいね」

「緑川どこにあるか分かる? あれ。あそこやよ」

「どこどこ」

 指さされても、お祭りを過ごした砂浜程度しか。一様に緑に紛れて判別しがたい。

 普段住み慣れてる町が、離れれば、違った風に見える。

 あらゆる事象がそうだ。

 誰のことも。

 ……私。

 誰のこと思い浮かべてる。

「あーあっちっかわ行ったほうが見えるよー島、島があるんよ」

「えっどこどこ」

 進行方向、船の左側面へと移動する。トビウオが海面を飛び跳ねる。船の轟音に負けじと紗優は声を張る。

「岩っぽいんがあるやろ? あーれがいわじま。モアイの顔したようなんが、つくしま。の隣。突き出とるんがただじま」

 ガイドさん並みの詳しさに目を見張った。「すごいね。前に来たことあるの」遠足で行って覚えさせられたのだろうか。

「何回かな。小学校の遠足でも……」なにか思ったのか、ふと言葉を止める。「これから行く海野小島うみのこじまってなーこの辺でも人気あんねや。近場の観光客も来るよう? ガラスの工芸で有名やしおっきな公園もあってぇな。ちっさいとき怜生とよー連れてかれたわ」

 島。「って結構大きいの? 緑川くらい?」

「全然。住んどるひと五千も行かんよ。ほんとにちっさい」ゆわいた髪の尻尾を気にして横っ髪を押さえる。「学校一個しかないんよ。中高一貫のな。どんどん減っとっし……十年もせんうちに廃校になるかもしらんな」

 過疎地に住む私たちにとっても他人事ではないのかもしれない。

 やや陰る表情を見ていて思った。

「廃校になったら、その、海野小島に住んでる子たちは緑高か東工に通うってこと?」

「島出身で緑川に下宿しとる子もおるよ。下の学年に一人おったな……それか、私立行けんねやったら畑高。あ、畑中高校のことね」……稜子さん、が通う学校の名だ。「畑中まで行けんねやったら選択肢増えんねけど」

「か、県外とか?」石川って高校が少ないんだ。

「かもしらんなぁ」紗優、苦いものを交えて笑う。

「ぅおぉーいっ紗優ー真咲さぁーんっ」

 どっから。

 うえだ。

 うえ。

 二階の展望デッキからぶんぶん手を振ってる。

 和貴が身を乗り出しすぎるのを案じてか、タスクが羽交い締めで支えてる。

 私たちは手を振り返す。

 好意。嫌悪。

 その全てを取り除いて客観的に見ようと思っても。

 あんな風に、大声で大きく手を触れる和貴のことが、

「……可愛いなあ」

 ちょっと。

 びっくりした。

 自分の思ったことをずばり。

 そして紗優がそれを言ったってことに。

「和貴が?」

「違う。タスクが……」

 えとこの場合和貴でしょ普通。

 でもね。

 つまり。

 当人頑なに認めようとしないけど。

 こちらの動揺に気づかず、頬ちょっと染めて小さく、乙女ちっくに振り返す仕草に。


 私は恋の萌芽を認めた。


「そこの。なかの。真ん中に階段があるやろ、降りてすぐやよ。えーっとこっから見えるあの階段なー」

 カラオケボックスでも迷った経験を持つ私に、紗優は至極親切分かりやすくお手洗いの場所を教えてくれた。

 お陰でまるで迷わず。

 遊覧船というだけあって、ほぼ全面が腰高の窓で、なかで座ってても四方を眺められる作りとなっている。空と繋がる海を感じられる、開放的なエリア。

 階段を上りきりさっきの位置を探す。

 紗優と――タスクを発見。あなんか二人きりにしたげたいな。うん。

 右に。

 ……どうしよう。

 自分から近寄るのって、変かな。

 頬杖をつき、

 不味いものでも食べたような顔してどこか眺めてる。

 ……私、

「まさーきさん」

 後ろから、だった。

 いつもみたく近づいて驚かしたりしない。

 振り返れば、置き去りにした階段の途中から、和貴が。

 私、

 立ちすくんだ。

 どうしてだろう。

 真っ先に怖いという感情が走った。

 笑顔なく、暗がりで無表情に近いからかもしれない。

 そんなの。

 マキだったらいつもむしろ仏頂面だというのに。

 明るさに次第に表情を表す彼が、私の前に立つと、皮肉げに笑った。

「……そんなに警戒しないでよ」

「別に警戒なんて」

 してない、の四文字が、言えなかった。

 行動が伴わない。

 意識せず後ずさりをしていた。

 足を揃えると、腰に手をやり、ふう、と息を吐く。「ぼくがこういう人間だって知ってがっかりしたでしょ」

 夢ではない、現実だった。

 あんな風な和貴が。

「……すこしね、驚いた」

「そっか」

 笑みをこぼせる彼の神経を私は疑った。

 私のことじゃなくって。

 自分が奪って傷つけた女の子のことを。

 大切にしていたひとを奪われて、悲しい目をしていた彼のことを思うと。

 ――胸が痛まないのだろうか。

 攻撃意欲は。

 それだけ、彼が。

 傷ついたってことなんだよ?

「ひ。ひとの気持ちがどうでもいいって思ってる人だとは思わなかった」

「相手によるね」

「誰かが大切に思ってる子でも平気でからかえるんだ」

「平気じゃないよ」

 そう言ってるくせに焦りもせず、首をかしげる――分からない。

 誰を傷つけていいとか。

 誰を守りたいとかをいったい和貴は、どういう基準で決めてるの?

 なんでそんな、すこし悲しそうな。

 それでも、余裕をちっとも失わないでいられるの。

「もう。……いい」

 私こんな和貴知らない。

 知りたくない。

「外の風吸ってくる」

 背を向けかける、


「都合が悪くなるとすぐそれだ」


 突き刺さる。

 尖った響きが。

 逃げてばかりだな。

 マキに指摘されたよりも、ずっと、深く――


「……真咲さん。僕こーゆー性格してんだけどね。慰めるだけならいつだってしたげる」


 優しい響きでどうしてひとを傷つけることが言えるのか。


 手は震えていた。胸を押さえていた。

 これは、いつか――

 彼が強く引いてくれたほうの手だった。

 明るいほうへ。

 私の知らない陽だまりへと。

 私は手を離し、拳を固める。

 決別の、

 意志を。


「和貴……お願いがあるの」


 慰めなんて、私は要らない。

 不毛な会話など意味がない。


 傷つけあうために、言葉を選ぶの?

 こんなことのために私たち勉強してるの?


「みんなね、私たちのこと、喧嘩してるって心配してる」あのマキですらも。「だから。部活やクラスのときは、普通に。前みたいに振舞っていて……」


 誰に対してもこころを開かない彼の背中を。

 すがるように。

 強く、強く私は見ていた。


「それ以外は、私に関わらないで」

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