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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第七章 選べません……全部嫌です
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(2)

 帰りはキャーアハハと笑ってる女の子たちを尻目に歩く、ぼっちだった。グループ加わると普段のノリについてけず逆に寂しくなる。俯いて歩くとさみしい子オーラぷんぷんだから胸張った。習った授業の内容を頭のなかで振り返る。街路樹の色の移り変わりだって押さえてた。

 それがいまは違う。

 男の子二人が歩く後ろをとぼとぼ……あんまり変わんないか。紗優と和貴とは家が反対方向だから校門を出ると別れる。もう三十分か一時間部活が長ければ運動部の子と鉢合わせするはず。勉強だけして帰るにもちょっと中途半端な時間、だからひとはまばらだ。

 駅ルートの序盤にして一人が脱落する。「それでは僕はここで。また明日お会いしましょう」と分かれ道に消えていく。

 以降なんとなしに、斜め後ろのポジションを選ぶ。すぐ肩を並べるのはタスクいなくなるの待ってましたって感じで抵抗があるし、1.5メートルキープしたままってのも不自然だし、でもちょっとでも自発的に距離縮めたいって願望が言動として伝わるのも落ち着かない。

 同じ部活に属するものとしてクラスメイトとして。よく知らない人間に好奇心を持つのは自然なことだ。

 その片鱗でも表すことを躊躇う。

 どうして私は彼に対してこんな過敏なのだろう。

 こないだ聞いた限り私より34センチ背が高い。聞いたといっても和貴経由でだ。ところで私パソコン部に入ってなかったら彼が電車通学してることだって知らなかった。

 ぶつかられても倒れない大木。

 なのに。

 私は繊細さを彼に見る。

 気安く声かけられないオーラがあるし。ねえヒゲダンスまたやってみてーって和貴にだったら私言える。でも彼には言えない。

 タスクと別れてから駅までの九分間。

 黙々と。

 巡礼者のように歩く。

 これが気まずくって、「わ、私こっちから帰れるからっ」て右に抜けようとしたこともある。

「そっちは行き止まりだ」顔色変えずに彼は言う。

 置き去りにして、でもつぶやいた一言は聞いた。

「……この通りと国道以外は夜暗くて危ねえ。使うな」

 意外だった。

 私走って前に回りこんでみて、

「もしかして。私のこと心配してくれてるの?」

 追いぬかれる。

 無視。

 けど。ちょっとずつスピードを落としてくれた。

 私は歩くのが遅い。だから気を遣われるとすぐ、分かる。彼、普段は肩で風を切って歩く。強風にも果敢に挑んでくそんな強さがある。足のことだってよくよく注視しなくては分からない程度のものだった。

 階段を登るとき、ちょっと右の甲を擦るようにする。

 立ち姿のとき、左のつま先が外を向いてる。

 膝頭に手をやるときは右だけ。左はない。

 私は他にも知っている。

 歩道の外側は一度だって歩かせない。

 信号なり横断歩道のところでさりげに入れ替わる。

 向こうから自転車の危なかっしいおじいさんが来たりすると庇う盾となってくれる。

 目をつぶって歩いてたって安全かもしれない。

 背中にぶつかる可能性を除いては。

 話しかけられればたまに無視するくせして駅着くと必ず、「じゃーな」って言ってくれる。

 

 いつしか、軽く手を挙げる後ろ姿が。

 うちに着くまでの私の心強さとなった。


 彼と別れてから授業の復習なんてしてない。


「うぉあーっまさきぃーっ男装しとんねや! すんげーかっこいいー」

 いらっしゃいませ、とお声がけしたつもりが消えて、飛びついてきた、怜生くん。褒められて悪い気はしないんだけど。その。

 タキシード越しとはいえ胸のとこにぎゅんぎゅん顔押し付けられるのはちょっと。

 ……勢いがやっぱ子どもというか。いえ姉やお母さんに甘えてる感じなのかもしれない。心拍落ち着かせ小さい頭を撫でてみる。「男装ていうかね、メインは和貴とマ」マキのあだ名知ってたっけ? 「うちのクラスの男子なの。女子が着てるのは単なるオマケで」

「いらっしゃーい怜生。迷わず来れた?」

「うんっ!」

 ……和貴が剥がしてくれて助かった。がっしりしがみつかれたら私だって動けない。

「ん。もー怜生ったらきゅーに走り出したら駄目やろが。あーっ真咲ちゃーんカズくーん! ふったりとも凛々しいわぁーっ」

 マキちゃんも褒めて頂きたいところだが生憎不在。後述。

 緑高学園祭が開幕した。体育会系部活が屋台で肉の少ない焼きそばを大量に作っては売りさばき、文化部は屋内で地味な成果なりを展示する。一例を挙げれば生物部。ハムスターやリスなら子どもだって喜ぶのにスナネズミやゾウリムシ。人類進化図貼り出して新訳版『種の起原』置く辺りとことんズレてる。『動物のお医者さん』に替えるなりの機転は働かないものか。

 パソコン部は検討する以前に部の創設が申請期限に間に合わず。

 部活は必ず参加っぽいけどクラス単位ではするしないが半々。二年四組の運命は、体育祭で不完全燃焼気味の小澤さんの一声で決定した。

『タキシードカフェ』

 ……なんのことはない、ただの喫茶店だがウェイターとウェイトレスがタキシード姿だというだけだ。バトルに不適な超ミニのセーラー服を着ていたりどう考えても正体バレバレな仮面マスクつけていたりもしない。私が髪を里香さんみどりさんによってツインテールに結われたのはどんな因果だか。

「いらっしゃいませ! タキシードカフェへようこそっ」

 きりっと直立してきちっと手を添えてばしっと決めて案内する。

 彼が浮かべるのは。

 花のこぼれる優美な笑み。長い冬の雲の隙間から漏れる日射し、どんな凍てつく強がりだって解かす類いの。

 ほーっと見惚れる女の子のこころならば私は透視できる。

 ところで和貴。

 リスみたく尻尾見えてる、ぶんぶん振ってる。

 演じる自分を楽しんでる。適材適所とはこういうことか。息切らしつつキッチン戻ると、そこに入り込んで小澤さんと喋る女子(名前知らない)と出くわした。

「えーっ蒔田くんおらんのぉー?」

「全然見ぃへんねや。あんた。見っけたらツブすゆうといてくれっか」ぐわしゃっとコーヒーの袋ねじる。

 引かせてどうするの。

 女の子の目的はパンケーキでも紅茶でもなく、タキシードを着たあの二人だ。実際に期待される以上よりもっともっとかっこいい。学祭前に試着したとき。二人並んだ、この世の天国と見紛う姿にクラス全員が感嘆の息を漏らした。

 和貴は和貴でふわっとした茶髪がまた、ちょっと軽薄な、裏路地で呼びこみかける黒服の人に見えなくもないんだけど。真っ直ぐ誰の目も逸らさない、心の奥まで覗く瞳の真実性と引き締めにかかる黒の色が彼のいたずらな少年っぽさとアンバランスに絡まっていて。

 マキは言うまでもない。あのひと似合わない服ないんじゃないか。カフスボタン触れる仕草なんてオーケストラの世界で望まれる有能な若手指揮者だ。オールバックで後ろ流してみて欲しい。

 しかし彼、不在。

 えーマキちゃんいつ戻ってくるがー見たいわいねタキシード着とるーんっておばさん前半部分について私同感です、飲まず食わずトイレ行かず三時間立ちっぱです。

 因みに和貴。

 笑顔作る以外には。

 あんま仕事してない。

 他の子がキッチンからトレンチもってひーひー運んでるとこを時折「やるよ?」って言うけどあのひと。いいとこどりだ。

 でもそのほうが女性客が明らかに喜ぶんだから。

 私が運んできたときのがっかりした、表情。

 ああ。

 報われない。

 そんなわけで和貴、くるくるテーブル回ってる。女の子に喋りかけてる。入り口で。ホールで。ニーズだ。ニーズに呼応してる。

 美形男子だけで全員固めればよかったのに。

 無理か。いないもんそんなに。

「とっくらもーカウンター。溜まっとるから持ってってぇ」

「はーい。あ。田代くんごめん、私五番行くからこの。セット二つ八番に持ってってくれる? ミルクティーが手前の女性」

「……あ了解」

 なんか彼ぼうっとしてるなあ。きびきび動けるひとがもうすこしいないと回らない。キッチン入ったほうがしれないでもサバけるひとこの場の誰もいないからなあレジの佐藤さんテンパってるしワンテーブル空いたけど待ち五組で23422……三番がもうすぐあくから四番とくっつけてお子さん連れの四名案内してじっくり選んでもらうほうがいいかもなあ椅子、子供向けの椅子がないんだけどお座布団どっかにあったかなー結構待たせるから和貴に入り口トークに回ってもらおっかなあえーと、

「まっさきさぁーん」

 この。戦場のさなか。

 のんきな。

 あっかるーい。

 ヴォイス。

 そう彼お飲み物とか食事の仕分けとか仕事の振り分けとかしてない運んでないもん疲れてんの頬の筋肉だけでしょうっ。

「なによっ!」

「あ……やー」視線彷徨わす、頭をかき、私の袖を持つとすごすごと引いていく。「忙しいとこごめんね。……僕のじーちゃん。真咲さんに挨拶したいって」

 見るに邪魔にならないよう気を遣って隅に立つご老人が、壁から身を離す。お顔を確かめる前に、

 いや。

 なんか私頭下げられることにも縁がある。

 従軍したことのある人特有の律した動き。

「あ、の。どうか」指先まできっちり揃ってる。「そんなお、恐れ多いですそんな、あっ、し頭下げられる身分じゃありませんっ」

 ふっ、とこぼす息を聞いた。和貴だ。真咲さん大河の見過ぎじゃない? って口許を隠しつつおじいさんの腕に触れた。「じーちゃん顔あげて」

 ――似てる。

 おじいさん。

 背筋がしゃんとしてる。角刈りの白髪なのに根元のうねり。ぱっちり二重瞼……和貴がおじいさんの特徴を濃く受け継いでいるのは見るに分かる。

 相手の瞳の奥をまっすぐ覗き込み、気後れするほどの真摯さで挑みつつ。

 ふっと認め目の縁が緩まる、和らいだ親しみを与える。

 そんな癖も。

 タイムスリップしてうん十年後の和貴に出会えたらこんな感じなのだろうか。

 少年の透きとおった瞳と、叡智と年数に刻まれた皺の在り方。

 ……場違いにも照れてしまう。

「新造さんとこのお孫さん、ですか」

「はい」

 すこし渋い声をしている。かつては甲高さを経験したのだろうか。

 和貴と比べ、違いを発見する度にこころが、弾んでしまう。

「孫がようけ話しとります」一歩、踏み出す。そう近づくのも同じ。「ちんこいいちゃけな子やと。わしは、新造さんと戦地を共にした仲んでな。だが大事な仲間を喪うて、新造さんとこに足が遠のいとったげ。んだども、まえさいったゆうに、ばげんせなかおうて。あじはおおしゅうすぎなみおうて新造さんに伝うといて下され。んで……」

「じーちゃん」ぽかんとした私を見て和貴が止めに入った。「それ以上言われたって真咲さんには分かんないって」

「ああそう……そう。やったな」

 そっくり。

 頭をかく仕草まで生き写しで。困ったときに曖昧に笑い、かすかに首を傾げる感じも。

 ううん。

 和貴が、真似したんじゃないかな。意識的に、無意識にであれ。

 幼い頃から慈しんで育ててくれたたった一人の、肉親の。

 仕草を真似るのは最も分かりやすい親愛の証。

「和貴が人様に迷惑かけとらんか、わしは心配でな」

「じーちゃんもー変なこと」

「おじいさん。そんなことはありません」

 なにか言いかけた和貴を私は遮った。

「和貴くんは面倒見がよくて、いつも沢山の友達に囲まれていて。見ていて……眩しいくらいです。転校したてで、誰とも仲よくなれなかった私のことまで気にかけてくれました」

「そうか、そうですか。話に聞いとった通りのお嬢さんですわ」

 頭をかく仕草、笑みが同じであっても今度は照れが混ざっていて。

 嬉しそうな感情を目にする。

 それだけで私胸が痛くなった。

「都倉ちょっとぉーっ」おおっとすっかり忘れてた。キッチンてんてこ舞いだったんだ。「すみません。私はこれで。おじいさん。どうか学園祭、楽しんでいってくださいね」

「ありがとう、お嬢さん」

 祖父と同じ世代なのに和貴のおじいさんってジェントルマンでフェミニスト。

 微笑み返してくれた。

 でも、ひとを呼びつけておいて和貴、何故か俯いて耳赤くしてた。

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