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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第七章 選べません……全部嫌です
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(1)

 同じクラスの、この子と行動しなきゃ完璧に浮く、って分かってるから暗黙に仲良くする間柄の子とたまに寄り道をした。以外の子に混ざる機会はイベントごとの直前に限られた。クラスなり班なりの買いだしで帰りがけジョルナかハンズへ。私の放課後は基本が単独行動だった。顔見知りに出くわしてあの子まーたぼっちなんだって思われるのも快くないから、小田急から遠ざかり市の図書館にて本の貸し借りを先ず済ます。席が埋まってればマック。ファッキン。ケンタへGO。ハンズ傍のフードコートは穴場で。あの彼に語った通り、大通りに面する二階建てのマックもお気に入りだった。

 帰宅が七時を過ぎても勉強がきついからの一言で納得する。……していないのかもしれないがする素振りは見せてくれていた。塾に通わせるよりも夜遅くならず安全だと踏んだのかもしれない。因みに私は塾に通うなら二年の後半からだと思っていた。つまりは今頃から。

 場所は大学生や高校生で騒がしいファストフード店のほうが捗った。ファミレスは二時間制限がかかるし店員さんの目線が痛いので回避する。背水の陣、みんなが仲睦まじく集う場に敢えて身を置き、ここでしなければいったい自分はいつ集中するのだと自己を追い込むところに効果があったのだろう。上位食い込みたいんだ先生に気に入られたいんだ、って同級の子の目線のほうが私には障壁だった。

 目的もなく勉強することが私たちのなかでいつから異教徒扱いされる材料ネタになったのだろう?

 帰るとすぐご飯。母が用意してくれてる。いつも二人、疑似母子家庭だった。たまに父と同席すると私、なにを話したらいいのか分からない。幼かかったら、お父さん真咲ねー今日学校でねーなんて甘ったれたことも言えた。

 お父さん、と呼ぶことにも抵抗を持つ。パパと呼べるフレンドリーさにもない。

 そんな距離感を悟ってか父は黙々と、夕食は残さず平らげ、あとにする。

 食事後は長居せずお風呂に入って自室にこもる。ベッドに入るまで勉強か漫画か読書かの一つ或いは二つ以上。

 母と居間でドラマ見るなんてこともしなくなった、最後のほうは。


 これらの、全てを失った私は。

 逆に、手に入れたものがある。


「置いてくぞ」

 小澤さんと机下げてると風が抜ける。颯爽と過ぎる彼の風が。

 後ろ続く彼、目が合うと猫みたく口許緩める。おどけてピースなんかしてくる。

 鍵取ってきます、と追い抜いて教室を出てく彼。

 と鉢合わせ、迎えに来たよーって入り口で手を振る彼女。


「あんたいぃつも行っとってよう飽きんな。パソコンいじっとるだけなんがやろ?」

「……小澤さん、ソフト部続けてて飽きない?」

「飽きるっつうかつまらんなることはあるな。練習ばっかしとってもーやりたないってとき。休みたなる。はよ帰って漫画読むかドラマ見るかしたなんねや。大会終わってそっから新入生入ってシマるまでがどーも、だらけてまうな」

「まだ練習に飽きる段階じゃないのと。大会がないからかもしれないね」

「……あんたのゆーことよー分からん。ま、頑張りぃ」

「小澤さんもね。じゃーね。また明日」


 小走りで紗優のとこへ向かう足が弾む。

 ううん、私。

 

 この世界を気に入っている。


「参考程度にプリントを作って来ました。お一人一枚ずつ……起動するまでの間に目を通して頂けますか」

 あまり来ないはずの三年の別棟。私がお昼休みを寂しく過ごしてた棟。そこに連日、通いつめてる。先生役として教壇に立つのは長谷川くん。下の名前が、

「長谷川、ゆうっていうの?」

 配られたプリントの右上には几帳面にフルネームが綴られてる。

「いえ、たすくと読みます」

「けっこ紛らわしんだよね」とパソコンとパソコンの間から顔覗かせて和貴。「いっそタスクって呼んじゃう?」

「しよーそーしよー」諸手挙げて紗優は賛成する。「みーんな下の名前で呼びあっとんのやし」

 ええっとあの。

 私は約一名を下の名で呼べませんけども。

「そんなことゆわんと。真咲やってマキのことマキって呼んでええんよ? マキとかあのひとやのうて」

 心の声、口に出てましたか。

「俺は。どうでもいい」

「またまたー」伸びをすると手首が後ろの窓にくっつくやわらかさ。ぎし、と背もたれを鳴らし、「けっこーむっつりだよねーマキって。一臣って呼ばすの自分のカノジョ限定なんしょ?」

 え。「そうなの」

 だから。

 そうなのって言っただけじゃんなんで睨むの。

「……電源を入れて五分が経ちました。さて皆さん、ログオンせず目を通さずいったいいつまでお喋りにうつつを抜かすおつもりですか」

 ぴしゃりと。

「ごめん」「すみませんでした」「……」「堪忍なー」

 一番怖いのはさりげに長谷川くんもといタスクだ。


「始まった時間も遅いですのでタイピングだけにしましょう」合唱大会が迫り、ホームルーム後に毎日教室で練習してから部活にきている。「ではログオンしたらソフトを立ち上げてください」

 タイピング練習を主としたパソコン技術の習得。インターネットやメールの基本的な操作に慣れることの他に、コンピューターや情報処理への知識を深め、情報リテラシーを身につけること。

 これが活動内容。活動日は月・水・金の週三回。

 が、実際は毎日のように集まっている。

 別段強制されてもない。けどなんとなく、クセになっている。

 率直に言えば、暇だからだ。うん、みんなそうなのかも。こんな風に私が部活動をするのは中学以来のこと。友達に誘われてノリで入ったら運動音痴の私はまるでついていけず即脱落。中心メンバーは切磋琢磨してたけど私は後輩にザクザク追いぬかれ、テニスの何たるかを学ばずに終えた。ボールを足蹴にしない精神だけは身についた。

 だから、部活動と聞くと身構えてしまうのだが。

「指は。JとFの位置、このでっぱりに固定して、型を覚えこんじゃいましょう。慣れればこのほうが楽ですよ」

 長谷川くんは、置いてきぼりにはしない。

 合わせてくれるひとだ。

「ええ。見ないでそんな感じに。慌てずゆっくり。速く打つよりもミスタッチをしないことを心がけて、集中してやってみましょう。あ宮沢さん、Shiftキーはなるだけ逆の手で。……うーんまあそちらの方が速いかもしれませんが、最初のうちは基本に忠実にしてみませんか。アレンジは後からいくらでもできますから。……蒔田くん。椅子が合わないなら低く調整しましょうか。背中痛くなりません? 所で桜井くん。いまIEを開く必然はありませんよ? ログを取っていますから履歴キャッシュ消しても無駄です。情報処理の授業中も同じですから気をつけてくださいね」

 とこんな調子。

 私と、隣席の紗優に目が行くのはまだしも、向かい合わせに座る和貴と黒髪の彼のことまで把握してるのがおそろしい。ディスプレイ透視できるのか。なんかこのひとの前で悪事働けない。働く気はないんだけど。先生要らずなんじゃないかなって正直に思う。

 私パソコン触るのは家でネットをする程度だった。物置で埃かぶってるWindows95のPCを部屋に運び入れた。でっかい箱型の。学校のはADSL回線で常時繋がってるけどうちのは勿論ISDN。テレホーダイの時間はなかなか繋らないしピーヒョロロビコンビコンってあの連発にイラつかされる。通話料金気にしながらLANケーブル抜き差ししてるのって私だけじゃないはず。

 だからってパソコンルームでネットサーフィンしちゃ駄目なんだけどね。


「うあぁ」和貴だ。一番に終えたのは和貴だった。「んあーもーつっかれたぁー頭んなかウニになりそーだよぉ」私は僅差で次点。

 長文タイプを終えると見るにやわらかい髪をわしゃわしゃっとかき回す。けしてタイピングは速くない彼、さっき釘刺されたのが利いたらしい。私『平家物語』のイントロは空で言えるのに。『shogyoumujyou』がさりげに打ちづらい。『u』を入れずに打って何度も赤が出た。

「タイピングって英語ではしないの?」というかタイピング練習ってローマ字表記が基本だと思ってた。入力はかな入力じゃなくローマ字入力だし。

「まあそのうちに。英語を使用する機会はあまりありませんし。それと。英語アレルギーの方が約一名おられますので、とっかかりとしては避けました」

「僕のことじゃないよね」

「タスクってさー教えるんうまいよね。部長するよりか顧問でええんちゃう。宮本先生に聞いてみる?」

「いえ。僕などまだまだです」と黒髪の彼に目を向ける。そう、全員の行動に目を配る先生みたいなところがある、タスクって。「下田先生が副顧問になってくださいました。今度教えに来て頂きましょう。やはり、情報処理を専門とされる先生に教えて頂くのがベストです」

「下田先生って女子テニの顧問しとるやん」

「それゆったらみやもっちゃんやって卓球部……」

「どちらも弱小部というのは否めません」苦いものを交えた笑みを浮かべる。「忙しいのは六月だけです。兼任は快く引き受けて下さいました。……もっとも。下田先生に依頼する前にそれとなく宮本先生に伝えてはおきました」

 外堀を埋めるというのですそれは。

 下田先生こそ若手そこそこ。十歳以上年上の宮本先生になにか頼まれたらきっと断れない。

「……タスクってすごいんだね。ね、この学校って強い部活とかあるの?」

「剣道部の奴数名と吹奏楽部。……それとサッカー部の奴の一部」

 青白い顔してぼそり呟く。

 地雷踏んじゃった。

 だけど、言いたくないんだったら誰かに言わせればいいのに。

「それでは。ひと通り終わりましたので帰りましょうか」

 なんか不味いものでも食べた風な彼を見ていたたまれなかった私は、自動音声ソフトみたいなタスクの締めに救われた。


「皆さん。本日も一日お疲れ様でした」

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