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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第六章 嘘がつけないひとだね
21/124

(3)

 ラインに指先をつき位置につきよーい。

 鳴ったな、ってタイミングで地を蹴る。

 正しいスタートの切り方は分からない。

 けどこの競技、俊足でなくとも勝つ見込みはある。

 ひた走って長机に直進する。三番手だ。箱に手を突っ込んで紙を一枚引き出す。

 ……

 借り『物』競争だったよね?

 すぐそこは三年生の白軍の陣地で。知り合いが少ないとこういうとき不便かも。とせんぱーいって声かけてる女子横目に見つつ思う。駆けながら探すのは、赤軍で知ってるひと、か声かけれる感じのひと。

「うぉーい都倉ぁー」

「紙なんやったー」

「見してみー」

 助かった。

 救援求めるみたく手を振る二年四組のクラスメイト。助かったのは私のほうだった。

「あのっ眼鏡のひとっ。眼鏡かけてるひと誰かいないっ?」

 駆け寄ってみると。あれ。

 ……田舎ってみんな視力がいいのかな。

「長谷川は」

「あいつ。ゴール後の係りやっとる。参加できんがよ」

「おい蒔田。起きれや。おまえ眼鏡ぇ」

「……教室置いてきた。かつけられっとあぶねーし」

 体育座りで突っ伏してた彼が顔を起こすとノン眼鏡、あぁーっとみんなが嘆きの声をあげた。おい取って来いっと無茶を言う男子も。てかさりげに私への嫌味含まれてませんか。

 眼鏡のひとは二年四組にもうお一方おられたらしい。

「ああっみやもっちゃんっ」

 誰かが指さすと、「せえぇーのっ」

 みやもっちゃーんっ!

 五六人が揃って叫ぶ。田中先生と談笑しつつ通りがかった風の宮本先生、はやく、はやくーっと引っ張りこまれながらにビニールシート土足で踏みまくって最前線に追いやられる。

「宮本先生、私と一緒に来てください。お願いします」

 ちょっと困ったように片方の肩をすくめ、

「私は足は速くないからな。期待するな」

「先生、偶然ですね。私もです」

 ロープくぐりながら宮本先生笑った。


『中学、……二年ときだったかな。靭帯切ったんだって。試合中相手のスパイク入ってさ。このへん。傷残ってるから相当大きい怪我だったんだろね。僕中学違うからあんま詳しくはない。そんでも、巧いやつがおるってこっちでも噂になってたな。なんせあの外見しょ? 大会で当たったやつがね、隣の席の山田っつんだけどさ、ドリブル仕掛けられてんけど目のフェイントであっさりヤられておれまるきし動けんかった、て言ってた。海野のカフーって呼ばれてたんだよ? あ知らない。じゃ流していいやこの部分は』

 借り物は手に持つか掴んでくださーいってアナウンスがかかる。

 掴むポロシャツはすこし位置が高い。

『そんでま高校入ってからも続けてたのが、また怪我をした。今度は自爆。そもそもが故障がちでさ、捻挫と半月板損傷とヒザに水溜まってるとか色々重なったのがきたんだろうね。夏休みちょっと前に入院してさ。医者に。軽い運動はいいけど。


 サッカーみたいなスポーツは二度とできない。


 したら今後いっさい歩く保証は持たない、……て、言われたんだって。要するに死の宣告』


 どこを選び走る。

 私の足は。

 正しく走れてる。

 進めてるはず、なのに。


『マキがあーゆー黙りっぱなのは前々から。それでもま。直後は。……落ち込んでる節はあったな。そりゃそうだよ。必死に打ち込んでたこと諦めなきゃなんないなんてさ。祭りんときあいつの腕、見たでしょ? 毎日やってないとあーゆー筋肉はつかない』


 夏休みじゅうずっと私なにしてた?

 落ち込んでるだけ。

 嘆いてるだけで。


『あこんな話聞いたからって腫れ物触るよーな扱いはしないようにね。あいつそーゆーのいっちゃん苦手だと思うし。見てて思ったんだけどさー悩まずにどーんとぶつかってくのがいいよ? ぶすーっとしてて怖ーいオランウータンだけんどあいつ、ホントいいやつだからさ。誰か蹴落とそーとか考えたことないんだろね。いまどき珍しい純粋な性格してるよ。……ま、真咲さんのことなら僕は心配してない。あいつの口割らせる女の子なんてそうはいないし』


 なんだ。

 本気出せばこんなに走れるんだ。


 真実は重すぎてどう、受け止めたらいいのか分からない。


 白いテープを切るのは生まれて初めてに思う。

「一位ですね、おめでとうございます。確認しますので借り物の書かれた用紙を出して頂けますか」

 ぼっさぼさの髪かきながらやってきた男子。青白く痩せてて青い着物でも着てればナイーブな芥川か金田一っぽいはず、なんだけど。おー頑張っとんなー長谷川ぁーと宮本先生がばしばし肩叩いてる。

 彼が噂の、……長谷川くん。

 失礼ながら確かに演舞よりもカーネルサンダース風の服装が似合いの体型だ。青いでっかいキングファイルのなかになんかメモ取ってる。ぶあつ。そして顔上げた。

 牛乳瓶の底ばりに厚い眼鏡。ぶっとい黒縁の。

 なんてかその。

 立て続けに見目形のいい子二人を凝視しただけに違いが分かるっていうか、お洒落男子からほど遠いのは髪型の感じで分かる。リンスしてなさそ。私的にオタクに分類される。

 目が合うと、ふっと和らぐ。その感じは意外にも紳士的だった。

「ああ……貴女が転校生の都倉さんでしたね。どうでしょう、こちらでの学校生活には慣れましたか?」

 おいおい同じクラスだよ。

「……きみが慣れさせる側だろ」「あっうふふ、そうでしたね。宮本先生、いい走りでしたよ」「おれ明日確実に筋肉痛だ……」

 二人のマッタリした会話流して私ホワイトボードに向かう。だって午後も出番目白押し。長谷川くんと果たしてどちらが忙しい。ええとこの……借り物競争が終わると白軍の応援が始まり、三人四脚、部活対抗リレー、クラス対抗リレー……

 応援と部活対抗リレー以外の全部に出場する自分。

 なにこの不公平。

 二年四組の陣地に引き返す気分の重たさ。戻ってまた逆っかわの入退場口に行くんだ。もうあそこ行きたくない、よう。はああ。

 てか借り物競争のくせにマイケル・ジャクソンのスリラーってどんな趣味? もちっと焦らせる曲選が定番なのにな。あまた曲変わった。

「まさきー」

 一瞬。

 自分が呼ばれたのかと思った。いやいや。男の子の名前でポピュラーだし。将生とか。で男の子の場合は『ま』にアクセントをつけるけど私の場合は『さ』を強調するんだ。

「まさきさーん」

 そそ。

 うんいまのばっちし。

 て、

 うん!?

 草ぼうぼうの地面から顔、あげる。右に目をやる。人だかり、さっきの入退場口から半周した辺り、まだ一年生のエリア。ビニールシートとシートの隙間のスニーカー避け飛び石で前列に進む。白いロープ越しのグラウンドで。

「とくらまさきぃー」

 仕舞いにはフルネームを呼び捨てだ。

 ……彼。借り物競争にも出てるんだっけ。ミスチョイス。こういうときちょっと足のとろい子を配置する。

 まるっきり逆方向叫んでたっぽい彼が、こちらを探すと。

 止まる。

 見つかってしまった。

 名指しされてるし出ないわけに行かないと思う。

「うぉおーいまさきさぁーん」

 また走るのか私。もうやだ……。

 いちお確認。自分を指してみる。ぶんぶん、縦に顔を振る。遠目にも小動物だ彼。

 で私を指す。

 人差し指一本。……You。

 その場で足踏み、腕細かく振る。……Run。

 手のひら上にしてくいくい、とその指を彼は自分に向ける。……Come?

 なんだか分からないけどとにかく来いってことね。

 ちょっとコミカルなジェスチャーに笑いつつロープをくぐる。

 と前方への注意が足らなかった。

 勢いのいい男子とぶつかりそうになる。

 というのも見られていたらしく、近寄るなり、

「もー危なっかしいなあ真咲さんてば。ほら」

 手のひらをうえに差し出される。

 ふわっふわの髪にハチマキを巻いた、八十年代のローラースケート履いてくるくる回るアイドル的な容姿の彼が。

「んなっ」

 全校生徒の前で手を繋ぐなんて。

 あでも掴むって言われてたもん。

「えと」躊躇してる間に、

「いいから」

 ――当たり前なんだけど男の子の手で。私よりも大きくってすこし、汗ばんでいて。熱くて、ぎゅう、と握られると心臓に痛い、くらいで。

 遊びを愉しむ猫の瞳が肩越しに振り返る。

「いま一位のやつゴールした」軽く息をつく。前に戻り冷静な背中が、「――本気で走るよ?」

「は、……」

 いいいいいいっ!

 速い速い速すぎる無理無理無理、

 繋いだ手伸びきってる、うそびよーんと伸びてるもうちぎれそう。なにこれ同じ人間なの。足の回転速度が違い、すぎる。


『僕はね。勝負ごとで負けるのが嫌いなんだ』


 さっき一位取って調子こいてました自分短距離ならいけるかもって密かに思ってましたごめんなさい。

「ぎゃ、ぎゃ、も、ちょっ、落と、し、さく、ぎゃああ」

 絶叫が響き渡った。


「……はい、三位の方はこちらにお並びください。二年四組ですね。おめでとうございます」

 さきほどと同じく長谷川体育委員に出迎えられる……なにがめでたいのだろう、三位だよ? 小澤さん絶対切れてるよ。茶髪くん一人だったら確実に一位取れてた。

 ……彼が私を見つけるまで時間がかかったのと。あのあと彼がスピードを緩めてくれたのを考えれば結果は順当いやそれよりもだいぶマシだったのだけど。

「確認しますので借り物の用紙を出して頂けますか」

 キングファイル開いてる長谷川くん。に茶髪くん渡す。で長谷川くん広げる。

 瞳孔が開く。

 おや、とつぶやく。

 目をあげる。

 私をちらと見る。

 再び紙に戻る。

 鼻の穴が、膨らんだ。

「あの曲が入ったCDを貸したとき桜井くん、『チェリーコーラの歌』なんて言って馬鹿にされてましたよね。その割りにはどうでしょう。ぴったりじゃないですか」

「……なんの話?」

「都倉さんご存知ありませんでしたか、あの曲は」

 言い切る前に茶髪くんがグーで長谷川くん叩いてた。

 軽くとはいえ頭シバかれたら痛いはず。怒らない奇特な人種の長谷川くんは笑みをキープしたまま、「それでは四位以下の確認に行って参ります」と去ってしまった。……話し方もやけにマイルドだ。彼こそどこ出身なのだろう、訛りがないし。

 一つ。

 気になることが。

「お題、いったいなんだったの?」

 髪わしゃわしゃっとかき回してる彼、下から覗き込んでみたら「んのわっ」て彼こそ飛び跳ねた。驚きすぎなんだけど。

「紙になんて書かれてたの」

「う」茶色い、ガラス玉の瞳が迷いの孤を描いて。沈黙。沈黙。の後に、

「転校生」

 私は噴きだした。

 珍しくも彼いたたまれないって感じでくるり背を向ける。

「全校生徒でたった一人じゃない。私がトイレとか行ってたらゴールできなかったでしょ。それに、」

 からかって驚かす心境ってこんなものなのだろう。

「嘘がつけないひとだね、桜井くん」

 かかと浮かせたまま止まる右の足は。

 動揺でだ。

「……人間は、考えるときには右上を、嘘をつく場合には左上に目線をやるものなの。瞳の動きを追ってれば大体分かるよ。逆側の脳を使うとか聞いたことあるでしょう? いま、思いっきり左上を見てた」

「僕、左利きだから」

 左手がひらひらと泳ぐも、

「残念。利き手は関係ないの」

「覚えとく」

 振り返った彼は、まだ頬に赤みを残していた。

「それから。真咲さんね」

 真顔に切り替わる。

 彼、表情の変化が多彩。

 と思ってる合間にどんどん接近され、

 ちか。

 腕、回される。

 やだうそっ、

 目をつぶったときに。

 頭の後ろに両手が添えられる気配。

 砂っぽいなかに彼の汗のにおいと。かすかにフローラルの花。数センチ越しの腕の、体温。

 なにをされるのかと思った私はさておいてハチマキの後ろの結び目を直してくれた。

 けどその間。

 細身だけれど鍛えられた感じの腕と腕に頭が挟まれていて、目の前に、直接着たシャツの、胸板。顔、上げてみれば整った顔立ち。

 どこ見ても逃れようがなく。

 まぶた閉ざしても彼のにおいが入り込む。

 どこ見ればどこから息吸えばいいか分からない。

 たす、助けてください。

 息絶え絶えの私に対し。


 ――桜井くんじゃなくって、


「和貴でいいよ」


 やっぱり花開くように微笑むんだ。

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