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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
最終章 イヤリング。
121/124

(2)

 二階の部屋に続く階段を上り始める足音を聞きながら、私は、後戻りができないことを悟った。

 彼は片手でドアに手をかけ、私のことを確かめた。「――怖い?」

「ううん」

 覚悟ならしていた。それでも私は震えていた。

 一度だけ、掃除のために、彼の部屋に入ったことがある。白と黒を基調とした部屋。奥のパイプベッドにそっと、寝かされる。

「……和貴の匂いがする」

 それを聞いてどうやら和貴が笑った。「一度部屋に入ったでしょう、真咲さん」

 そこまで分かっていたとは。

 電気の消えた暗い室内でも頬を押さえる私が可笑しかったのか、また彼が笑う。声を立ててけらけらと。

「もうっ、いつまでも笑ってばっかいないで」

「笑うのやめたら、――触れちゃうよ」

「え、と」

 掴みかけた手を離してしまった。

「……ああ、真咲さん」その手に彼の手が重なる。「大好きだよ、そういうね、怒りっぽいとことか、からかわれるとまっすぐ反応する、わっかりやすいところとか」

「ねえ、もう」

「触れられるなんて、……夢みたいだ」

 ベッドに座る彼の、腕のなかにいる。

 優しく、髪を梳かれている。

「こけしだけどね」と舌を出した。

「そーゆーこと言わない」

「ぎゃ」鼻を、つままれた。

 つまんだまま彼は私に顔を寄せる。「あれはね、おんなじことを言っていたひとを思い出したからで、真咲さんが似ているとかじゃあないんだよ」

「ふぅん。誰?」

「教えない」

 私の背を支え、ベッドに倒した。

 和貴の重みを感じる。私の知らなかった、和貴の……。

「真咲さん。僕だけを見ていて。……どうしようもないくらいに、愛してる」

「和貴。私も、……」


 好き。


 言った唇を舐められた。ご褒美を与えるみたいに。

 心臓が正直に苦しくなる。

 私はまぶたを下ろしかけたが彼の指に制止された。

「瞳、閉じないで」

 まぶたの縁を優しくなぞる手。

「どんなに僕が真咲さんのことを愛しているかを見せたげる。僕を――信じて」

 ここまで言われて、どんなに幸せなのだろう。

「うん」

 微笑みかけ、微笑みかけられ、

 キスの雨が振る。

 顔中に、好きだという想いを与えられていく。

 首筋を吸われ。胸元へと蠢く和貴を見ていたら、どうしようもなく沸いてくる、なにかに駆り立てられるような気持ちに満たされていた。


「――いい?」


 暗闇でもやがては目が慣れてくる。

 厚いカーテンの開いた、レースのカーテンだけに隠された室内。外光が入り込み、淡いながらも、存在を暴いていく。

 背筋のチャックを下げられ、自然と応じる。――きっと、自然と応じるように人間のからだはできている。本能的な部分で。

 ブラを外すときの、手慣れた感じ。

 背筋を滑る彼の指先。

 彼が、衣服を脱いだときに分かる、腕の筋肉の動き。

 あらわとなる精悍な上半身。

 そのすべてに魅了しながら、シーツ一枚を隔てて私は和貴に包まれた。

「は、ずかしいよ……」

「綺麗だよ、真咲さん。恥ずかしくなんかない。僕に、すべてを、――見せて」

「あ」

 最後の砦たるシーツを奪われた。

 ためらいもなく生まれたままの姿をさらされ、綺麗な人間に生まれたかったと。スタイルのいい女の子になりたかったと心底願う。

 それなのに、和貴は、頭のてっぺんから足の爪先まで、私の全身にくちづけていく。

 彼の唇が降りるたびに、自分のなかでなにかが開花する。熱を持ち、熱病に浮かされる。

「我慢しないで。聞かせて、真咲さんの、声」

 耳元で囁かれ、私は、赤子のようにすべてをぶつけた。

 だから、和貴が私のなかに入ってきたとき。――初めて貫かれる痛みよりも、彼を、受け入れたい。満たしたい、という願望のほうが強かった。

「真咲さん。僕を、見て。……顔、見せて」

 私はいつのまに閉じていたまぶたをあげる。

 彼は快楽の手を緩めることなく荒々しく私に口づける。

 私は彼を引き寄せた。どうすれば伝わるのか。

「さんづけ、なんか、しないで」

「うん」

「名前、呼んで……」

 切なくて苦しい想いを。

「愛してる。真咲」

「かず、」

 吹き荒れる胸の嵐が。

 どこか自分を見えないところに投じていく。

 頼りない浅瀬を行き交う小舟。頼れるのは和貴の瞳。存在。尊さを持って触れる彼のすべて。自分の体感。真実。理性。強欲――

 汗にぬるつき、引き締まった背中を掴むという現実。

 すべての五感と感情を揺さぶられ、和貴の導く道を全力で走り抜けると、頭のなかでなにかが弾けた。

 打ち震え、流星のごとく舞い降りるそれらを眺め見る。

 見たことがないほどに、綺麗だった。

 それでも、


「真咲、大好きだ……」


 汗を滴らす彼に口づけられるほど綺麗な現実などこの世に存在しなかった。


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