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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第四章 キョーミない
12/124

(2)

 東京のどこにおったん? なに、まちだってどこ? せたがやって近いん? ニッポン武道館は?

 芸能人見たことある? そのへんふつーに歩いとるってほんま?

 標準語ってどんなんなん。なあなんか喋ってみて?

 あっちで部活なにしとったが。あたし? ソフトやっとるがよ。入る気ある? 抜けがけしとらんわいね、ちゃんとみんなの前でゆうとるがにあんたなに? 漫研なんて入るわけないやろオタクは黙っとき!

 都倉さんっておうちあの小料理屋さんやよね。じーちゃんばーちゃんと住んどるが?

 こーゆーこと聞くんもあれなんやけど……彼氏おる? やーだってみんな絶対気になっとるやろ?


 疲れた。

 私は、疲れた。

 アイムエグゾーステッド。

 答えるとまた新たな質問が飛来する。疑問を与えるだけで避雷になんら役立たない。

 頬の筋肉がひきつってきた。

 笑顔も。

 マスコミにがつがつインタビューされる芸能人の心境ってこんな感じ?

 彼らはテレビに出ることでお金をもらってる。

 私は、なに。

 トイレ行くにも遠巻きにひそひそ。私は珍獣か。見せものか。おでこ、って聞こえた。おでこはもう大丈夫です痛くありません。


 始業式後に速攻実力テスト。結果は見ずとも分かる。よくは、ない。

 集中力不足。

 テスト中にも視線感じるって尋常じゃない。

 この学校はよっぽど案内や紹介の類が好きなのか、クラスの壇上で再度私は紹介された。黒板に都倉真咲って書かれるアレ。で拍手。男子が口笛吹くとか本当……やめて欲しい。帰りのホームルームでは流石に触れられず。見込んで荷物はさっさと詰めておいた、よし終わった瞬間ダッシュ。

 ……のはずが。

「都倉さーん、どこ行くがー」

 にっこり。

 邪気のない、サラサラなおかっぱスタイルの五人組に微笑みかけられ。

「帰るんやったら一緒に、帰ろ?」

 断る選択肢がないのだと私は悟った。


「ぜんっぜんできんかったわ。さいっあく」

「勉強する気ぜんぜん起きんなー。あんた見る? あれ」

「あれって」

「ビーチボーイズ」

「うっわー! わっすれとったあたし! そーや放送今日やったやん! あーもー思い出してよかったんか悪かったんか……」

「見んで勉強せなヤバいやろあんたは。赤点取ると大会出れんなるげよ」

「あたしの竹野内がぁ」

里香りかって男の好みおかしない? ふっつー、反町やろが」

 月9はまるで見ない。

 番宣くらいは見るから、概要は分かるけど。教室から玄関のルート、その子たち五人組に一応は追従する。見てるドラマが被らないとこういう会話に乗れない。きゃっきゃ言ってる輪の後ろからとぼとぼって……既視感を覚える光景だ。

 違うや。

 いつものことだった。

「都倉さんは、ドラマ見んが」

 うち一人が。

 玄関の柱に、私を待つ感じで寄りかかっていた。

「全然。大河くらい」

「しっぶいなー」

 目が細い。笑うともっと目が細くなる。体育会系部活やってますって感じの、ちょっと吹き出物が目立つオイリー肌。

「いっぺんにゆわれて名前よう分からんなっとるやろ。あたしは、小澤こざわ茉莉奈まりな

 彼女の名前ならば記憶している。

 新しい環境においては、人間関係、というより、権力の構図を私は第一に把握するようにしている。

 私の予感が正しければ、彼女は。

 トップオブザトップ。

「なーあんたら待ったってぇな。んなはよ行かんとー」

 この一声でみんなピタッと止まってわらわらと駆け寄るあたり。他の子四人が従順なのかそれとも彼女が牛耳る力をお持ちなのか。

「都倉さんにお店教えたげんか? あたしらがいつも寄っとるとこ」

 げ。

 テスト大変だっていま話してたばっかりじゃん。ねえみんな『ビーチボーイズ』の予約は終えた?

 えーやだーくらい言うのかと思いきや、全員、素直に、

「うん。いいよ」

「いこー」

「や、でも。テスト期間中でしょう? 悪いよ」

「帰るついでやしへーきやもん。試験中かてあたしらやって寄り道するし」

 五分十分を惜しんで勉強するのが成績アップへの近道なのだ。

 など言える雰囲気でない。予備校の先生並みに浮く。

「ほんなら『みずもと』行こか」

 みずもと。「ってなに?」橋田ドラマに出てきそうな語感ですけど。あそうだ祖母が言ってた。私が来た初日に。

「スーパーやよ」と小澤さんは腕を組む。「……て東京にもあるとこで例えな分かりにくいか。ダイエーみたいなもん」

 ダイエー。

 スーパー。

 ローカルな響きむんむんですけどまさかそれが女子高生の寄り道ルートだとか言わないで神様。

 ……ジーサス。

 彼女たちについてくと確かに私は十分後。


 ダイエーに訴えられそうな看板掲げたスーパーの前に立っていた。


 入り口にショッピングカート。お花、……売ってる。お盆でもないのに彼岸花ちっくな菊とか。焼き芋屋さんの匂い。……ボックスカーで焼き芋売ってる。ママーって子どもがねだってる。非、自動ドア。ガラスに緑とオレンジのラインが入ってる扉を押さえてもらって続けて入れば、レトロなオレンジのプラスチックフロア。掃除のおじさんがモップかけてて濡れてる。いいとこを陣取るのがクリーニング屋さんと写真屋さんて。泣けてくる。

 マルキューとの違いに泣けてくる。

 これが、遊ぶ場所……

「うちらはいつもここ寄っとるんよ」

 げっ。

 オンボロ社食もどきスペースを指された。いわゆるフードコートいやそんな洒落たもんじゃない。広いんだか狭いんだか中途半端。通りざまさくっと数えたところテーブルが十七セット。本当に半端。半円状の円周にソフトクリームや焼きそばにホットドッグなどなど店の名称は全て知らない、個人経営のオールレンチンの雰囲気。なんかヒマそうでやる気ない店員、よぼよぼのおじいさんと手帳開いてる茶髪ギャルだけって。お客は一人。毛玉ぼつぼつのニット帽被ったおじさんが隅っこでテレビ見てる。手酌で瓶ビールのおつまみは巨人戦。テレビは昭和の初期に買ったと言われても私は信じる。白黒じゃないのが奇跡だ。

「寄り道ほんとは駄目ってゆわれとるんやけどねー」

 ある意味駄目だ。ほんとの意味で駄目だここ。

 悪趣味な婦人服と怪しげな健康食品の店の間を抜けて別の出口からみずもとを出る。開けた国道沿いにお店がぽつぽつ。

 朝市通りより閑散としてて人ゼロ。車びゅんびゅん通ってますけど、

 ……ここが、メインストリート?

「道挟んで向かいのあそこな、ナポリタンが美味しいんよ」

「卒業式んときはいーつもこの花屋。もいっこあるんは遠いからみんな使わんの」

「たい焼きの店やけど奥でビリヤードやれんのよ。男子がよく寄っとる」

 口々に教えてくれるものの、寄り道の定番が欠けてる。「ゲーセンってないの」

「ないなぁ」上を向く。「山中町のほうならあっけど」

「やまなかちょうって?」

「いっちゅう……あ、緑川の一中いっちゅう。坂の上にあってなあ、この道ずーっと左行ったさき。公園もあってきれいなんよ」

「遠くね? 坂しんどいしあんなんあたし全然行かん。そもそもチャリで行けんし」

 ……、

「じゃ、カラオケは」

「ちょーどそこ」

 きよかわ、という看板。

 じゃなくて目ん玉飛び出るかと思った。いかがわしいなにかの間違いかと。

『一時間一部屋三千五百円』

 高過ぎ。一人百円単位が普通でしょ、オールだって二千円もしないよ。

「……みんなが行くカラオケは大体がここなの?」

「やねー」みんなうんうん頷く。「いっちゃん安いんがここやし」

 うそぼったくりだよこんなの。ねえせめて郊外だってビッグエコーやカラかん、せめてシダックスはあるでしょ。

「も。モスは」

「それが。ないんやよねえ。近所に欲しいんに」

 それ『が』ではなくてそれ『も』の間違いだよ。明日の現国は大丈夫?

「あたし、お父さんが畑中行くときにいぃつも買ってきてもろとる。焼肉ライスバーガーとモスシェイク。超、美味くない?」

 できたてを食べるに勝る美味はない。嬉々と語る彼女が次第に憐れに思えてきた。

「じゃあ、マックは」

 目を丸くされる。通じなかった。方言からしてここ関西圏だったか。

「マクドナルド」事を急いて正式名称を口にする。全員が顔を見合わせてあぁあーと息をつく。

「……畑中市?」

「ビンゴ」

 オーメン。全国における普及率ナンバーワンのあのチェーン店が存在しないなんてドナルド。

「こ、コンビニは?」

「市内中心にはないんよ。車で行かな」

「ってどんくらいかかるの」

「うーん、二三十分かなー」

 コンビニが車で行くものだとは。それじゃショッピングだ。

「念の為訊くけど、それってファミマやエーピーじゃなくって」

 揃って不可思議な表情をされる。略称がいろいろと通じない。

「ファミリーマート」

「あ!」CMで聞いたことあるーって嬉しそうに言われる。いや嬉しそうに言われても。あのフレーズを全員で大合唱されても。

「……で緑川にあるんはサークルK」合唱終えると落ち着いて小澤さんが言う。赤い看板は電車からも見えました。他にあるのかって意図だったんだけど。

「みんな、買い物するときはどこに行くの」

 斜め前の民芸店を指された。……買い物ってそういうんじゃなくって109とかジョルナとか丸井の類いなんだけどああ。「洋服はどこで買ってるの」

「畑中」

 来た。来ると踏んでたよもう。

「通販も結構使うよー? Voiとか」

「セシール」

「フェリシモ」

「ベルメゾン」

 信じ、られない。

 驚きを通り越して呆れた。

 なにこの僻地。

 本当になにも、ないんだ。

 あると思っていたものがなにもない。

 全校生徒の前でだって我慢したのに、私はいますぐにでも。


 頭を抱え込みたくなった。

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