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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第三十二章 バイバイ、和貴
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(4)

 紺碧のはるか上空を青白い月が飾り付ける。

 どこからともなく薫る、花の匂いに春の気配を感じる。

 春眠暁を覚えず。

 眠らなくても平気な体質だが、徐々に睡眠が深くなっている。

 目前には泣いている紗優が立っていた。

「どうしたの」

「……真咲はほんとに馬鹿や。なして、和貴に言わんかったん」

「やだ、盗み聞きしてたのっ」

 大声が出てしまい見回すも、マキとタスクの姿が見当たらなかった。「あれっ、二人は……」

「そっち」

「わっ」

 言いながら歩き進み外壁で曲がろうとしたところで、出会い頭にぶつかりかけた。

 もはや学習しろ、と彼は諭さず、

「……行くぞ」

 と口にしたのが実質、一同への号令だった。

 人目をはばからず号泣する紗優に、タスクがハンカチを差し出した。――こんなところまでジェントルマンだ。マキも実は言動が紳士的だが、違うかたちでの表し方をする。

 彼の足が、宮沢家へと進んでいた。場所を知っているのが少々意外だったが、以前に和貴の家を訪れたというのなら、それで知っているのかもしれない。

 歩いて一分足らず。

 行き来するには便利な距離だが、気持ちの整理をつけるには不十分な距離と時間だった。

 涙で前髪も横っかみも濡らした紗優は、月夜の淡いひかりを浴び、かぐや姫のように儚げだった。

「マキ、タスク、……元気でな。真咲も、からだに、気ぃつけて……」

 姫君は言葉を出すのもやっと、という感じで、私たちがなにか返す間もなくふらふらとした足取りでじゃあな、……と宅の玄関ドアに向かった。


「宮沢さん……!」


 呼び止めたのがタスクだった。


「貴女にバレンタインのお返しをしていませんでしたね。受け取ってくれますか」

 無言で振り返り、顔に貼りついた髪を分けつつ、紗優がタスクに歩み寄る。「これ、なぁに」

「Elton Johnの『Your Song』です。坂田くんが貴女の誕生日に歌った曲です」

「ありがと。あげたもんに対して高すぎる気ぃするげけど……」

 背後でどうしてだかマキが大げさにため息をついた。

「それから、都倉さん」

 真摯で、深刻ななにかを思わせるその眼差しに、からだが震えた。

「貴女にも差し上げなければならないものがあります」

 タスクが学生かばんに手をかけ、なにかを取り出す。

「……紙?」

 小さな紙切れだ。四つ折りに折り畳まれていて、授業で友達と回しあうよりも質素な、……わら半紙、いや、羊皮紙っぽいもの。

 まさか、紙をプレゼントされるなんて思わなかった。

 戸惑う私の反応を、タスクが薄く笑う。

「なかを、ご覧頂けますか」

 その紙切れを開いてみた。

 そこには、


「これって……!」


 ――いろいろな真実がここで結合する。

 あの日あのときああだった理由が、この胸に雪崩込んだ。


「これを探すのに苦労しました」

「遅れてきたのって、……学校に寄ってきたんだね。だから制服なの」

 タスクが無言で首を傾げるのが回答だった。「……さて」

 首を鳴らし、部長らしく超然と、

 タスクらしく優雅に、

 私に問いかける。


「素知らぬ振りをするも良し。当人に確かめるのもまた一興。さて――どうなさいますか」

「決まってる」

 私は顔を起こした。

 離すことなどできない紙を胸に当て、


「直接、確かめる……!」


 涙があふれるのも構わず。


「そうおっしゃられると思っていました」ふうと息を吐き、とある誰かに似た仕草で片手をポッケに突っ込んだ。「ですが、そんな泣き顔を晒すのは僕ではなく、どうか彼の前だけにしてください」

「なあな、取り込んどるとこすまん。さっきからなんの話しとんの」

 割って入った紗優が、私が胸から離す紙を覗き、「わ!」と叫んだ。

 今度は低い位置から私に笑いかけ、

「やったやったダンスしてい?」と訊いてくる。

「……どうかな」私も笑って応じ、目許を拭う。

 タスクが左に視線を投げた。もう一人の存在――遠巻きに立つ彼のことを視野に捉える。

 私は、彼に、接近した。


「……マキ。私、」


「分かってる。行け」


 背中で応じる彼が、きらめく彼の言葉の音波が、私の背を後押しする。


「ごめん、……マキ」


 これを言うのは酷だと思った、でも言わずにおれなかった。

 どんなかたちでも、私を支えてくれた。

 最後の彼がどんな顔をしているのか、焼きつけたかったけれど、それは、子どもじみた自分の願望で、あやふやなそんなものに、決着をつけなくてはならない。

 甘えきっていた自分にも決別する。

 マキも、同じなのか。

 ゆっくりと、歩き出す。

「あたし真咲のおばーちゃんとこ電話しとこっか。うち泊まってくって」

「いや」紗優の言葉にマキが答えた。「俺の旅館に、……おまえと学校のやつらで泊まったことにしておけ。宮沢の親と都倉の親は親しくしてんだろ。俺の親ならバレる心配はねえ。宮沢がちゃんと嘘つけんなら、……都倉が家に帰らねえならな」

 遠ざかるのに彼の声が近かった。

 最後まで思いやりを捨てなかった。その言葉がふさわしいのは、彼だった。

「マキ、……ありがとう」

 白い手が闇をひらひらと揺れる。

 挨拶なんかしない、ときに無視する彼の、最後の流儀を見た気がした。

 私が、彼の想いに応えるなら、


 選ばなくてはならない。

 同情や哀れみなんかじゃなく、――


 私は見守るタスクに礼を言い、紗優にはあとで電話する、と伝えた。


「電話なんかいーって」

「都倉さん! 頑張ってください!」


 後ろから後押しする声に加速され、たったひとつの気持ちを胸に、


 だから私は走った。 


 本当のこころの求める先へと。

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